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近場

「遠くへ行くほど旅らしくなるのは当然であるけれど、日常性からの脱却が旅であるとの観点からすれば、「旅」はどこにでもある。」
宮脇俊三『終着駅』河出文庫、P155)

 1月24日から25日にかけて、京都で大雪が降った。
 積もった雪は、少しずつ溶けていき、氷となって地面を覆う。私は何度も目の前で、滑って転びかける人を見た。
 一方、雪の溶けていない場所に足を踏みいれると、「ザクッ」という小気味よい音をたてる。私はこの感触の虜になり、ひたすら雪の上を歩いた。

 雪が積もると、見飽きた京都の風景が、まったく異なる表情を見せる。歩き慣れた、何の変哲もない道も、白色に染まることで、魅力的な道に変わる。
 ただの道さえそうであるから、普段から人気のあるスポットは、さらに魅力を増す。
 例えば伏見稲荷大社は、そのシンボルともいえる朱色の千本鳥居と、雪のコントラストが絶妙である。所々で顔を見せる、頭に雪の積もったお稲荷さんの石像もかわいらしい。雪の日の寒さに耐えて、わざわざ足を運ぶ価値が十分にある。

 冒頭に引いたのは、『時刻表2万キロ』など、数々の鉄道紀行文で知られる、作家・宮脇俊三の随筆集からの一文である。
 鉄道旅の魅力を伝えた作家であるから、イメージとして「遠出」や「長旅」を勧めそうだが、実際はそうではない。むしろ、遠くに出かける前に、近場に目を向けることを勧めている。

「遠くへ行きたいと私たちは思う。日常性から脱却して異質に接するのが旅であるから、遠くへ行くほど願いがかなえられるのは当然だが、遠くへ行きさえすればよいものではないだろう。パリの下町は知っているが柴又の帝釈天は知らないとは、よろしくない。」
宮脇俊三『終着駅』河出文庫、P154)

 私は京都を「見飽きた」と言ったが、それは京都のほんの一部だけを見てそう口走ったまでで、積雪一つで、京都の知らない一面を発見するにいたる。
 同様のことは、誰にとっての「近場」でも起こりうる。遠方への旅行を計画する前に、まだまだ近場で掘れるスポットはないか、じっくり散策してみるのも面白い。


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