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『壊れた桶』

 俺は一平。毎朝銭湯に行くのが日課で、時間は決まって朝8時に行く。

 この銭湯の主人はひょうきんでいつもニコニコしていて、人を笑わせている。俺もそんな主人が好きでここの銭湯に通っている。

 だが、この銭湯には妙なものがある。

 ───それは壊れた桶だ。

 いつも主人に駄賃を渡す所に壊れた桶があり、中には何も入っておらず、紙が一枚貼ってある。

『街頭募金』

 だが、この桶はいつも空っぽだ。

 というより、金が入っているのを見たことがねぇ。俺は毎回これが気になっていて帰りの時、主人に聞いた。

「おい主人、この募金箱はいつも空だな」
「へぇ、そうなんでございます」

「何故、こんな古く壊れた桶を募金箱にしてるんだ?」
「へぇ、この桶に惹かれましてねぇ、この桶は100年前の桶なんですよ旦那」 

「100年前の桶だと?まったく意味が分からんぞ?」
「へぇ、実はですね。この前、家を掃除していたら、壊れた桶が出てきたんでさぁ」 

「ほう」
「おいらも、はじめは捨てようと思ったんですがね、どうも何かあるんじゃないかと思ったんですよ」

「何かある?」
「へぇ、おいらは不思議とこの桶に魅力を感じたんですよ」

 俺もそう言われ桶を見たのだが、どう見ても所々壊れているただの桶だ。

 桶の見た目はというと、木が黒ずみ、所々に深いひび割れが走っている。金具は錆び付き、一部は完全に外れている。

「ほう……この桶にねぇ。俺には何もわからんな」

「まぁ、そういう訳でして、この桶に惹かれ、せっかくなんで何かに使おうと考えたんでさぁ」

「なるほど、それで募金箱というわけか」
「へぇ、というわけで旦那よろしければ一文どうですか?」

「せっかくだ、話の礼に一文入れるとするか」
「ありがとうございやす。では旦那、明日もよろしくお願いします」

 それから俺は銭湯に行くたびに一文入れるようになった。

 ─────それから数年。

 俺はいつものように湯から上がり、着替えて帰路に就こうとしていた。

 その時、目の前の客が募金箱に銭を入れているのが見えた。

「ほう、俺以外にも入れるやつがいたのか」 

 そう思い俺もいつもと同じように一文を入れようとしたのだが、あることに気づく。        

「────ん?おい主人」
「へぇ、何でございましょう」

「俺は今一文を入れようとしたのだが」
「へぇ、ありがとうございやす」

「いや、その前に桶の中に銭が入ってねぇ」
「そうなんです。今日もこの桶は空でして、お恥ずかしい限りです」

「ほう、だがな主人、先ほど俺の前の客が銭を入れていたのを見たのだが」
「へぇ、確かにいただきやした」

「なら何故銭が入っていないんだ?」
「それは旦那、入れてみれば分かることです」

「ほう、なるほど。ならどれどれ」そういいながら、一文入れてみた。

 ───すると。

桶の中に入った銭は、転がり消えていった。

「これは……」
「実はですね、旦那。この桶なんですが底も『そこそこ』に抜けてるんでさぁ」

「───?なら銭は……?」
「銭はおいらの足元にあります」

「なんと!?そういう事か!」
「へぇ、人間というのは不思議なもんでして、入れる前には気にしても、入れた後は気にしないんですよ」 

 それを聞いた俺は、自分の間抜けさに笑ってしまった。

「はっはっは、それそうだな。これは一本取られたわ」

 確かにこの銭湯に来れば、この主人と話す人は多い。

 そしていやでも壊れた桶が目に入る。

 それに銭を入れる時は、このひょうきんな主人と必ず話している。なおさら気づかんわけだ。

「というわけで、この桶は空なわけです」
「主人は抜かりないな。見事な商売上手じゃ」

「ありがとうございます。では、旦那、今日も一文いただきやす」

「はっはっは、参った参った。こいつは一本取られたな」そう言って一文を入れた。

「ありがとうございます、また明日もよろしくお願いしやす」


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