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自然の中の体験を、次世代にも繋げていこう。

こんにちは〜honaです!

今日は、大人も子供も原体験を大切にしたいと考えた事について残そうと思います。

昨日、海水浴に行った話をしましたが、その前夜、夫と会話をしていたらこんなことを言っていました

「海水浴もそのうちみんな行かなくなるんじゃないかなぁ。」

私がなんで?と聞いたら、

「これからはVRとかあるから」とのこと。

私はそれを聞いてすぐに「ええっ、自然の中に実際に行くのがいいんじゃんか。特に子供にはそれがとっても大事だと思う」と、つい強めに返してしまいました笑

今落ち着いて考えてみると、おそらく夫も子供たちからそういった自然な体験を奪うとことをイメージして言ったわけではなくて、今後のテクノロジーの進化を考えると、海水浴を実際にする人が少なくなるんじゃないかと言う考えを持って言っていたのではないかと思います。

しかしながら、この会話をして、もしかしたらそういう風な考え方を持つ人々が、これからどんどん増えるんじゃないか?と少し怖くなりました。

つまり、テクノロジーで代替できかつ便利になるものVRで体験できるものとか、都会でも自然に入るような体験ができるものと言うものがおそらくどんどん出てきていて、今後予想されるさらなるテクノロジーの発達・進化によって、もっともっとそれが加速していく。

そして、わざわざ都市部から遠い山間部や海岸に出かけずに、そうした手軽なもので済ませようと考える親御さんや教育者、開発者などが増えてしまうのではないか。
そうしたマジョリティーに押されて、子供たちが自然の中で原体験をする機会が、どんどん奪われてしまうのではないか。そんな未来を考えてしまったのです。

子供たちにとって、自然の中での体験や、生活の中でのお仕事や手仕事をする事は、発達上とても重要だと思っています。

例えば、今日は暑い中で朝だけと思って子ども達と公園へ行って、子供たち2人は屋根のある砂場で遊んでいました。

砂場と言う都市にあるけれども自然を体験できるこの場所で、手指を必死に動かして、山を作ったり、トンネルを掘ったり。山を固めるためにバケツにお水を入れて運んできたり、道を作ったり、壁を作ったり。

2人であっという間につくった、砂のお山!トンネルものちに開通。
トンネルの出口に、壁をつくったみたい。

砂のつぶつぶやサラサラ、それが水と入り混じるときの変化、水を運ぶときの重さやバランスのとり方。自分の体で感じる事がたくさんある。
汚れることもいとわず、頭も体も使って全身を使って、ときには諍いを起こしながらも、自分たちがやりたいことを形にしていく。

砂でどろどろ^^;

一方で、例えばそれを「お砂場ゲーム」のようなテレビゲームでやろうとすると、確かに同じようなものは作れるかもしれないし、もしかしたら現実には不可能な形状もゲームの中では実現できるかもしれない。

でも、砂や土や水の感覚を実際に感じることはできないし、動かすのは結局コントローラーに触れる指先だけ。

もちろんプログラミングみたいな思考能力は伸ばすことができるかもしれませんが、自分の感覚と結びつかない思考と言うのは、なかなかその後実際に表現する時ことが難しい再現することが難しいのではないかと思っています。
それは例えば大人で言うと、インターネットや書籍などを通じてインプットしたして理解したようなつもりになっていることも、それを誰かに説明しようとしたり実行しようとしたりすると、なぜかうまく説明できないし実行もできない事はありませんか。
それは、説明できるたり実行できるようになるほど、積み重ねがないし、同時に自分の五感で体感していない事と言うのは、なかなか実際に自分から形づくることが難しいのではないかと考えています。

要するに、子どもの心身の発達を健やかに育むのは、近年急激に発達したテクノロジーではなく、ヒトが進化の過程で常に寄り添って暮らしてきた「大自然」だと、私は思うのです。

子ども達を、自然の中に、放ってあげてみてほしい。
最初は戸惑って何をしたらいいのか分からないこともあるかもしれない。でもしばらくすると、生き生きとした目で、いつまでも遊んでいる。そんな姿に、気づくと思うのです。

自然の中の体験は、子ども達から奪ってはならず、大切に繋いでいく必要があると、改めて考えさせられました。


こうした考えがこれからマジョリティーになって、子ども達が健やかに育つ未来が来るように、少しずつでも微力でも行動して、発言していこう・・・!


では今日はこのへんで^^

お読みいただきありがとうございました!


hona

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