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小説「哀愁のアクエレッロ」:十章・トスカーナの魅力

 チャンスが到来したのは、それからさらに二年の歳月が流れた後だった。三十二歳という年齢になり、人生の一大転機を迎えることになった時である。八年勤め続けた会社を辞めることにはそれなりの勇気と覚悟を要したが、自分のやりたいことはやっぱり電機業界で上りつめていくことではない、もっともっと興味のある食やアートやスポーツに携わることを生業にした方がよっぽど幸せになれるはずだという確信を抱き、友人や家族の反対を押し切って決断した。

 いわゆる転職、ではない。自分の会社を立ち上げるのだ。業種にとらわれることなく、自分が特別な興味を持っていて、なおかつ得意な語学や海外経験を活かせる分野であればなんでも視野に入れながら、異文化交流を促進するビジネスを始めようと思った。そして事業の柱の一つに据えようと思ったのは海外のワインの輸入販売だった。もともとお酒は好きだったのだが、フランチェスコにいただいたキャンティ・クラシコの美味さに刺激されたことがきっかけでワインの世界の虜になり、以来、普通のサラリーマンとしては異常なほどの頻度と幅の広さでワインを飲み続けてきたのである。そして語学力など、自分がもともと持っている秀でた能力と合わせてその経験を活かせる仕事ができれば結果を出せるだろうし、何よりそれまで以上の幸せを感じられるだろうという算段だった。こうして僕は自分の会社を立ち上げ、"ワインの産地や造り方の研究"を大きな名目の一つとして、いきなりヨーロッパを中心にまわる八十日間の旅へと出発することにした。

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