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暗黒太陽伝 ブラック・ドット・ダイアリー(11)

第11話 赫奕たる東端


ブラック・ドット・ダイアリー
BDD 二●一三年六月二十二日(土)


 赫奕かくやくたる東端とうたん
 (光り輝く、東の端)

ポイント●
 加賀見台中学、2年C組────。
 午前二時。
 真夜中にも関わらず、2ーCでは赤神晴海あかがみはるみに召集された生徒たちが、彼女の駒として働かされていた。
 生徒の親たちには、新しく始まった「宿泊研修授業」のモデルクラスに2ーCが選ばれたことになっている。
 もはやこの学級は治外法権。暗黒女王の王国に、教師はおろか教育委員会も日教組も、これ以上の問題の拡大を恐れ、手出しできない状態だ。
 闇に包まれた教室の中に、各々おのおのロウソクを持たされた生徒たちによって円と五角形が描かれていた。
 その中心には黒い巫女装束みこしょうぞくを身につけた赤神晴海がいた。
 彼女の口から虚空こくうへ放たれる呪文は禁断の魔経典「神聖咒禁経しんせいじゅごんきょう(※注)
 晴海は闇よりも黒い魔の力で、やがてこの教室を貫く夏至のレイ・パワーをすべて吸収し尽してしまおうと待ち受けていた。

ポイント①
 茨城県 日立ひたちの国、鹿島神宮────。
 楓は海が見える小高い丘の上で、マクスウェル卿が淹れてくれた紅茶を飲みながら夜明けを待っていた。
 マクスウェル卿は周囲の偵察に出かけてしまった。
 美容師だというボランティアの運転手の人は疲れているのか車の中でいびきをかいている。
 さっきまで三人で話していたのだが、今は鳥の声も聞こえず、ただ闇の中で海の気配だけが感じられた
 鏡の使い方は覚えた。
 問題はイメージだ。
 マクスウェル卿は額の中心「サード・アイ」に意識を集中してイメージを飛ばせという。
 内容については楓にお任せすると。
 しかし、マンガのキャラクターくらいしか思い浮かばず考えあぐねていると、マクスウェル卿が帰ってきた。
「やっぱ、わかんない。何を想像すればいいと思います?」
 マクスウェル卿が「?」の顔をするので「イメージ」と言うと伝わったようだ。
 腕組みをして、しばし目を閉じるマクスウェル卿。
 おもむろに口を開いた。
「ラヴ・アンド・ピース」

ポイント④
 富士山頂では、七月一日の山開きに向けて山小屋への荷揚げに励んでいた強力ごうりき二名が、リュックから鏡を取り出して手拭いで磨いていた。
 山男の彼らもれっきとした日本レイライン協会の会員である。

ポイント⑥ 
 三重県 伊勢神宮────。
 監視カメラと警備員の目をくぐり、内宮神楽殿ないくうかぐらでんの屋根に立つ一人の巫女みこ
 まだ暗い東の空を厳しい眼差しで見つめる彼女もまた協会が送り込んだエージェントの一人だった。

ポイント⑦
 四国は高知県、室戸むろと岬の沖に浮かぶ小さな磯。
 夜釣りをしながら日の出を待つ地元高校生もすでに鏡の設置を終えていた。 

ポイント⑨ 
 九州鹿児島県 日向ひゅうがの国、霧島神宮────。

 BDD 補足
 最新の研究によれば、50億年後、膨張し始める太陽は水星と金星を飲み込んだ後、地球の手前で燃え尽きて白色矮星はくしょくわいせいとなる。
 そして、地球は太陽の残骸ざんがいの周りを冷え切った氷の球となって回り続けるという。
 この場合、果たして地球は太陽に勝ったと言えるのだろうか?
 厚い氷の下で、それでも生命は生き続けることになるのだろうか?
 ぼくにはよくわからないし、そんな先のことはどうでもよく思えてきた。
 今はただ、2年C組の真ん中に出現したミニブラックホールを吹き飛ばすことに集中したい。

「沖村さん、そろそろですよ。持ち場に着きましょうか」
「あ、はい。了解です」
 沖村肇はノーパソを閉じてケースに仕舞うと、代わりにミラーを手に取った。
 駐車場に置かれた配電線工事用の高所作業車に乗り込み、地上14メートルの高さまで上がっていく。
「沖村さん、リラックスですよ。リラックス」満面の笑みで見送る佐々木の姿が徐々に小さくなっていった。

ポイント①
 日立の国、鹿島神宮────。
「カエデサン!」
「何? マクスウェル卿」
「イット・スーン」双眼鏡で水平線を見ながらマクスウェル卿は言った。
「うん。そろそろだね」
 東の海上に動きあり。
 漆黒しっこくの海の一か所がユラユラ揺らめいて群青色ぐんじょういろに変わっていった。
 楓は鏡を頭の上へ掲げた。
(ラヴ&ピース。愛と平和。ラヴ&ピース。愛と平和……)
 結局イメージは固まらず、ぶっつけ本番、そのとき心に浮かんだものを送ることにした。
 マクスウェル卿が東の水平線を指さした。
「ナイト・イズ・ブレイキン。イッツ・タイム・フォー・レイライン」
「きゃー。興奮する。嘘だけど」
「カエデサン。アユー・レェディ?」
 マクスウェル卿も鏡を掲げた。
 海からやってくるこの日最初の光を、楓の鏡が受けとめ、彼の鏡が反射して、さらに東で待つ仲間たちのもとへ飛ばすのだ。
「OK、マクスウェル卿!」楓が叫ぶ。「さあ、お待ちかね。レイラインの時間だよ!」

 六月二十二日。
 午前四時二十五分十一秒。
 鹿島灘かしまなだあかねに染まった。
 東の果てで、夏至の陽光が二人を貫いた。

ポイント●
 2年C組────。
 突然、すべてのロウソクが消え、教室は真っ暗になった。
「うろたえるな。フォーメーションを崩すんじゃない!」騒ぎ出すクラスメイトに向かって、赤神晴海のげきが飛んだ。
 目が慣れてくると、教室内にはすでに青白い夜明けの色が入り込んでいた。
「今何か、見えなかった?」
「何か字みたいのが見えた」
「おれは図形だったけど」
「そこ! 勝手に話すな」
「あ、赤神様のブラック・ドットが……」江里加が言った。
 赤神晴海が右頬を押さえるとドロッとした何かに触れた。
 手のひらを見ると赤黒いジャムのような物質が付着していた。
 頬に残った物質がずるずるっと頬から顎へ滑り、床にぺちょっと落ちた。

ポイント④ 
 富士山頂では、強力の二人が今しがた見えたものについて話し合っていた。一人が気づいた。
「おい、あそこ」
 けんみね雪渓せっけいの一部が融けて、岩が露出していた。
「ひよこ?」

ポイント⑥ 
 伊勢神宮────。
 素早い身のこなしで、神楽殿の屋根から降りた巫女。
かも……?)
 巫女は、いぶかりながらも、辺りを警戒し、鏡を脇の抱えて朝靄あさもやの中にまぎれていった。

ポイント⑨
 日向の国、霧島神宮────。
 佐々木徳治郎は微弱なパルスを感知するセンサーを東の空に向け、数値の変化を読み取っていた。
 パルスの到着を確認すると、鹿島神宮のマクスウェル卿に連絡した。
「グレイト」マクスウェル卿は一言だけ感想を述べた。
 高所作業車のリフトが降りてきた。
「お疲れさまです、沖村さん」
 佐々木はパルスの伝達が見事に成功したむねを告げた。
「それで、イメージのほうですが……いかがでしたか?」
「それが」リフトから降りて地面に立った沖村肇は難しい顔をしていた。
「確かに何かが来てはいたのですが、読み取ろうとした瞬間、消えてしまいました」
「覚えてないのですか?」
「はい。文字なのか、図形なのか、はっきりしないのですが……すいません」
「いえいえ、何かが伝わっただけでも協会にとっては大きな一歩ですよ、これは」
 佐々木はそこでハッと気づいた。
 どうやら年甲斐としがいもなく興奮して肝腎かんじんなことを見落としていたようだ。
「沖村さん、おめでとうございます。あざが消えましたね」
 ほらっ、と鏡を向けると、そこには朝のキラキラした光と肌色の少年に戻った沖村の顔が映っていた。
 沖村が髪を掻き上げると、額に一部黒い個所がある。
 だが、痣ではなく薄い日焼け程度のものだった。
「これ……これですよ、ぼくが見たのは。これ、何だろう? 何の形?」
「ちょっと、失礼」佐々木は沖村の額に顔を近づけ、まじまじとそれを観察した。
 そして、笑い出した。
「これは、あははは……はとですよ。いや、この形は、鳩サブレーですな。焼き菓子の」


加賀見台中学 レイライン研究会 
 活動日誌
 二〇一三年十二月二十日(金)

 今日も特に書くことは何もない。
 つーか、明後日のことを考えるとすんごく気が重くなって困る。
 何でわざわざクリスマス前の日曜日に、2ーCの教室に行って鏡で光をピカピカさせなければならないのか?
 年に二回の重要な活動だし、日本支部の人たちとつながるのは楽しくないとは言わないけど、夏休みとかに夏至と冬至両方ともずらしてもらえないかなって本気で思っている。
 そういや、英国ストーンヘンジからマクスウェル卿も別のラインでつながってくるとか。
 日本へ「ハロー」のイメージを送るっていうんだけど、メールのほうが簡単で早いだろう、というのは協会内では禁句らしいから言わないでおく。
 沖村は天体観測で来れないっていうし、土山ちゃんと二人っきりというのもさびしいから、江里加も誘うか。あんた来ないとは言わせないよ。
 あと、昨日の日誌読んでびっくりしたけど、赤神さんがレイライン研に興味持ってるってマジなの?
 かんべんしてほしいよ。
 黒アザが魔女の本体で、赤神さんはヨリシロとして利用されていただけ、彼女も被害者って、みんな本気なのかな?
 アザが消えて性格も変わって大人気とか、フザけんな!
 赤神さんが好きな男子全員シね!
 とにかく、彼女はまだ要注意人物だよ。
 観察を続けよう。
 あと、これも忘れずに言っておかなきゃ。
 わたしさ、行きがかり上、部長なんかやっているけど、別にレイなんとかに興味なんか全然ないんだからね。
 部長:菅原楓
(つづく)


※注 神聖咒禁経(しんせいじゅごんきょう)
半村良の大長編『妖星伝(ようせいでん)』の作中で、ラスボス・外道皇帝(げどうこうてい)の手下、鬼道衆(きどうしゅう)が唱える呪文。

半村良はSF(サイエンス・フィクション)の作家ではなく、
FS(フィクシャス・サイエンス)の作家である。
かつて栗本慎一郎は半村をそのように評した。
「科学的な虚構」ではなく「虚構的な科学」だというのだ。
つまり半村良は小説の中で仮説を唱え、
それを実証するために小説を書いている。

半村の最長にして最高の作品
妖星伝
(未完に終わった『太陽の世界』を除く)


この小説で半村は地球という星がどんな天体なのか仮説を立て実証していく。
恐ろしいことだが、半村の説はおそらく正しい。
地球に生まれた生命はこの小説を読むべきだ。
特に自分の存在に疑問を持ったときなど。
逆に疑問がない者は読むべきではない。
この小説は毒にも薬にもなる。
これこそが文学だろう。


とはいえ『妖星伝』単行本全7巻(文庫は全3巻)を読み通すのは大変だ。
私ももう一度読むかと言えば、たぶん読まないだろう。
ただここに素晴らしい解説文がある。
作家・増田みず子の講演をまとめた『〈孤体〉の生命感』(岩波書店 1987年)に納められた「醜い星」である。

この本の第2章がまるまる『妖星伝』の解説になっている。
しかも、本編に負けないほど面白い解説なのだ。
講演録なので読みやすさも抜群。
私は増田の文章を読んでから半村の本編を読んだが、
違和感はまったく感じなかった。
むしろ大作映画の予告編のようなワクワク感があって
より物語を楽しむことができた。

世の中には本編より面白い困った「解説」というものもある。
例えば、東浩紀の清涼院流水の作品について書かれた文章などは
本編のポテンシャルを軽く凌駕して小説は読む必要がないほどだった。


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