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【リーディング・ハイVol.13】『嫌われた監督 落合博満は中日をどう変えたのか』

何を考えているのか、わからない。
それがこの人物の印象だった。

ただこのノンフィクションを
読んで、その輪郭と
プロフェッショナリズム
を垣間見た気がする。
この本は、
約480ページにおよぶ大作である。
読み応え抜群であった。

本屋のビジネス書コーナーに平積み
された本を読んで、

「よし、真似してみよう」
「TTPしよう」

そんな簡単な類の本ではない。

その一方で、「参考程度にしておこう」
と閉じる本でもない。

落合博満というたった1人の男。

個人とその孤独。
この圧倒的な存在感から
何かを感じとりアウトプット
しなければならない。

簡単に真似できないからこそ、
感じたことを形に残したい。
そう思わせるノンフィクションは
はじめてで「書きたい」
という思いだけが先走っている。

まさにこのマガジンのコンセプト
である「リーディング・ハイ」

読書を継続して、ポジティブな感情や
成長につながる実感を得ている状態。

私はいまそんな真っ只中にさしかかろう
としている中、キーボードを叩いている。

長編にはなるが、このリーディング・ハイ
を追体験していただきたく、最後まで
お付き合いいただきたい。

結果だけの世界ではない

プロは結果が全て。
よく言われる言葉だ。

東京大学に合格するよりも、
狭い門をくぐり入ってくるプロ野球選手。

結果を出せなければ、若い選手なら
2年でクビになることも珍しくない。

個人事業主の扱いで、ほとんどの選手が
1年ごとに契約を更新する。

長年の実績を積んだ選手でない限り、
その年その年の成績で次の年に
契約してもらえるかが決まる。

この本の主役である落合博満は、
選手として前人未到の
3度の三冠王に輝いた現役の実績も
さることながら、8年間で
監督としても結果を出した。

就任以来8年間の成績は、

優勝(2004年)
2位(2005年)
優勝(2006年)
2位(2007年)
3位(2008年)
2位(2009年)
優勝(2010年)
優勝(2011年)


一度も4位以下のBクラスを経験
していない。
そして最後の2年に関しては、
セ・リーグを連覇しているのだ。

2年連続の優勝という結果を
残しての契約終了。

これはただ契約が切れた
だけ。つまり
更新しなかったという
意味だけとは
とても思えなかった。

ルールを守って、
結果さえ出していればいい。
それがプロだ。

そして結果を出し続けることが
プロ野球の顧客であるファンへの
サービスであり、プロスポーツを
ビジネスたらしめるものである。

そう思っていた。
だがそうではない、生々しい実態が
この本で明らかになっている。

どんな世界でも組織で勝ち
生き残るために必要なこと

結果だけじゃないもの。
生き残るために左右するもの。

これは私のようなサラリーマン社会で
あくせく生きる人間にだけ必要な
ものだったと思っていた。

この本を読んで、あるエピソードと
とともにプロ野球もそれと無縁ではない。
そう思うようになった。

それは、処世術だ。

かつてヤクルトととして、名監督でも
あった野村克也が自分の教え子の
宮本慎也のことを
ある試合の解説で
このように言ったことがある。

「あいつに監督をやらせたい」


そしてそのあとで、こう続けた。

「(宮本は)唯一期待したんですけど、今は能力より処世術なんですよ。色々聞いてみると、処世術が下手なんですよ」

処世術とは、巧みな世渡りのスキル
指して使われることが多い。

調べてみると、処世術のスキルのある
人たちの共通点は以下のようなものが
挙げられるらしい。

一見すると、仕事の結果には
直結しないものばかりだ。

処世術のある人の条件例

①できないふりをする
②具体的にほめる
③常に笑顔でいること
(負のオーラを出さない)

私はサラリーマン社会で生きていて
上司や権力者にすり寄って、
おこぼれに預かろうとする。
そんな人たちをたくさん見てきた。

私が思い浮かべた彼ら彼女らは、
いずれも①〜③の
条件を満たしていた。

それに対し、落合博満、野村克也
宮本慎也の3氏は、プレーや采配スタイル
メディアの言動を見ていても
全く逆のイメージが私の中で
作用してくる。

処世術を発揮しない、
あえてしないのか。
できないのか。

それはわからない。

ただ2年連続優勝という
あれだけの結果を出しておきながら、
契約更新がされなかった背景の
キーワードとして「処世術」は
無縁ではないと私は見ている。

ただプロとして、勝つこと、
結果を出すこと。

そのために個をとことん発揮し、
周囲の軋轢を恐れず、孤独になった
男の背中から学ぶことはある。
必ずある。

では実際の本の記述から
見ていこう。

【引用その1】なぜ語らないのか

「なぜ、自分の考えを世間に説明しようとしないのですか?」

落合は少し質問の意味を考えるような表情をして、やがて小さく笑った。

「俺が何か言ったら、叩かれるんだり
まあ言わなくても同じだけどな。どっちにしても
叩かれるんなら、何も言わない方がいいだろ?」

落合は理解されることへの諦めを漂わせていた。
メディアにサービスをしない姿勢は世に知れ渡っていた。

私には活字として日々の紙面に載る「無言」の二文字が、落合の無機質なイメージを助長し、反感を生み、敵を増やしているように見えた。

指導者たるもの、リーダーたるもの。
自分の言葉で選手やコーチにその
考えを伝え、パフォーマンス
の一環で「名言」や「迷言」を
あえてメディアに放つ監督もいる。

言っても言わなくても叩かれる。
落合監督は、そう悟った、諦めていた。

自分の意見が正しい、これでいくべきだ。
そう確信していたとしても、周りの反対を
おしのけでも実行しなきゃいけない
場面は必ずやってくる。

そのときに、叩かれるのを覚悟の上で
コミュニケーションを
はかり、理解を求めてから実行するのか。

それとも、黙って淡々とじっと実行
するのか。

結果を出す。
これが前提なら、どちらも変わらない。
そして後者を選ぶ勇気はなかなか持てた
ものではない。

そしてプロ野球の監督に限らず、
組織の権力者、リーダーは「叩かれる」
つまり批判にさらされている
環境にあるといっていい。

プロ野球の場合は、メディアによって
あらわになるが、一般の会社社会でも
現場の長に対しての批判は渦巻いている。

見えない敵がいる
批判にさらされる勇気と覚悟。
それが結果を出すリーダーの
条件であることをまざまざと
見せつけられる。

【引用その2】非情に徹する理由

「監督っていうのはな、選手もスタッフもその家族も、全員が乗っている船を目指す港に到着させなけりゃならないんだ。誰か一人のために、その船を沈めるわけにはいかないんだ。そう言えば、わかるだろう?」

落合監督が世間から最も世間の
批判にさらされた采配がある。

野球の好きな方なら、記憶に新しい方も
多いだろう。

2007年、日本シリーズ第5戦。
落合監督率いる中日ドラゴンズは、3勝1敗で
53年ぶりの日本一をかけて試合に臨んでいた。

9回を迎えた時点で1対0。
中日の先発ピッチャーは、1人もランナー
を出さないパーフェクトピッチング。

9回も完璧に抑えれば、「日本シリーズ史上初の完全試合」という100年に一度の歴史的ゲームになるはずだった。

ちなみに完全試合は、
何万というゲームを繰り広げている
日本のプロ野球では、たった15試合しか
記録されていません。

歴史的大記録達成と53年ぶりの日本一。
その同時達成のドラマティックな
展開を予想する観客の期待の歓声が
どよめきに変わる瞬間がやってきた。

「ピッチャー、山井に代わりまして岩瀬」

場内中に落胆と驚きの声がこだまする。
結果的に岩瀬投手がゼロに抑え、
日本一になった。
その後
「落合采配の是非」が議論となる。

野球は確率のスポーツという。

・あの場は、わずか1点差であったこと。

・第5戦を逆転で落とせば、6戦、7戦を
 敵地で戦うという劣勢にあったこと。

・先発の山井投手は右手のマメが潰れ、
 ユニフォームに血がつくほどの状況だった
 こと。

あとは現場にしかいないとわからない
判断基準もあったと思われる。

落合監督は「岩瀬投手をマウンドに
送りだすほうが勝つ確率が高い」

そう判断したことになる。

ここからは、私の想像だ。
あのまま山井投手を送りだして、
逆転負けしていた
としても世間の批判にさらされる
ことはなかったはずだ。

完全試合に挑み、直前でつかみそこねた
勝利。それだけで十分観客にとっては
ドラマティックだから。

しかしその判断は監督にはなかった。
チームの勝利のために、極めて合理的な
判断をする。

それがいかに非情に見えるものだとしても、
勝つ確率、一番結果を出す確率が
高い判断をする


それがプロだと落合監督は教えてくれている。

【引用その3】勝つための実力主義

「不公平じゃないか。若いってだけで使ってもらえるのか?今、うちにファームで三割打っている奴がいるか?ベテランにだって生活権はあるんだぜ」


リーダーとしての結果は常に求められる。
それも、長期的な視点と短期的な視点の両方で。

プロ野球の監督で言えば、
より経験も実力も備えたベテランを使うのか。

チームの長期的な視点で、
経験のない、ポテンシャルのある
若手を使うのか。

ここでもプロフェッショナルを貫く
落合監督はブレない。

いまあるチームの資源の中で一番勝利の
可能性の高い選択肢を迷うことなく、
選び実行する

そこには、ひたすら勝利が求められる
プロの世界の残酷さとそれを貫く
覚悟を表す言葉である。

【引用その4】嫌われたっていいさ

「別に嫌われたっていいさ」

「俺が本当に評価されるのは……俺が死んで
からなんだろうな」
落合はどの序列にも属することなく、
個であり続けた。

落合というフィルターを通して見ると、
世界は劇的にその色を変えていった。
この世にはあらかじめ決められた正義も悪もなかった。列に並んだ先には何もなく、自らの喪失を賭けた戦いは一人一人の眼前にあった。

孤独になること、そのために戦い続けること、それが生きることであるように思えた。

ひたすらプロフェッショナルを
貫き、結果を出し続けることで
「嫌われた」

そんな評価なのかもしれない。

ただ結果を出す。
勝つこと。

本来であれば、この最重要の評価の物差しで
自身の存在価値を出したプロ野球の監督は
いない。

それが今までの予定調和や政治や既存の価値観に基づいたストーリーに乗っかることなく、
自身の信念と個を貫く

真似できない。
そう言ってしまえば、それまでだ。
ただ、なぜ「嫌われる」という
代償を知ってか知らずのうちに
ここまで自分を貫いたのか。

これを問いかけるだけでも、
我々凡人に多くの気づきをもたらしてくれる。

本日のリーディング・ハイ


「嫌われたっていいさ」
そううそぶいて、会社をサボれたら。
目の前の仕事を投げだすことができたら。

そんなことを覚える瞬間を経験したサラリーマン
は私だけではないだろう。

真似できなくていい。
こんな生き様もあることを知るだけで
我々が勇気づけられることもあるのでは
ないか。

もう一度言おう。

「嫌われたっていいさ」


そんな風に、うそぶく勇気と覚悟が我々に
あるだろうか。
持てるだろうか。

最後にお知らせ

今回のリーディング・ハイは
いかがだったでしょうか。

少しでも参考になった方は、
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またリーディング・ハイで
取り上げた本は、

毎週日曜日の
朝7時~ビジョナリー読書クラブにて
発表しています。

「ビジョナリー読書会」とは、
本というツールを使った
コミュニケーションを通じて思考を深め、
視野を広め視座を変え、
気づきから行動に繋げるための読書会
のこと。

私は、読書のアウトプットの場として、
活用させて頂いています。
本を読みっぱなしにしている方は、
ぜひ一度ご参加ください。
お待ちしております。

今回は5,000字近くに及ぶ、リーディング・ハイ
をお届けしました。
少しでも皆様の成長につながるヒントや
気づきがありましたら、幸いです。

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