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北海道釣りミステリー『アメマスはどこへ消えた?』

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釣りの小説をいつか書こうと思っていた。それから数十年が過ぎたある日のこと、芥川賞作家F先生とその敏腕マネージャー氏とそーめんを食べていたときだ。釣りに行くと必ず水死体を釣ってしま… もっと読む
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北海道釣りミステリー『アメ釣りだから鱒テリーでも勉強しよう』アメマスはどこへ消えた? 犯人は地球温暖化⁉ フライフィッシャー・栗尾根天士の事件簿【1尾目】【2尾目】

北海道釣りミステリー『アメ釣りだから鱒テリーでも勉強しよう』アメマスはどこへ消えた? 犯人は地球温暖化⁉ フライフィッシャー・栗尾根天士の事件簿【1尾目】【2尾目】

【1】

 夏の終わりに暴れ狂った台風は、日本列島から二十余名の魂を吸い上げ、裁判にかけられることもなく、留置場にも入れられず、名残惜しげに網走港の小型漁船を数隻沈めてオホーツク海へ高飛びした。
 道東の道路と鉄道は、ズタズタに断ち切られ、復旧のめどの立たない区間がいくつも残されていた。
 十勝では橋が落ち、走行中の車が流された。
 二名の行方不明者は、十月に入ってもまだ見つかっていない。

 秋

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『アメ釣りだから鱒テリーでも勉強しよう』フライフィッシャー・栗尾根天士の事件簿【3尾目】【4尾目】

『アメ釣りだから鱒テリーでも勉強しよう』フライフィッシャー・栗尾根天士の事件簿【3尾目】【4尾目】

【3】

 次に川から引き揚げられたものによって、栗尾根の疑念は確信へと変わった。
 警官が川底に沈んでいた胴長靴を持ってきたのだが、それはソックスタイプのものだった。
 これだけでは肩から吊るす防水のストッキングにすぎない。
「ほら、わたしのウェーダーはブーツの部分と胴体部分が一体になっています。警察のみなさんも同じタイプですね。でも、これはセパレートタイプ。別売りのシューズとセットでなければ使

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『アメ釣りだから鱒テリーでも勉強しよう』フライフィッシャー・栗尾根天士の事件簿【5尾目】【6尾目】【7尾目】

『アメ釣りだから鱒テリーでも勉強しよう』フライフィッシャー・栗尾根天士の事件簿【5尾目】【6尾目】【7尾目】

【5】

 ジムニーのドアを開けると、地獄の匂いがした。
 栗尾根は、道東の闇を二時間ドライブして川湯温泉に到着した。
 この春、道東自動車道が阿寒まで開通してくれたおかげで約一時間のショートカットが可能となった。
 廃業したホテルが目立つ寂れた温泉街だ。
 街を横切るように硫黄臭い熱湯の川が流れている。
 大横綱・大鵬幸喜の銅像と記念館がある。目につくのはそれくらいか。
 外観が新しくなっている

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『アメ釣りだから鱒テリーでも勉強しよう』フライフィッシャー・栗尾根天士の事件簿【8尾目】【9尾目】

『アメ釣りだから鱒テリーでも勉強しよう』フライフィッシャー・栗尾根天士の事件簿【8尾目】【9尾目】

【8】

 赤く色づいたミズナラの樹影が、鏡のように静まった湖面を同じ色に染めていた。
 紅葉の先から、ポトッと小さなものが落ちた。
 ちょうどコーヒー豆くらいの大きさ。
 水面に短い足を広げ、漂流する落葉へたどりつこうともがいているのは、黒地に赤い星が二つのナミテントウだ。

 もじもじと水の上を這っていた虫が、ジャバっと激しい飛沫に飲み込まれ湖面から消えた。
 栗尾根はフライボックスを開いた。

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『アメ釣りだから鱒テリーでも勉強しよう』フライフィッシャー・栗尾根天士の事件簿【10尾目】【11尾目】【12尾目】

『アメ釣りだから鱒テリーでも勉強しよう』フライフィッシャー・栗尾根天士の事件簿【10尾目】【11尾目】【12尾目】

【10】

 おい。
 声に気づいて目を開くと、栗尾根の鼻先まで熊が大口を開けて迫っていた。
 栗尾根はハンモックの上で、思わずのけ反った。
 和尚が熊の毛皮を抱えて、栗尾根を見下ろしていた。
 外の物干しに干してあった熊の毛皮だ。
 クリーニングとブラッシングを経て、毛鉤の素材として店頭に並ぶ手前まで処理が進んでいた。
「人の寝床で何をしている?」
「すいません。気持ちがよくて、つい居眠りを……

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『アメ釣りだから鱒テリーでも勉強しよう』フライフィッシャー・栗尾根天士の事件簿【13尾目】【14尾目】【15尾目】【16尾目】

『アメ釣りだから鱒テリーでも勉強しよう』フライフィッシャー・栗尾根天士の事件簿【13尾目】【14尾目】【15尾目】【16尾目】

【13】

 電話が鳴っている。
 栗尾根が目を覚ますと、真っ暗な部屋の中、スマホが胸の上で煌々とともっていた。
「あ、クリオネ~。いるなら早く出ろよ。あんたさ、葬式来なかったでしょう? 濱口さんの」
「うん。行かなかった」
「大変だったよ。警官が二十人も来て厳戒態勢。どこの組の親分が死んだのかって思ったよ。一般参列は三人だけ。あたしと姉と支配人の和田さん。でもさ、遺族が誰もいないってどうなってん

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『アメ釣りだから鱒テリーでも勉強しよう』フライフィッシャー・栗尾根天士の事件簿【17尾目】【18尾目】

『アメ釣りだから鱒テリーでも勉強しよう』フライフィッシャー・栗尾根天士の事件簿【17尾目】【18尾目】

【17】

「元プロレスラー⁉」山平巡査部長が言った。
「あの保安官が、ですか?」
「超マイナーなインディーズ団体の、ですが。昔の試合がネットに上がっていますよ」栗尾根は言った。
「見ないほうがいいかも。くそつまんないんですよ」
「どうりで大きいわけだ」山平は感心しきりだった。
「只者ではないとは思っていましたが、まさかプロレス出身とはなあ」
 プロレス年鑑によると、三崎浦蓮一郎のレスラー時代のリ

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『アメ釣りだから鱒テリーでも勉強しよう』フライフィッシャー・栗尾根天士の事件簿【19尾目】【20尾目】【21尾目】

『アメ釣りだから鱒テリーでも勉強しよう』フライフィッシャー・栗尾根天士の事件簿【19尾目】【20尾目】【21尾目】

【19】

 北海道保安局網走北見紋別地区保安官事務所は、入学生減少による統廃合で空き家となった私立高校の一室にあった。
 校舎にはほかに、市内の各種団体、スポーツジム、絵画教室、貸会議室などが入っている。歩いて数分のところには、網走市役所、網走警察署もあった。
 歴史のある古い校舎だが、栗尾根は丘の上の公立高校の出身なので、特に感慨はなかった。
 栗尾根のオフィスは、元は高校の校長室だったという

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