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緑茶ハイより愛せないものは通り過ぎろ

「ホーリーさん、お久しぶりです。
聞いてくださいよー」

私が店に入るなり、
彼は緑茶ハイのグラスを
片手に近づいてきた。

そんな光景を目にし、
マスターも苦笑いで
私におしぼりを差し出した。

今日は所用が早く終わり、
カウンターだけの立ち飲み屋にやってきた。
7人入れば満席の小さな店である。

半年以上前に引っ越しをしてからは、
まったく来られなくなっていた。
久しぶりに夕方から、
こっそりホッピーが飲める
喜びを私は噛み締めていた。

彼は仮にK君としておこう。
悩める30歳である。
常連として通っていたときから、
カウンターで隣合わせに
なることが多く、
よく身の上話を聞いていた。

話のテーマは
職場の上司の関係、
恋人との関係、
今後のキャリアについてなどだ。

こういうときは経験上、
アドバイス(意見)を求めて来る
パターンと
ただひたすら話を聞いてほしい
パターンと
2つに分かれる。

K君は後者のようだった。
自分は産業カウンセラーの資格を
持っていることもあり、
人の話に耳を傾けるのは
大好きなので、時折あいづちを
打ってきいている。

いつものとおり、
上司の無茶振りエピソードにいかに
苦しめられているかを雄弁に語りだした。

私の脳の中は、彼が主人公の
ドラマの再オンエアー。
以前より上司の無茶振りの
レベルがやや誇張されているのは、
濃いめの緑茶ハイの仕業だろう。

お酒の場だし、
この時間をどのように使うかは自由だ。
しかしながら、同じような
苦しいエピソードを毎回引っ張り出して
きて、その記憶でお酒を飲む彼が
少しかわいそうにも見えてきた。

そしてその苦しみは怒りとも
呼べるもので、K君が自分で
自分の首をしめているようにも
私にはうつった。

理不尽な指示をする
上司は変えられない。
きっと彼はそのことに
十分すぎるほど気がついている。

でもお酒をまるで銃の
引き金のようにして、ネガティブな
記憶を想起しダメージを負う。
そんなのみ方は少しいたたまれない。

反応しないことが最高の勝利である

上司のことが好きか嫌いか。
あの人はどんなタイプか。
いちいち判断しているから、
苦しむのではないか。

そんなことをある本から学んだ。
反応しない練習
(KADOKAWA、草薙龍瞬著)
という本である。
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意思疎通を図るうえでも
相手の反応が気になる。
こんな発言をしたら、
嫌われてしまうのではないか。

このように、
「あーでもない、こーでもない」と迷って
考えを巡らすことにエネルギーを
費やすべきではない

知ることができたのだ。

「反応しないことが勝利である」と。

人は人。自分は自分。
明確な線を引くこと。

上司に対してネガティブな感情を抱くことを
判断しているのは、他ならぬK君である。

過去の記憶を引っ張りだすことは
決して悪いことじゃない。

K君も30年も生きてきたんだから、
いい思い出もたくさんあるだろう。
過去が背中を押して、新しい一歩を
踏み出すこともできるだろう。

その記憶をどのように捉えて、
自分自身のエネルギーに
変えていくかは自分自身で
決めていくことができる
のだ。

それに気づけないと、
いつまで経ってもウジウジする
情けない姿になってしまう。
特に男性はそんな気がする。

もちろん生きていれば、
つらい出来事も
どうしても相性が合わない人も
出てくるだろう。

職場で毎日嫌いな上司と顔を
合わせなければならず、
人間関係の袋小路に迷い込んでいる
人もいるだろう。

その時に
「世間にはこんな人がいるけれども、
自分はこうして生きていこう、
このやりかたでいこう」
きっちり線引きをする

そう思えたら、驚くほど楽になる。

愛せないものは通り過ぎていい


相手の反応は、
自分には決められない。
相手に委ねる。

K君の話に戻ろう。
「自分はもうこの仕事には向いてないっす」
緑茶ハイのグラスはもう氷だけになっていた。

ただ話を聞くだけなら、
今日はそれでよかった。

でも上司との人間関係という一点で、
「無駄な判断」を
しようとしているような気がした。

何か余計なお世話を焼きたくなった。
自分もこんな年齢になったのか。
いまから本のエッセンスを話しても、
緑茶ハイのアルコールの
せいで彼の耳には
もう届かないだろう。

電話がかかってきたふりをして、
マスターに一言伝えて店を出た。
向かったのは駅前の本屋である。

もちろん「反応しない練習」を
買うためである。

一応カバーをかけてもらった。
店に戻ると、まだK君はまた緑茶ハイ
を流しこんでいた。

こっそり彼のかばんの大きめの
ポケットに本を入れておいた。

私にできるのはここまでだ。

人に本を勧めるのは好きじゃない。
人によって出会うべき本の
タイミングがあるし、
その人の興味のレベルにもよるだろう。

だが勝手ながら、
この人と本を引き合わせたいという
強烈な情熱が湧いてくることがある。

そんな時は、余計なお世話ながら、
その本をプレゼントすることにしている。

もちろん読むかはその人の自由だ。
勝手にやっているわけだから、
そのあと読まずにこっそり
メルカリに出品していても
なんとも思わない。

彼が本を見つけ、ページをめくるのか。
読み進めた結果、何を思うのか。
上司に対する行動を含め、
変わっていくのか。
それは本人が決めること。

相手の反応は相手に委ねるしかない。

でも私はやっぱり修行が
足りないから、ちょっぴり期待してしまう。

次にK君と緑茶ハイを傾けるとき。
新しいK君が主人公のドラマが
聞けたらいいなと思ってしまう自分がいる。

マスターの苦笑いとともに。




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