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他人の幻、言わせておこうか

どこまで真実か突き詰める必要もない

家から駅まで、幾つかのルートがある
どこもインフラ整備され、車で通るには
リスクはないのだが
徒歩や自転車では、ちょっと怖い道ばかり

よって、住民は
駅まで行くのにAさん宅の前を通る
Aさん宅は家も庭もこざっぱりしていた

Aさんは地元で、ちょっとした有名人
私が小学生の頃から
毎月、新聞へ家族の近況を投稿し採用されていた

内容は家族の美談で、結は家族への感謝
夏や冬は、家族での海外旅行が定番
日頃は如何に、家族と心温まる交流をしているか
誰が読んでも「ステキな一家」だ

ところが実情はかなり異なる

通学時や近所のスーパーで
Aさんは母親や奥様への暴言暴力が通常だった

日曜日の混んだスーパーで
母親や奥様へ怒鳴り、蹴飛ばし踏みつけるのが普通
人はわたしも含め、見て見ぬ振りをした

通学時にAさんの大声がし
母親と奥様がビンタされている場面は
数え切れないほど、目撃し
幼なじみ達と早歩きでAさん宅から離れた

家屋からする怒鳴り声はこちらまで痛い感覚がした

住民は、ほぼ同じ新聞社の新聞を読んでいたので
学校でも
「あの家が旅行に行ってたことないよね」
「同じ市内に同じ職業の同姓同名がおるん?」
「夢日記」
弟の学年でも、ちょっとした噂だったと聞いた

新聞社も読者の投稿欄を裏取りしないだろう

時代は平成でも、他人の家族間を警察や行政へ
通報する習慣がなく
ましてや、幼児虐待ではない
「人様の家へ口出ししないのがマナー」だった

そんなAさん宅は、今は知らない家族が住む


前職、わたしは葬祭業へ従事していた
家族や親族での良し悪し部分を見つめてきた

隣の芝生は青くて、うちの芝生は枯れている
葬儀の規模で、こんな呟きも聞いてきたけど
そんなことは1ミリも思わなくていい

派手な葬儀をして
なかなか入金されず、催促したって「あるある」
中には、元々お金がないのに見栄を張ったなど
素直に打ち明けられて、葬儀ローンを組んだ

「あの…」という資産家も、直葬や家族葬が増え
時代は変わり、故人の意向重視


うちも色々あるよ
親族の間では、絶縁が存在している
関わらない選択で、自分や家族を守っている
うちは分家なので、本家ほどの気苦労はないけど


他人の“幻”と比較しないように

比較は、自分に有益なときだけでよく
自己の成長に繋がるなら
仮に相手の幻と比較は悪くない
ただ、自分を苦しめるなら有害でしかない
自滅した後、「幻」と知ったらやるせないでしょ