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じいちゃんは僕を英雄にしたかったのか

子供用の自転車のペダル。
30年以上たった今でも街でみかけると、
あとずさりしてしまう。

5歳までは、ほとんど母方の
祖父母のもとで育った。
生まれた直後に、父が飲食店を
開業し、母とともに朝から晩まで
働きづめだった。
当時の両親との記憶はあまりない。

祖父母が精一杯の愛情を注いでくれた
おかげで、寂しさはさほど感じなかった。

ただ補助輪なしの
自転車のペダルにはじめて
足を踏み入れた記憶。

その日、はじめて
失敗と孤独を覚えた。

なんどやっても転んでしまう。
ひざからうったり、頭からうったり。
とにかくいたい、いたい、
いたくてたまらない。

今はアスファルトの駐車場になって
しまったが、当時そこは遊具も
ほとんどなかった。

だだっ広い野原が広がる公園だった。

ひざは擦りむいて傷から血は出ていたし、
おかっぱの髪の毛は土がべっとり。

かなり離れたベンチで、
祖父は「ほら、もう一度やってごらん」
としか言わない。

そのときの目は真剣だった。
見たことのない表情。
いつものように、甘える雰囲気じゃない。

その前に、隣町の商店街で迷子になった
自分を見つけたときは、泣きながら
駆け寄ってきたのに。

ひたすらペダルを踏み、転ぶ。
この繰り返し。
それを見守る祖父。
そこから日が暮れる夕方までの
時間は、5歳の子どもにとって
あまりにも長かった。

その時間の本当の意味に
ちゃんと気づいたのは、
大人になってからだ。
ある本の以下のフレーズに
出会ったからだ。

そのまま一部を引用する。

日本人が「失敗」と呼ぶ事象のほとんどは、
「人生をドラマティックにしてくれる、神様の演出」なのである。
同じ事象を「失敗」と呼ぶのと、
「やっとドラマが始まった」と思うのでは、
天と地ほども違う。

本のタイトルは「英雄の書」(ポプラ社)。
著者はAIと脳科学の専門家の
黒川伊保子氏である。

この本との出会いは突然だった。

5年以上前のこと。
真夏のうだるような暑さの日。
飛び込み営業で汗だくになりながら、
たまたま飛び込んだ都心の大型書店。
汗ばんだ手で、
新書コーナーにあったその本を
導かれるように手に取った。

そのときまで、すぐ隣で小さな男の子が
グズって母親にむかって大泣き
して周囲を困らせていた。
僕だけすぐにその泣き声は
聞こえなくなった。

胸ポケットのスマホの取引先からの
着信に気づくまで、
ページをめくり続けた。

半分以上、読み進めていた。
この本に出会った偶然に心の底から
驚いていた。

僕は晴れやかな顔で、
表紙が手汗で湿った本を持って、
レジに向かって歩き始めた。

・失敗は失敗とし、ネガティブな
 レッテルを貼り続けて、ひきずっている人。

・周囲の無言の同調圧力に屈して、
 新しいことを言い出せない人。

・SNSの投稿になんとなく「いいね」を
 押し続けて、安心している人。

これらは、すべてかつての自分である。
当時の日常の違和感をこの1冊が
すべて洗い流してくれた。

全ての失敗の意味づけが、一瞬で変わった。

それは過去の失敗も、これから
何度も引き起こすことになるであろう
未来の失敗さえも。

当時は、30歳を過ぎて、
創業50年以上の小さな商社に勤めていた。
同じように飛び込み営業を繰り返し、
毎月のノルマの実績を積み重ねるだけ。
飛び込み営業だから怒鳴られることも珍しくない。
結果は出ても納得はできなかった。

「このままでいいのか」という漠然とした
キャリアの悩みを抱えていた。

チャレンジしたいこともぼんやり見えていた。
行動を起こすことができなかった。
その理由はこの本が教えてくれた。


失敗は失敗じゃないと理解すること。

気がつくと、履歴書を書きはじめ、
すぐさまエージェントに登録。
希望の業界、職種に転職した。
自分でも驚くほどのスピード感覚で。


この決断を後押ししたのは、
何十万円もする情報商材でもなく、
仲の良い友人の一言でもなく、
大人気ビジネスYouTuberの動画でもなく。

たった千円で買った一冊の本だった。


何度採用面接で落ちたって、なぜか
未来はくっきり見えていたんだ。
それは英雄の書があったから。

想定外のことも、いきなり
突拍子もない挑戦を言い出した
自分への周囲の冷ややかな視線も含めて、
全部振り払ってしまうほどの威力。

減点方式で進んでいくことが多いと
思い知らされていた
サラリーマンの世界の中で
圧倒的な上質で異質になるための孤高を選び、突き進む力。

何とかなるし、前に進める。

読み進めるほど、
これ以上ない心地よく前を向いて
いられる感覚があった。


これだから、本屋通いと
読書は絶対にやめられない。

そしてもうひとつ、
30年のときを超えて、ある教えを
この本は僕にもたらした。

あの日。
何度ペダルから、
足を踏み外し転んだかわからない。
祖父はベンチで険しい顔で見つめたまま、
動かない。
優しかった記憶がいっぱいに
溢れているのに、あの厳しさだけ
分断されていた。

やっと気づいた。
祖父に伝えたい。
失敗することの意味、
大切さを教えようとしたんだと。


じいちゃんのドラマティックな
演出だったと思えてきた。

だから泣きじゃくる当時の
僕に公園を出る最後まで、
手を差し伸べなかった。
孫の成長を信じて。

やっと分かった。
失敗をおそれず、
果敢にチャンレンジしてこうと決めた。
「英雄の書」と30年前の祖父、いや、
じいちゃんが教えてくれた。


英雄と呼ばれるまでは程遠いけれど、
僕は前に進んでいくと決めた。


周囲の目線ばかり気にして、
とことん合わせる
その他大勢にはなりたくないあなたへ
英雄の書はメッセージ
を強烈に問いかける。

読む人によっては、
強烈な劇薬になりうると断言できる。
ここに人生が変わってしまった
張本人がいるから。

出会わなかったら、
昔の会社で「このままでいいのか」
と無味乾燥な自問自答を
繰りかえすだけの日々
を過ごしていただろう。


だから覚悟のできる人だけ
この本を手にとってほしい。

これからも大きな日々の挑戦の中で、
すでに表紙がボロボロになったこの本を
何度もめくり続ける。


そういえば、名古屋出張ではじめて
大きなプレゼンを任せられたときも、
この本をバッグに忍ばせていたな。

そしてこれからも、この本は、
本棚で一番目立つ場所に置いておくだろう。

じいちゃんの教えとともに。



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