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“茶の湯”と“歌舞伎”の世界がよくわかるおすすめの9冊|齋藤孝「大人のための読書案内」(4)

弊社では過去の作品の電子書籍化に取り組んでいます。この度、今に通じる普遍的なテーマを掲げる本書「何から読めばいいか」がわかる全方位読書案内を電子書籍化しました。ここでは宣伝も兼ねて、その内容をちょっとずつご紹介していきます。4回目は、いまも日本人に広く愛されている「茶の湯」や「歌舞伎」の世界について。

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茶の湯の世界

 日本全国に禅宗が広まるのと同時に、広がっていったのが茶道です。そして安土桃山時代には千利休が侘茶を完成させ、現在の茶道の形となりました。千利休の生涯は、伝説も含めて様々な本が出ています。

 茶道の基本書と言えば、茶の本(岡倉覚三、村岡博訳、岩波文庫)です。西洋に東洋文化を知らしめる本で、英語で書かれました。「いつになったら西洋が東洋を了解するであろう、否、了解しようと努めるであろう。」(23ページ)という思いがあります。

 この本の中に、利休の逸話が出てきます。露地の掃除をした息子に、「まだ充分でない」と樹を揺すって庭に紅葉を散らした話(57ページ)や、太閤秀吉を茶室に迎えるにあたって、庭の朝顔を敢えてなくして床の間に一輪残した話(83ページ)など、エピソードも多いのです。

 茶の湯の本では、茶の湯の不思議(小堀宗実、生活人新書)がよくまとまっています。小堀宗実さんは小堀遠州が始めた遠州茶道宗家の十三世の家元で、私は対談をさせていただいたことがありますが、この本では、なぜ茶道ではお茶碗を回すのか、という初歩的な話から入って、初心者にもとても読みやすくなっています。

 お茶碗を回す理由は、「ものと相手を大切にする精神があらゆる所作の基本になっている」から。90度回すことで、大切な茶碗でお茶をいただくことへの感謝の気持ちを表し、「ありがとうございました。正面をしっかり拝見しました」と、再び回して返します。

 そのほかにも、なぜお菓子を先に食べるのか、禅の精神と茶の湯の精神をどう結びつけたのか、茶会の案内状をもらったらどうすればよいか、など、初心者の心得が書かれていると同時に、なぜそうなっているかが解説されています。

 小堀さんと対談したとき「気楽に楽しんでいただくことが大事なので、あまり堅苦しく考えなくて結構です」と言っていただいたのですが、ひと通りの作法を知っておくと、突然茶席に参加する機会が訪れた場合にも、落ち着いていられます。

 この本に破格の茶人、古田織部の話が出てきます。彼が作った織部焼はいっぷう変わったお皿。ひょうきんという意味でこのように記されています。

「『ヘウゲモノ茶碗』(ひょうきんな茶碗)と呼んだという記録が残っています。」(54ページ)

「わび・さび」の茶の湯の精神から言うと、一切の無駄を省いた利休のお茶は理想ですが、織部は芸術性あふれる道具を創意工夫して、華やかさを加えていった人。利休は「跡を継ぐのは誰か」と聞かれたとき「古田織部であろう。なぜなら、彼には創意工夫があるからだ」と答えています。もともと利休は、工夫する人であり、商人でもあった。当時の流行を作っていった人でした。

 このあたりの話は、漫画へうげもの(山田芳裕、モーニングKC)にも描かれています。古田織部を中心に、利休や信長や秀吉など、当時の歴史も含めてよくできたストーリーなので、ぜひ読むといいでしょう。私は『へうげもの』の中でも秀吉が好きなのですが、人としての鋭さや見通しの深さ、あるいは孤独というものが、とてもよく描かれていました。

 しかし、茶の道具や茶の湯の道を通して、大名たちや武士が交わっていったというところは、とても不思議です。戦国武将たちは、言ってみれば殺し合うような仕事をしているにもかかわらず、茶の湯を大切にした。その中で、ちょっとひょうげた、ひょうきんな茶の湯の道を作っていった古田織部の話はとてもおもしろいものです。

 お茶は中国から伝わったもので、中国にも作法はありますが、日本人の心に「茶の湯の精神」がフィットしたことで、茶道は盛んになっていきました。戦国時代に茶の湯の精神が花開いたというのも、興味深い話です。

 千利休という存在は非常におもしろくて、秀吉と利休(野上弥生子、新潮文庫)や、最近でいえば利休にたずねよ(山本兼一、PHP文芸文庫)など数々の小説に描かれてきました。利休が生きた時代は、信長や秀吉と深く関わっているのですから、なにしろダイナミック。利休像を置いたため秀吉の逆鱗にふれたという大徳寺の山門も、実際に京都に行くと見ることができ、歴史を感じることができます。あの時代のダイナミックさを、利休を中心にして読んでみるのもよいでしょう。

「利休」という名前は、文字のバランスがちょっとおもしろい。「利」は「利発」や「鋭い」という意味で、「利にして休」と読めば、鋭さを保ったまま休んでいる、リラックスしたイメージです。もともとのいわれは千利休(村井康彦、講談社学術文庫)に詳しく書いてあるので、読んでみるといいでしょう。

日本文化を凝縮したもの――歌舞伎

 茶道のほかにも、日本の伝統文化で知っておきたいのは、日本舞踊や歌舞伎です。

日本の舞踊(渡辺保、岩波新書)はしっかりとした新書で読みごたえがありますが、もう少し軽く初心者でも楽しめるのが、歌舞伎ナビ(渡辺保、マガジンハウス)です。著者の渡辺さんとは対談する機会があったのですが、お酒を飲みながら大変おもしろく時間を過ごすことができました。

 渡辺さんは日本の演劇を大変よく観ており、歌舞伎の案内人としても本当に経験豊富な方。『歌舞伎ナビ』を読むと、どんな作品をどのように観ればいいかがわかりますし、楽しみ方がわかりやすく解説されています。

 渡辺さんは非常に鋭い感覚を持っていて、たくさんの著書を出版されています。中でも舞台を観る眼(渡辺保、角川学芸出版)は、鋭い演劇批評の本。彼はものすごい数の舞台を観続けていますが、舞台は一回一回消えていってしまいます。そういうものを書き残しておかなくてはいけない、という使命にかられて書かれた本です。

 演劇はライブなので、観た人だけが知っていますが、観た人すべてがそのよさを受け取っているとは限りません。同じ体験をすることはできなくても、優れた批評家を通して学んだ感覚は、その後、演劇を観るときに一層深いものが得られるだろうと思います。

ウェッジ様 齋藤孝 写真 正面 ブルーネクタイ

齋藤孝(さいとう・たかし)
明治大学文学部教授。1960年静岡県生まれ。東京大学法学部卒業。同大学院教育学研究科博士課程を経て現職。専門は、教育学、身体論、コミュニケーション論。『1日1ページ、読むだけで見につく日本の教養365』(文響社)、『友だちって、なんだろう?』(誠文堂新光社)等、著書多数。

――本書では、歴史、思想、日本文化、仕事、科学と大きく5つのパートに分けて、317冊に及ぶ膨大な良書が紹介されています。齋藤孝先生のナビゲートならではの「現実」と「教養」をつなぐ読書体験を、ぜひご堪能ください!

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