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心理学の話:ハイパフォーマーになるための秘訣

いまよりももっと仕事ができるようになるためには、どうしたらいいだろうか。

これは人事でも、もっとも重要でもっとも難しい課題のひとつだが、誰もが興味を持つ課題でもある。メディアでも毎日のように「デキる人が実践する5つのルーティン」や「予約の入れ方でわかる一流と三流」などといった見出しを流しているし、仕事術の本も山のように出版されている。

これだけたくさんあると、いったいどの方法が本当に仕事力を伸ばすのに役立つのかわからなくなってしまう。

だが、私たちが行ってきたコンサルティング業務での経験と、心理学をはじめとする学問分野の知見を組みあわせると、ある程度のことは見えてくる。この記事では、仕事の能力を伸ばすために、やるべきことのひとつを紹介したい。

それは次の4つの手順を踏む。

1:自分の「師匠」となるハイパフォーマーを探す。

2:師匠の「仕事の仕方」を実際に行動でまねてみる

3:それでうまくいった場合、行かなかった場合に「なぜそのような結果になったか」を考える

4:自分なりの結論が出たら、どうしたらうまくいくかを考え、1か2に戻る

というものだ。あまりにシンプルなのでOJT(On the Job Training)と何が違うのかと疑問に思う人も多いと思う。職場でのオフィシャルな研修でもそれに近いことはするだろう。それらとこの方法は実はかなり違う。また、これを実際に行うには、いくつかハードルがあり、思うほど簡単ではない。


まず1の「自分の師匠となるハイパフォーマーを探す」という点が重要だ。社内研修などではメンターが会社によって「あてがわれる」ことが多いが、それではこの能力を伸ばすことは難しい。学ぼうとする動機や熱意は、尊敬できないメンターには持てないからだ。学ぶべきは「自分が尊敬でき学びたいと思える人」からであることが重要で、ここでわざわざ「師匠」と書いているのはそのためである。OJTでも、メンターから学ぼうとする意欲が持てないのであれば、トレーニングにならない。つまり、「こんな人になりたい」と思えるような人から学ぶことが重要だ。

よく、有名な起業家やビジネスリーダー(ジョブズや松下幸之助)、あるいは自己啓発本や類似するwebサイトを参考にしている人はいるが、それは直接のビジネスコンピテンシーアップにはつながりにくいと私は考えている。本や記事の中の人がとった行動は、別の時間軸で、かつ別の文脈で行われたものであり、それを全く違う状況で真似しても、効果は薄いからだ。

また自己啓発本では、多くの場合、行動ではなくメンタリティや習慣について書かれている。それらは仕事の能力を伸ばすに当たって、せいぜい間接的な効果しかない。本当に大事なのは「仕事の仕方そのもの」だ。

したがって次のステップは、2:師匠の「仕事の仕方」を実際に行動でまねてみる、だ。これはその通り、仕事の仕方をまず行動でコピーする。メンタリティや仕事に関係の薄い習慣(朝早く起きるとか、ある仕事アプリを使うとか)ではない。仕事時の行動をコピーするのだ。その理由は納得できなくてもいい。とにかくやってみるのだ。なぜなら、その後に「気づき」がくるからだ。

元巨人軍、ニューヨークヤンキースに所属していた松井秀喜氏が、まだ巨人に入団したての頃、当時の長嶋茂雄監督に「僕もやってたけれど、素振りはブンッではなくて、シュッという音がするまで繰り返すんだよ」とアドバイスされた。しかし監督はなぜそんなことをするのかを説明しなかった。

松井選手(当時)は、半信半疑ながらそのアドバイスを実践してみた。意外にそれは難しい。そもそも最初は音の違いすらわからなかった。長嶋監督は部屋の電気を消し、暗闇の中で松井選手とともに音を聞き、アドバイスを与えた。

松井選手は当初、その音の違いが何を意味するのかも分からなかったという。ただ現役時代に長嶋監督も実践したというその手法をいわれるがままにやっていた。

その意味がわかったのは、彼にも音の聞き分けがある程度できるようになってからだった。その音が鳴る時は、スイングに無駄がなく、打球の伸びもすごい。シュッという音は、正しいフォームで余計な力は入っておらず、最大のヘッドスピードでインパクトを出せるときの音だというのが、後になってわかったのだ。これが「気づき」であり、上記のステップ3だ。うまくいったとき、なぜうまくいったのかというロジックを理解したからだ。

つまり、「師匠」となる人の仕事のやり方を実践して、体験的に学習することで、その意味も意義もスキルをも「身に着ける」ことができる。これが「師匠を真似る」ことの重要性だ。

意味がわからなくても行動を真似る、ことは非常に大切だ。なぜなら、意味が分からないものの中に、重要なスキルが隠されていても、自分で取捨選択していては得られないからだ。

仕事上何が本当に大事なのか、は見ているだけではわからないことが多々ある。近年、教育学ではExperiential Learningの必要性が訴えられており、その理由もいろいろ述べられている。だが、その本質は「見ているだけではわからない」ことにあるのだと私は考えている。

さらにもう一つ心理学的な効果がある。社会心理学の「自己知覚理論」によると、人は他人の行動を観察するのと同様に自分の行動を観察して、自分の心の状態を決めるようにできている。ハイパフォーマーの仕事の仕方を真似るということ自体が、自分の仕事に対する態度をポジティブにし、自分も仕事ができるはずだ、という自信につながる。自己啓発本の多くにはその重要性が書かれていて、それ自体は大切だが、最も重要なのは実際の仕事の行動でその自信を得ていくことにある。その意味でもこのやり方の意義は大きいと考える。


松井選手はその後メジャーに移籍し、ヤンキースの主軸打者として活躍した。ワールドシリーズのヤンキースの4番が日本人だなんて、誰が想像しただろうか。彼は間違いなく世界的な打者になった。

これは、推測でしかないが、彼はメジャーにいってから、メジャー特有の環境での効果的なスイングについてさらに研究を重ねたはずだ。そして素振り音についても、研究したはずだ。事実、アメリカから電話越しに巨人のコーチに素振り音を聞いてもらったという逸話が残っている。これがステップ4だ。自分の会得した「仕事の仕方」をさらに発展させ、今の環境に適用するための工夫を凝らす。これを繰り返すことで、自分にしかできないパフォーマンスが発揮できるようになる。

この方法を振り返ると、一番重要なのは仕事の仕方をコピーできる師匠を探せるかどうかだ。身近に長嶋監督のような超一流の「師匠」がいる松井選手のような環境にいる人は少ないだろう。だが、少なくとも、ある種の行動を真似る価値のある上司は探せるひとはいるのではないか。まずはそういうハイパフォーマーの仕事を真似ることが始めてみてはどうだろうか。

見えなかったものが見えてくるかもしれない。それは大きなスキルアップにつながるはずだ。

文責:渡部 幹

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