著…鵜飼秀徳『無葬社会 彷徨う遺体 変わる仏教』
地域の人、親族、友人といった親しい人たちが葬儀を執り行うことが無くなり、ただ火葬しておしまい、それ以上の供養は不要、という考え方が当たり前の社会になるとどうなるのか?
について考えさせられる本です。
葬儀をしなければその分面倒な手間暇を省けるし、お金も大してかからないというメリットはあるけれど…。
それが主流になってくると、寺院だけでなく、葬祭、墓石、仏壇・仏具、法衣といった業界もやっていくのが大変になりますよね…。
また、この本では色んなケースが紹介されていて、読んでいると呆然としてきます。
葬儀代を浮かせることを目的に献体を希望する人。
遺骨を捨てる人。
改葬と離檀…。
この本を読んでいると、時代の変化をひしひしと感じます。
わたしは特に、遺骨をトイレやゴミ箱に捨てたり、電車の網棚にわざと置いて立ち去ったりする人たちについての記述を読んで胸が痛くなりました。
遺骨をゴミ扱いするなんて…。
そうされるようなことを遺骨の主がしたのかもしれないけれど、なんだかモヤモヤします。
無葬社会は無縁社会とも言い換えられそうですね。
また、P49を読むと、他人の納骨室に勝手に骨壺を入れる人もいるというから驚かされました!
無断で入れておけば仕方なく供養してもらえるとでも思って入れたんでしょうか…?
ごみ箱やトイレに捨てるよりはマシかもしれないけれど、でも、他人に押し付けるのは良くないし…。
ずっとモヤモヤが残ります。
〈こういう方におすすめ〉
現代の葬儀のあり方について考えたい方。
〈読書所要時間の目安〉
2時間くらい。
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