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街をあるけば、春笑う。|啓蟄~春分|旅に効く、台湾ごよみ(6)

 台湾パイナップルが日本のメディアでも大きな話題になっています。わざわざ買い求めようとスーパーを梯子される方もいらっしゃるようで、見つからないという声も。
 実は、台湾パイナップルの旬はこれからです。本番は二十四節気の「清明節」(今年は4月4日)あたりから6月まで、砂糖が掛かっているのではと疑いたくなるほどの甘さに驚くことも。因みにパイナップルは追熟しないので、買ってきた時が食べごろです。そもそも、バナナなど台湾果物の日本での販路が拡がらない理由に、年中を通した安定供給が難しいこと、また日本の消費者が見た目に厳しいことなどが挙げられるそう。でも本来なら、食べ物には旬があって然るべきだし、見た目のよいものがおいしいとも限りません。
 美味しい台湾の果物の販路が日本でも拡がるよう願ってきた身としては、禍転じて福となす、今回の件が台湾の果物を知っていただく良いきっかけになればと願っています。

タイムカプセルのような日本文化


 春爛漫春春爛漫桃緑。

 台北の路地裏をゆけば、アパートメントの庭やベランダに様々な草木が花を咲かせて目をひきつける。湿度が高く、冬でも草木が瑞々しい緑色を保つ台湾では、春を迎えて花々とのコントラストが鮮やかだ。街路の高い場所では木綿(キワタ)がオレンジ色の花を咲かせ始め、台湾南部では黄金風鈴木と呼ばれる樹が、公園や校庭をイチョウのような黄金色に染める。暦は啓蟄(今年は3月5日)。

綿木

日本の七十二候は

初候:蟄虫戸を啓く(すごもりのむしとをひらく)
次候:桃始めて笑う(ももはじめてわらう)
末候:菜虫蝶と化す(なむしちょうとかす)

である。

 この啓蟄の二週間にぐんぐんと空気は春めいて、虫たちが巣よりむくむく動きだす。桃の花が咲き、青虫は蝶となる。桃が笑うとは花が咲くの意で、硬く緊張していた蕾が暖かさにフウワリゆるんで微笑む、そんなイメージのうかぶ大好きな表現だ。俳句で「山笑う」は春の季語でもある。

 花の咲くことを笑うと表現するようになったのは、古代中国まで遡るらしい。漢から六朝、唐のはじめにかけて、詩人たちが花の綻びを美しい女性の笑い顔に例えたり、花鳥風月を擬人化する表現が定着した為だ。

 園花笑芳年,池草艷春色。(庭園は花盛り 池の中の草は生命力にあふれている)

 唐の名高い詩人・李白にも、春の庭の美しさを詠んだこんな一節がある。

 咲という字も古代中国では「わらう」「えむ」という意味をもつ笑の異体字であったのが、中国への使節や中国文化に通じた万葉の歌人たちによって日本に輸入された際、「花が咲く」という独自の意味を持つようになったという。

 ここで、古代中国で生まれた啓蟄の七十二候を見てみよう。

初候:桃始華(桃の花が咲きはじめる)
次候:倉庚鳴(コウライウグイスが鳴く)
末候:鷹化為鳩 (鷹が鳩になる)

 末候の「鷹が鳩になる」については、春の光に鷹も気持ちが暖まって鳩のように優しくなるなど諸説ある。虫が戸を開けたり花が笑ったりと自然が主役の日本版に対し、こちらは人間からみた自然観察である。千年以上も前に日本へと渡ってきた花鳥風月を愛でる遊びごころは、日本のひとびとの精神性に余程しっくりきたのだろう。

 現在、台湾で花が咲くといえば「開花」(北京官話:カイファー/台湾語:クエフェー)などと言って咲の字は使われない。また笑に「花が咲く」意味は既にない。今では日本語の中でのみ、花は「咲き」「笑う」。京都の街並みを見て、台湾や中国の人々が「長安の都のようだ」と感想を漏らすのを聞いたことがある。タイムカプセルのような性格をもつ日本文化に、あらためて面白さと豊かさを感じる。

古くから伝わる台湾原住民の「絵暦」

 古代に遡るといえば、実は台湾には余り知られていない暦がひとつある。台湾原住民族「ブヌン族」の一年の祭事について記された「絵暦」と呼ばれるものだ。

 ブヌン族は台湾の中央山脈に暮し、日本時代には総督府によって繰り返し集団移住を強制された悲しい歴史を持つ。

ブヌン

ブヌン族の伝統的な生活を記した碑(南投県にて筆者撮影)

 伝説では、ブヌン族は原住民族のなかで唯一「文字」を有するなど、古来より高い文明を誇ってきた民族である。古代に起こった洪水で文字は失われてしまったものの、一年の農耕や祭典のおぼえがきである「絵暦」は残された。それによれば、かつてブヌン族の一年は月の満ち欠け(太陰暦)を基準として12か月に分けられていた。一年の始まりは西暦の11月ごろで、そこから開墾して酒を仕込み、豊穣を祈って祭儀をし、粟の種をまき、狩猟を開始する。そうした行事がこの暦の上に、象形文字によって細かく記されている。今の時期なら第五月の「粟畑の除草祭り」「粟発芽祭り」の時期だろうか。

絵暦

不思議とよく当たる「台風占い」

 もうひとつ不思議な言い伝えが台湾にはある。古来より、原住民族によって伝えられてきた気象予測だ。

「台風草」と呼ばれるのがそれで、台湾の山でよく見かける野草だが、茅のような長い葉の上に大抵折れ線のような跡が入っている。じつはこの折れ目、入っている場所や折れ目の回数によって、その年に来る台風の数や時期を予想できる。例えば、葉の茎に近いほうを旧暦始めあたり、葉の先端を年末とし、もしまん中あたりに折れ目が入っていれば、6,7月ごろに台風の災害が起こるというのだが、これが結構よく当たる。日本と同じく台風や地震といった災害の多い台湾ならではの観察と智恵の賜物なのだろうが、何とも神秘的ではないか。今年もそろそろ山に出かけ、今年の台風の到来を占ってみなければと思っている。

台風草

 そんな訳で、この季節のわたし的台湾版七十二候は、

初候:木綿に黄金風鈴木が街を彩り始める
次候:パイナップルの甘み増す
末候:今年の息災を祈りつつ台風草を見る

<参考文献>
・『ブヌン族の祭りと暦』(馬淵東一)
・原住民族委員会ウェブサイト
 https://ihc.apc.gov.tw/

文・絵・写真=栖来ひかり

栖来ひかり(すみき ひかり)
台湾在住の文筆家・道草者。1976年生まれ、山口県出身。京都市立芸術大学美術学部卒。2006年より台湾在住。台湾に暮らす日日旅の如く新鮮なまなざしを持って、失われていく風景や忘れられた記憶を見つめ、掘り起こし、重層的な台湾の魅力を伝える。著書に『台湾と山口をつなぐ旅』(2017年、西日本出版社)、『時をかける台湾Y字路~記憶のワンダーランドへようこそ』(2019年、図書出版ヘウレーカ)。


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