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著…市川拓司『いま、会いにゆきます』

 毎年、雨の季節が終わる頃に読みたくなる小説。


 ※注意
 以下の文は、結末までは明かすネタバレを含みます。
 未読の方はご注意ください。



 「私はもうすぐここからいなくなってしまうけれど、またこの雨の季節になったら、二人がどんなふうに暮らしているか、きっと確かめに帰ってくるから」

(著…市川拓司『いま、会いにゆきます』から引用)

 「雨とともに訪れて、あなたたちがしっかりと暮らしているのを見届けたら、私は夏が来る前に帰ることにするわ」

(著…市川拓司『いま、会いにゆきます』から引用)



 そう言い残して亡くなった女性・澪。

 彼女は本当にその次の年、雨の季節に、夫・巧と息子・祐司の前に現れます。

 澪が巧と祐司のもとにいられるのは、梅雨の間だけ。

 その限られた時間を、3人は大事に大事に過ごします。

 澪と巧は、二人が出会った15歳の頃から28歳の頃までの思い出についてじっくりと話をしました。

 卒業式の日、

 「きみの隣はいごこちがよかったです。ありがとう」
 「私もあなたの隣はいごこちよく感じていたわ。ありがとう」

(著…市川拓司『いま、会いにゆきます』から引用)


 という言葉を交わして別れたこと。

 その後再会し、付き合い始めたこと。

 実は、巧は自分が物凄く忘れっぽかったり、激しく興奮したり、逆に極度の不安を感じたりする病気を抱えています。

 だから二人は振り返りました。

 巧が20歳の時、このまま自分と付き合っていても自分の抱えている病のせいで澪を幸せには出来ないだろう、他の人と付き合った方が澪のためだ…と一方的に巧が別れを決めたことを。

 21歳の夏に、澪のほうから巧に会いにゆき、二人が結ばれたことを。

 22歳で結婚したことを。

 23歳で祐司が生まれたことを。

 それから澪が病気で亡くなる28歳までの間、ささやかながらも幸せだったことを…。

 懐かしい話をすればするほど、お互いへの想いが募ります。

 けれど話せば話すほど、否、もし話さなくても、時間は過ぎるばかり。

 さよならの時が近づいてきます。

 まだ6歳の祐司は、「ぼくのせいで、ママは死んじゃったんでしょ? 親せきの人が教えてくれた。ぼくが生まれたせいでママが死んだんだって」とひどく苦しんでいました。

 泣きながら澪に謝る祐司に、澪はこう伝えます。

「あなたは少しも悪くないのよ。あなたのいない人生なんて考えられない。あなたと出会えなかったら、50年生きたってこれほど満ち足りた気持ちにはなれなかったと思う。パパもママもそのために出会ったの。あなたと会うために」

(著…市川拓司『いま、会いにゆきます』から引用)


 と。

 その言葉で祐司は自分を赦すことが出来ました。

 また、巧は自分の病気のせいで澪を幸せに出来ないまま死なせてしまった、と悔いていて、「きみを幸せにしてあげたかった」と澪に謝ります。

 澪は「私は幸せよ。何もいらない。ただ、あなたの隣にいられるだけでいいの」と言いました。

 そして澪は、亡くなる前に言い残した言葉通りに、夏が来る前に消えていきました。

 その後…、澪からの手紙が巧に届きます。

 1年前に澪さんから手紙を預かり、1年後雨の季節が終わったらあなたに渡して欲しいと頼まれた、という人の手から。

 それは28歳の澪が亡くなる前に書いた手紙。

 この手紙に衝撃的なことが書かれています。

 あの雨の季節に現れたのは、21歳の頃の澪だった、ということが。

 21歳の6月の雨の日に車にはねられて意識を失い、気がつくと今の巧がいる時代、つまり21歳の澪から見れば8年後の世界にいた、と。

 8年後の巧と祐司と過ごすというこの不思議な体験によって、自分が近い将来に巧と結婚して祐司を産み、28歳で病死してしまう運命にあることを知った。

 そして気がつくと、交通事故からまだ数時間経っただけの病室のベッドに寝ていた。

 けれど、自分が若くして死ぬ運命を変えようとは思わなかった。

 いま巧に会いに行かなければ、運命が別のものに切り替わって、28歳で死んだりせず、おばあちゃんになるまで生きられるかもしれなかった。

 でも巧のもとへ会いに行った。

 「だって、あなたと一緒になれないのは嫌だから。祐司と出会えなかった人生なんて嫌だから」と…。



 …『いま、会いにゆきます』というのは、そういう意味の込められたタイトルなんですよね。

 なんて秀逸なタイトル…。

 命をかけてまで会いたい人たちがいるのって、なんて幸せなことなのでしょうか。



 〈こういう方におすすめ〉
 切なくも美しい小説を読みたい方。

 〈読書所要時間の目安〉
 2時間半くらい。

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