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小説: ペトリコールの共鳴 ⑦

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第七話 遥かな香へ捧ぐ



雑木林に放したキンクマはやはりネズミだ。
無邪気に右往左往しながら丸い体を落ち葉が堆積する中へ掻き分けて入るなど、本能は忘れていない。
愛らしい光景は俺に安らぎを与える。
脅威にならない。

ハムスターのキンクマは言葉を理解し話ができる。
もしかすると下手な人間より高い知能と洞察力があるのではないか。

俺に起こった一連の事件を省みるたびに、キンクマは遥香の霊が乗り移ったのではと疑う。
霊は居ないと言われているが科学では証明出来ない事象を無理に否定しなくていいのではないかと思う。

理屈はどうでもいい。キンクマと家族になりたい。


一連の事件。遥香が亡くなり俺は隙だらけだった。
趣味も友達もない俺は孤独の塩と寂しさの漬物石で水分を抜かれ萎びた魂同然だった。

キンクマは感受性がないのか、遥香が居なくなっても陽気で元気が取り柄。話し相手になる雰囲気ではなく、話し相手にしようと思わなかった。

会社の連中とつるむのも俺は好きじゃない。 
マンションへ直帰し、テレビを観ながら酒を飲む。
共働きの遥香は学生時代からの彼女で、新婚生活を新婚だと感じない。すべて惰性のまま歳をとっていくのだと信じていた。

遥香の病気は進行が早く、投薬など治療を施せば、せん妄と呼ばれる被害妄想混じりのアグレッシブな精神状態を引き起こした。

俺は遥香の言いなりになることで自己防衛し、遥香がハムスターを飼いたいと言い出しても賛成した。
それだけ俺は疲れていた、言えなかった。

遥香が亡くなって、俺には居場所がなかった。

SNSの存在は知っていたが、そんなのをやるヤツを心のどこかで軽蔑していた。
他人の不祥事にたかるハイエナ。実生活に友達がいない輩が群れをなして駆逐していくイメージが拭いきれなかったが、俺は自らがSNSへ身を置き、軽蔑するSNSの輩に優しくされ慰められていった。

俺を心配して様子を伺いにDMしてきた女がいた。

「タツジュンさん」本名ではないが、名前を呼ばれるたびに自己開示するのが気分良くなれた気がして
誰かに受け入れられた手応えは心の間口を広げていき、親密なDMを交わすほど運命的な出会いを確信した気になっていった。

交際や性的な関係を匂わすものはなく、金に関する話題もない。互いが同じ傷を持ち、舐め合う。
一方的で執拗な重さは皆無で利他的、良心的な人もSNSにいるのだと安心した。

相手の女からの返信が遅いと不安になった。
俺からDMをして、セクハラだと関係が終わるのを危惧する。

寝る前にSNSを開くと女からの短く素っ気ないメッセージが一層女へ囚われる。
妻を亡くしたばかりの男が恋心を抱くと批判を考え胸に痛みを覚えた。

「あたしの近くに住んでるんだ。
タツジュンさんに会いたいです」
女の方から軽いアプローチがあると、
「この機会を逃すまい」
すぐさま返信して、女をマンションへ呼び寄せた。


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