青沼静哉

1965年札幌生まれ、帯広と網走育ち。故郷はどこかと聞かれたら住んだ街よりも「道東の川…

青沼静哉

1965年札幌生まれ、帯広と網走育ち。故郷はどこかと聞かれたら住んだ街よりも「道東の川と湖」。小説『ほか♨いど』で第23回早稲田文学新人賞受賞(選考委員は東浩紀さん)https://twitter.com/hokaid

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  • 読書日記2011年2月~2011年4月

    普段、日記をつける習慣も、読んだ本の感想をメモすることも皆無の自分だが、真面目に読書日記をつけていた時期がある。それは大手出版社の文芸誌から頂いた仕事であった。原稿料がとても良かったのだが、それ以上に連載中に東日本大震災が起きて、自分にとっては当時の貴重な記録になっている。

  • ライトノベル『暗黒太陽伝 ブラック・ドット・ダイアリー』

    投稿サイト「カクヨム」からの転載だが、元は同人誌『ブラック・パスト2』(2012年刊)掲載のある企画(詳細はカクヨム/沼崎ヌマヲ【近況ノート】あとがき「暗黒太陽伝ブラック・ドット・ダイアリー」について を参照)のために書いた短いストーリーを、ライトノベルに改稿したものだ。しかし、これまでに読んだライトノベルといえば『涼宮ハルヒの憂鬱』ただ一作のみ。ちゃんとライトなノベルに仕上がっているかどうかは怪しいところ。 本作品に限らず、noteに発表したどの文章にも言えることだが、私の発想の源には常に経済人類学者・栗本慎一郎がいる。今や話題にもならず、学界からも無視され、存在自体も消えかけているが、やがて世界はこの人とその学説を見直すことになるだろう、いや、彼の思想を発展継承しない限り人類の未来は来ない、と私は信じている。

  • 北海道釣りミステリー『アメマスはどこへ消えた?』

    釣りの小説をいつか書こうと思っていた。それから数十年が過ぎたある日のこと、芥川賞作家F先生とその敏腕マネージャー氏とそーめんを食べていたときだ。釣りに行くと必ず水死体を釣ってしまう探偵なんて面白いかも。それをぜひ書きなさい、という話になった。ミステリーなど書いたことはなかったが、F先生とマネージャー氏の熱血ご指導のもと、この小説は生まれた。最初、タイトルは自分で考えた『風来坊の毛鉤箱(フライボックス)』だったが、もっとわかりやすくというマネージャー氏の意見で『アメマスはどこへ消えた?』に。いくつかのミステリー系のコンテストに応募してみたが、例によって1次選考も通らず、お二人には面目次第もない。現在のタイトル『アメ釣りだから鱒テリー……』は植草甚一の名著『雨降りだからミステリーでも勉強しよう』から頂戴した。今のところ自分ではこれがベストだと思うが、タイトルには中身とはまた違った難しさもある。

  • 長編小説『モルトモルテ』

    新人賞受賞後1作目、初の長編小説だったが、ひたすら難航した。というのも、プロットを練っている最中にある重大な出来事が起きてしまったからだ。東日本大震災である。地震。津波。原発事故。とても冷静ではいられない。私自身は道産子だが、父も母も宮城県から北海道へ渡った一族の出である。行方不明者の中には私と同じ姓の人も数名いた。祖先は同じかもしれない。そんな中で書き始めた長編は何もかも詰め込んだとても歪な物体に育ってしまった。だがこれこそが文学だと思うし、これ以上のものは書けそうもない。タイトルは、あるピアニストの演奏会「Molto Rubato」(イタリア語で「もっと、自由に」)から頂戴した。 Molto Morte もっと、死ぬ。 執筆の過程を当時の担当編集者が詳しく書いてくれている。https://wasebun.hatenadiary.org/entry/20130910/1378810184

  • 小説『ほか♨いど』

    2010年 第23回早稲田文学新人賞 受賞作 この賞に応募したのは選考委員である哲学者・東浩紀氏が「応募してきた作品すべてを一人で読んで一人で選ぶ」という新人賞としては異例のコンセプトに魅かれたからだ。自慢じゃないが、それまで「1次選考」を突破したことがなかった。実は1次選考を通るのが一番難しい。そんな馬鹿なと思うなかれ。通らない者にとってはそれが真実だ。東氏は一人で全作読むという。この賞には下読み(1次選考担当)がいない。私にとっては千載一遇のチャンスだった。畑違いの純文学の賞であることは関係なかった。要は日本最高の頭脳と呼ばれる哲学者をうならせる小説を書けばいいのだ。最後は最終候補4作による決勝戦(改稿後に再選考)という、これまた前例のない展開となったが運もあって私が勝った。小説が未来に残るかどうかは怪しくとも、日本文学史に残りかねない激闘である。つまりそこまでが「作品」だったのだ。

最近の記事

読書日記 2011年4月

読書日録 2011年4月号 (月刊『すばる』2011年6月号掲載)  父方の祖父は宮城県の出身で、東京で学んだ後、昭和の初期に親類を頼って北海道へ渡った。  私が物心ついたころにはすでに隠居の身だったが、囲碁も将棋も滅法強く、詩吟は師範の腕前、渓流釣りの名人で、園芸の知識も豊富、ばんえい競馬など賭け事も大いに愉しんだ。  平成七年に九十二歳の天寿を全うしたが、遺品の中から宝籤の外れ券が数千枚も見つかり家族を驚かせた。  思う存分、趣味に生きた人のように見えた。が、昔は堅い銀

    • 読書日記 2011年3月

      読書日録2011年3月  (月刊『すばる』2011年5月号掲載)  テーブルの上の植木鉢を押さえているのが精一杯だった。         激しい横揺れが三分以上は続いたような気がする。  揺れが静まり、壁や天井を見上げ、ひび割れが起きていないことを確認。  一まず安堵し椅子に腰かけたが、あっと思い振り向くと隣の部屋の本箱が崩れて書籍が床一面に投げ出されている。  三月十一日午後二時四十六分、東北関東大震災が発生。  時折、東京を揺らす大きな余震にビクつきながら、メディアが次

      • 読書日記 2011年2月

        読書日録2011年2月  (月刊『すばる』2011年4月号掲載)  父は本を読むのが私の四倍速い。  正月に帰省した際、ソファーの端と端に座り、よーいどん!で読み始めて確かめたので間違いない。  以前から速いとは思っていたが、目の前でページをひらひらめくりパタッと閉じて次の本へ手を伸ばされると唖然としてしまう。  本当に内容までわかっているのだろうかと疑って訊いてみると、この本のどこがどう面白いか理路整然と話し始める。   速読術などは用いていないが、ページを見ると重要な

        • 暗黒太陽伝 ブラック・ドット・ダイアリー(17)最終話

          Black Dot Diary Paperback Documents(ブラック・ドット・ダイアリー・ペーパーバック文書) BDDPD 二●二四年六月三日(月)  今朝、校庭で全校集会があった。  加賀見台中学に教育実習生がやって来たのだ。  今年は三名。  男が一人に、女が二人。  別に珍しいことではない。  今の時代、教師は人気の商売ではないが教員免許は持っていて損はない。  教頭がそれぞれの経歴を披露。  三人の自己紹介。  ぼくはそのうちの一人に目をつけた。  蔵森

        読書日記 2011年4月

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        • 読書日記2011年2月~2011年4月
          3本
        • ライトノベル『暗黒太陽伝 ブラック・ドット・ダイアリー』
          14本
        • 北海道釣りミステリー『アメマスはどこへ消えた?』
          8本
        • 長編小説『モルトモルテ』
          11本
        • 小説『ほか♨いど』
          4本
        • エッセイ「見えない広告が見えた!」シリーズ
          8本

        記事

          暗黒太陽伝 ブラック・ドット・ダイアリー(15)(16)

          第15話 ただ英国のためでなく……  マクスウェルの話を、菅原が和訳してくれたところによると────。  加賀見台中学校が建っている土地は元々は「鏡台」と呼ばれる小さな丘になっていた。  そこは古代、祭祀が行われていた聖なる場所で、土地造成時に青銅器の鏡も出土している。  丘の頂点はちょうど2ーCの教室があった場所で、そこは日本列島を横断するレイラインの重要なポイントだったという。  国際レイライン協会は英国連邦を通して、日本政府に2ーCの教室の使用権を申し入れ、認可され

          暗黒太陽伝 ブラック・ドット・ダイアリー(15)(16)

          暗黒太陽伝 ブラック・ドット・ダイアリー(12)(13)(14)

          第12話 奇書『BDD』の謎  ツキモト先輩から借りた、黒い小冊子。  BDD────。  読む前と読んだあとで、世界が違って見えるとか、そういうことにはならなかった。  ここに書かれているようなオカルト的な現象が実際にあるのかないのか、今さら問うても仕方がない。  人類が何千年も考えて答えが出ていない問題に挑むほど、ぼくも暇じゃない。  ただ、無視していいものではないことも理解している。  古代の神話も民話も、現代の映画も小説も、昨日アップロードロードされたYouTube

          暗黒太陽伝 ブラック・ドット・ダイアリー(12)(13)(14)

          暗黒太陽伝 ブラック・ドット・ダイアリー(11)

          第11話 赫奕たる東端 ブラック・ドット・ダイアリー BDD 二●一三年六月二十二日(土)  赫奕たる東端  (光り輝く、東の端) ポイント●  加賀見台中学、2年C組────。  午前二時。  真夜中にも関わらず、2ーCでは赤神晴海に召集された生徒たちが、彼女の駒として働かされていた。  生徒の親たちには、新しく始まった「宿泊研修授業」のモデルクラスに2ーCが選ばれたことになっている。  もはやこの学級は治外法権。暗黒女王の王国に、教師はおろか教育委員会も日教組も、こ

          暗黒太陽伝 ブラック・ドット・ダイアリー(11)

          暗黒太陽伝 ブラック・ドット・ダイアリー(10)

          第10話 日の本のレイライン ブラック・ドット・ダイアリー BDD 二●一三年六月二十一日(金)  日の本のレイライン────→ ポイント① 鹿島神宮(茨城県鹿嶋市) ポイント● 二年C組(加賀見台中学校) ポイント② 皇居正門前 ポイント③ 明治神宮(東京都渋谷区) ポイント④ 富士山頂 ポイント⑤ 豊川稲荷(愛知県豊川市) ポイント⑥ 伊勢神宮(三重県伊勢市) ポイント⑦ 室戸岬(高知県室戸市) ポイント⑧ 四万十川河口(高知県四万十市) ポイント⑨ 霧島神宮(鹿児

          暗黒太陽伝 ブラック・ドット・ダイアリー(10)

          暗黒太陽伝 ブラック・ドット・ダイアリー(9)

          第9話 エリカエデ カエデリカ ブラック・ドット・ダイアリー BDD 二●一三年六月二十日(木)  計画は秘密裏に進められた。  赤神晴海の黒点呪術を突き破るには、出来るだけ長い〝光の矢〟が必要となる。  マクスウェル卿は協会の会員に呼びかけ、日本列島の要所要所に180名以上を配置する強力な布陣を敷いた。  山開き前の富士山頂や伊勢神宮、皇居前広場といった重要ポイントだけではなく、家の屋根や雑居ビルの屋上、小さな神社の境内の木に登って受け止めた光を次の中継地点へ飛ばしてい

          暗黒太陽伝 ブラック・ドット・ダイアリー(9)

          暗黒太陽伝 ブラック・ドット・ダイアリー(8)

          第8話 ALTM(アシスタント・ランゲージ・ティーチャー・マクスウェル) ブラック・ドット・ダイアリー BDD 二●一三年六月十八日(火)  国際レイライン協会────。  本部は英国スコットランド・エジンバラ。  世界六十五カ国に約12万人の会員を持つNGO団体で、設立の趣意は「古代人の知恵を用いて現代の諸問題を解決する」ことだという。  また日本は英国と並ぶレイライン大国であり、神道、山岳仏教の伝統とも重なって日本支部は会員数も資金力も英国本部をしのぐ規模を誇っている

          暗黒太陽伝 ブラック・ドット・ダイアリー(8)

          暗黒太陽伝 ブラック・ドット・ダイアリー(7)

          第7話 黒点と光線 ブラック・ドット・ダイアリー BDD 二●一三年六月三日(月)  フランス革命(1789)  明治維新(1868)  日露戦争(1904)  ロシア革命(1917)  世界大恐慌(1929)  二・二六事件(1936)  キング牧師暗殺(1968)  イラン革命(1979)  バブル崩壊(1991)  世界史の年表に載っている、誰でも知っているこれらに、共通するものとは何だろうか?  それはこれらの歴史的事件が、11年周期の太陽黒点極大期に起きている

          暗黒太陽伝 ブラック・ドット・ダイアリー(7)

          暗黒太陽伝 ブラック・ドット・ダイアリー(6)

          第6話 黒い夕陽 長い夜 ブラック・ドット・ダイアリーBDD 二●一二年十二月二十一日(金)  2ーCがまだ1ーCだったときのこと。  赤神晴海は、夏休みが終わり秋の声が聞こえた頃、忽然とクラスに現れた。  転校生ではなかった。  春から出席名簿のトップに記載されていたが、長期欠席していた謎の生徒だった。   欠席の理由も、家庭の事情と記憶している者もあれば、病気療養中という者もいて、クラス担任の川田教諭からして「あれ? えーと、どっちだったかな?」と首を傾げるほど曖昧に

          暗黒太陽伝 ブラック・ドット・ダイアリー(6)

          暗黒太陽伝 ブラック・ドット・ダイアリー(5)

          第5話 菅原楓の一日 ブラック・ドット・ダイアリー BDD 二●一三年五月二十九日(水)  菅原楓の一日  区立加賀見台中学────。  二年C組の朝は席替えから始まる。  楓は昨日まで座っていた窓側の席を離れ、通称「奴隷席」へ移動した。  今日の「お世話係」は女子が二名、男子も二名。  楓に係が回ってきたのは十日ぶりだった。  教室の中央に一つ机がある。  それを中心に正五角形を描くように五つの机が置かれている。  他の机は教室の隅に大きく円を描くように置かれ、奴隷

          暗黒太陽伝 ブラック・ドット・ダイアリー(5)

          暗黒太陽伝 ブラック・ドット・ダイアリー(4)

          第4話 黒いダイアリー 「この世に、不変、不動の事実=真実などない」  古代ギリシャの哲学者ヘラクレイトスの「万物は流転する」と少し似ているが、これがぼくの哲学だった。  真実を求めながら、真実はない、というのは矛盾しているが、そこに人間という要素がある限り「真実」はないのだ。  もし真実を語るやつがいたら詐欺師か宗教家なので、そう思ってつき合えばいい。  真実はないが人間の数だけ事実がある。  事実と事実を無限に突き合せてもいっても出てくるのは事実だけ。  それが真実なき

          暗黒太陽伝 ブラック・ドット・ダイアリー(4)

          暗黒太陽伝 ブラック・ドット・ダイアリー(3)

          第3話 ザ・フェイク  職員室での一件を機に、ぼくが学校のヒーローになったかといえば、そんなことには全然ならなかった。  むしろ、逆だ。  ぼくは以前にもまして校内で距離を置かれる存在になってしまった。  あのタカハシでさえ、ぼくを遠巻きにする始末だった。  いつの時代も真実を追求する者は孤独なのだと、ぼくは身をもって知ることになった。  教師たちは教師たちで立場上ぼくを無視するわけにもいかず、変に意識しているせいか、とても見ていられなかった。  教師たちは授業

          暗黒太陽伝 ブラック・ドット・ダイアリー(3)

          暗黒太陽伝 ブラック・ドット・ダイアリー(2)

          第2話 アンケート  そこからのぼくの動きは、早かった。  帰宅すると、すぐに家のパソコンで「加賀見台中事件」を検索してみた。  ヒットは「0」。  つまり、その事件は一部のローカルな出来事にすぎず、世間で話題になるようなものではなかったということか。  ぼくは念のため、いくつかのSNSに「加賀見台中事件について何か知ってる人、いませんか?」と書き込んでおいた。  登録済みの都市伝説系YouTubeのコメント欄にも「○〇区の中学校で『加賀見台中事件』というのがあったらしいん

          暗黒太陽伝 ブラック・ドット・ダイアリー(2)