高橋望のバッハ&シューベルト_2023年6月10日
昨日はオペラシティ・リサイタルホールで、ピアニスト高橋望さんの「バッハ&シューベルト」を、聴いてきました。
演奏に使われたピアノは、「ベーゼンドルファー・インペリアル」でした。
ウィーンのベーゼンドルファー社において、創業180年の歴史の中で現在までの生産台数が5万台程度しかないピアノです。
楽器にも(!)暗い私ですが、この名前は覚えており、休憩時間にステージに半歩ないしは数歩登って、その中身をとくと眺めたい衝動を抑えていました。
プログラムに調律師のクレジットが記載されていたのは、ピアノの使用概要と調律の記録を残しているのかもしれません。
希少なピアノで髙橋さんが奏でた、J.S.バッハ「半音階的幻想曲とフーガニ短調 BWV903」と「パルティータ第4番ニ長調BWV828」は、流れるような演奏に魂が鎮まっていくようでした。
とくに惹かれたのは、後半のF.シューベルトの「ピアノソナタ第19番ハ短調D958」。
冒頭の主題が、ベートーヴェンの「悲愴ソナタ」をオマージュしている(であろう)ことで知られるこの曲。
ちょうど前夜、日本フィルの演奏会でチャイコフスキーの「悲愴」を聴いて心をふるわせたばかりだったので、曲自体はまったく別物ながら縁を感じました。
とりわけ、曲調が転じる「第3楽章」に魅了されました。
途中で1か所、「アヴェ・マリア」に似たフレーズが耳に届いたからかもしれませんが、穏やかなメロディに温もりを感じ、聴くうちに平和を祈るような気持ちになったのです。
まだ人生に”安心”しか存在していなかった幼少期の記憶を、懐かしく思い出しながら音に身を浸していました。
それはある春のお昼時。家族で近所のお蕎麦屋さんまで歩いて向かう道中でした。
祖父と母に両手を引いてもらっていたあの頃。マンホールに差し掛かると二人はつないだ手を高く引っ張り上げてくれ、黒い鉄の池を楽々と飛び越えさせてくれました。私にとってその瞬間は、宙を舞うようで楽しいものでした。
少しずつ舞い上がる高さが低くなってきたある日。勝手に持ち上げられてきた今までとは違って、私は上に引き上げられた時に自分でも飛び跳ねなければ、高く飛べなくなっていました。
「重たくなってきたね」
「大きくなったなあ」
家族が私を見ながら楽しそうに笑っていて、私も笑いながら、そのわずかな変化に戸惑っていた--。
そんな回想は「第4楽章」で我に返るまで続き、跳ねるような演奏に躍動感を覚えながら終演を迎えました。
演奏についてアカデミックな感想を持つことができず恐縮なのですが、こんなふうに演奏を聴きながらインスピレーションをもらえる瞬間は、私の人生を豊かにしてくれる大切な経験。すべての演奏家に感謝しています。
(そして、まぜていただいた打ち上げ会場で、写真を撮っていただいたことにも深謝します)
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