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松本山雅の応援がスキ

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松本山雅の応援がスキ

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山雅熱を取り戻す。

※はじめに この文章は、2021年4月末、ホーム群馬戦の後、2週間ほどかけて書いたものです。 公開するかどうか、とても迷いました。 内容もですし、タイミングも、いつが良いのかなぁと。 結果、16節を終えた、今を選びました。 みなさんが、山雅を心配している。 いや、心配する気もなく、冷めたり、諦めたりしている人もいるかもしれない。 そんな時、公開するのは今だ、と思いました。 みなさんの思いを救いあげたいのです。 色々あるけど、「今こそ応援したい」 という気持

    • 言わなくても分かってよ。

      これ、去年下書きしたもので、 さすがに気持ちこもりすぎだなと思って 冷静に身を引いたんだけど やっぱり今発動させておきます。 ところどころ書き換え、加えておきます。 作者こんなこと考えてたんだな〜くらいで お手柔らかにどうぞ。 "あの村の連中は全員頭がおかしい  そんなことはない でも おかしい奴の声は大きくて 自分以外の全てに思えて 土足で他人の人生を踏みにじるもんなんだ。" 私の好きな釘崎野薔薇って人の言葉です。 (呪術廻戦ですね📖) 全員ではない。それは

      • 思い出を上書きさせないために。

        またしても私は、「変わること」と「変わらないこと」の永遠のジレンマに触れている。 私の永遠のテーマらしい。 自分が自分でなくなるくらないなら私は「変わりたくない」と言った。 でもそれが気になる人もいるらしい。 自分は成長したい、どんどん変わっていきたい と。 私は成長したくないという意味で使ったわけではなかったけど 「古き良きものを大事にしたい」思いとか 「色褪せない思い出を持ち歩いていたい」思いとか 「幸せも苦しみも胸に刻んで生きていきたい」そういう思いから 自分が

        • アルウィンを1番にしたい

          前回からの続きです。 その時の私は、「アウェイには」行けなくなるだろうというイメージだった。これだけでも正直めちゃくちゃ悲しかったし、悔しかった。 その頃から、「じゃあアルウィンが1番になったらいいじゃないか!」と、考えるようになった。 自分がアウェイに行けなくなる分、 ホームを1番にしたかった。 最初は自分のため。  アウェイの方が楽しい、そんな感覚は百も承知 だけどそれを覆すくらい、 「やっぱりアルウィンは最高だね!」 の声が聞きたいと思った。 自分も、アルウ

        • 固定された記事

        山雅熱を取り戻す。

          身体が無くなっても出来る応援を。

          2023年2月。 今までのように全力応援出来なくなるだろうと、 年末年始あたりには既に、 なんとなく予想出来ていた。 今後は今まで通りには通えなくなくなる、と。 諦めなきゃ行けない日が来る、と。 だから、 私の魂を、込めておきたかった。 これは、どうしても。 私が捨てられなかった、応援のこだわり、 たくさん試合に行きたいというプライド、 現地でしか体験できないことを逃したくないという執念、それを逃した時の計り知れない後悔。 そういうものを、身体を守るためには捨て

          身体が無くなっても出来る応援を。

          自分らしくいられる場所。

          音楽もダンスもやってみたい気持ちはあったけどキャラじゃないし苦手だし集団行動も苦手だし手を出すことはなかったけど、唯一手を出したのが山雅の応援。やりたいけどもぞもぞしてた色んなものの中で唯一。結果合ってたな。と。 確かに、 「ちほがサッカーにハマるとは思わなかった〜」て言われたなって。 ん〜でも、その人たちに見せてたのは私のほんの一部だったんだな。自分も知らない自分の情熱みたいなものが、表に出てきた、出していい場だったんだと思う、アルウィンが。 うるさいかもしれない、頭

          自分らしくいられる場所。

          アルウィンに行かない理由 へのアンサー

          Twitterでリプを書き始めたのですが、とてもじゃなく収まらなかったのでこちらに。笑 先日、こちらのnoteを読ませていただきました。私なりに、こうじゃないかな〜と思ったことを書かせていただきました。間違ったことや、至らない点もあるかと思いますが、どうか最後まで読んでいただけると嬉しいです。 早速いきます。 Ⅰ. アルウィンに行かない理由 アルウィンに行かない理由として、こちらのnoteでは6つの選択肢があげられていました。 この回のスペース聞けてないのであれなん

          アルウィンに行かない理由 へのアンサー

          やっぱり、山雅って「応援」だよね。変わっていくことと変わらない原点。

          悲しいなあ。顔を覆いたくなる。 私は、なぜ、これからも応援するのか。 なぜ、シーパス更新したか。 声出し応援ができるようになった時、アルウィンにいたいから。 これまで頑張ってきたなって、思いたいから。 今でもたまに昔の映像を見ると、グッとくるものがある。 コールリーダーさんがリズム隊を連れ、サポーターが列をなし、スタジアムに入っていく。 チャントを歌いながら、手を叩きながら、入っていく。 メインやバッグのサポーターにも応援を呼びかけにいく。 素晴らしいなぁっ

          やっぱり、山雅って「応援」だよね。変わっていくことと変わらない原点。

          応援するってなんてちっぽけなんだ。

          応援するって、身勝手。 勝手に応援してるだけ。 私の好きなチーム、好きな選手。 こんな会社になってほしい、こんなチーム作りをしてほしい、好きな選手には、ずっといてもらいたい。ずっと見ていたい。 そんなの、叶わない。 どんなに好きでも、こんなに好きでも、 思い通りになるわけじゃない。 そこは、履き違えたらいけない。 私は、勝手に応援しているだけ。 応援しろと言われたわけでもない。 応援したからといって、ご褒美が約束されているわけでもない。 なんて儚いんだろう

          応援するってなんてちっぽけなんだ。

          #3

          2011年、8月2日。 私は当時高校1年生だった。 19時頃、部活から帰ってきて、母が玄関まで来て言った。 「大変大変!マツが倒れたって!意識がないんだって」 その瞬間、目の前が真っ暗になって、背筋が凍った。 母も気が動転していたし、ひどく悲しそうで 只事ではないと思った。 私はその頃、 山雅に興味はあるのに、好きだと素直に認められなかった。 両親が山雅に詳しくて、選手の話を家でよくしている。 家でもテレビ松本の試合映像を見ていたし、チャントもなんとなく聞

          私が熱を取り戻したのは。

          こんにちは! 前回のnote、たくさんの方にご覧いただき、ありがとうございました。 プロのライターさんにも見られてしまって、どんな気持ちで「いいね」したらいいんだ!と思って結局スルーしてしまいました🌀 あまりにもたくさんの反響があって、正直怖かったです。 Twitterの鍵を開けたのも、つい数ヶ月前ですし。 でも、批判が少なくて安心しましたし、 予想以上に、私の前向きな気持ちがしっかり届いていたので、嬉しかったです。 さて。 今回は、「私が山雅熱を取り戻すまで」

          私が熱を取り戻したのは。