見出し画像

心理学の話:小さな無意識のバイアスが、大きな人事上の不公正を生むメカニズム

以前にも書いたとおり、人間が情報処理を行う場合には、さまざまなバイアスが生じる。ここではその一例として、確認バイアスとそれに伴う差別行動の制度化について見てみたい。

確認バイアス(Conformation Bias)
人はたいてい、情報を探すとき、自分にとって、心地のよい、都合のよい情報だけを探そうとすることが心理学の研究でわかっている。これを確認バイアスと呼ぶ。

確認バイアスは、自分の考えに沿う情報ばかりを無意識的に集めてしまい、それに反する情報を考えない傾向である。これは人には自然に備わっているバイアスで、ほぼ100%誰もが何らかの部分では持ち合わせているものだ。

例えば、赤ワイン好きな人が、赤ワインポリフェノールが健康にいいという情報ばかりを集めて、アルコール摂取のリスク情報は無視し、ワインを飲むこと正当化する場合。あるいは自分の支持する政党や政治家について、ポジティブな意見ばかりを探し、対立する政党や政治家についてネガティブな意見や見解ばかりを探す場合があげられる。

このように、日常のあらゆるところに確認バイアスは存在するため、人事判断にも当然起こりうることになる。

例えば、特定大学の出身者のパフォーマンスが高いという情報がある場合、面接や研修の際にその大学出身者のよい部分にばかり注目し、改善が必要な部分について精査しない場合などがあげられる。


このバイアスのやっかいなところは、ほぼ無意識で行われるため、評価者の意図とは関係なく起こってしまうこと、そしてそれが行動に反映されたときには、行動としてのバイアスにつながってしまうことだ。


ピグマリオン効果・ゴーレム効果
この確認バイアスは認知バイアスなので、これだけならば個人の問題で終わる。だが、研修やOJTの際に、教える側にこのバイアスがあると、ピグマリオン効果、あるいはゴーレム効果を生んでしまう場合がある。


ピグマリオン効果とは、アメリカの心理学者、ローゼンタールが実験によって証明した効果で、教育者の期待によって生徒のパフォーマンスが変わってしまう効果である。


ローゼンタールは、教室にいる生徒たちに新開発の知能テストを行い、その「成績上位者」のリストを先生に渡してこう言った。

「この子たちは、非常に知能が高く、有望です」

だが、それは実際には嘘だった。知能テストはでっちあげで、クラスからランダムに生徒を選び、成績上位者リストに載せただけだった。


ところが、ある期間を経てみると、リストから除外された子達に比べて、リストにあがった子達の成績は明らかに高くなっていたのだ。ローゼンタールは、それは教師が「この子たちは、伸びるポテンシャルがある」と信じて、彼らを特に励まし、目をかけて、熱心に教育を施したからだということを突き止めた。


実際、教師はリストに載った子達の成績が悪くても、叱ることをせず、むしろ励まし、子供たちのモティベーションを上げるような言動を多くとっていた。一方、リストに載らなかった子達に、そういう行動をとることは相対的に少なかった。


この研究によって、子供たちの才能や能力には関係なく、教師の期待と接し方によって子供たちのパフォーマンスが大きく左右されてしまうことが明らかになった。このように、教師の期待が高く、それによって生徒のパフォーマンスが上がることを、「ピグマリオン効果」と呼ぶ。


逆に、教師が「この学生は駄目だ」と思って、邪険な態度をとったり、ネガティブでモティベーションの下がるフィードバックばかり行うことで、本当は能力のある子でもパフォーマンスが下がることがある。これはピグマリオン効果とは逆方向に働く効果で「ゴーレム効果」と呼ばれる。


この研究は人事の教科書などにもよく引用されている。そして、研修や社員教育の時には、ピグマリオン効果をもたらすために、リストに載った子供たちに教師が接したように接するべきという旨が強調される。そのためのテクニックとして、フィードバックの行い方や対人スキルについて書かれていることも多い。


それはそれで重要なのだが、もっと重要な点がある。

それは知らず知らずのうちに、研修者や教育者が、バイアスによる「でっち上げリスト」を持ってしまっているのではないかという点だ。


先に述べた確認バイアスや、その他の差別的視点は無意識に行われる。つまり、自分でも気づかぬうちに「より伸びしろのある学生、社員」を根拠なく選別している可能性がある。


それに基づいて、研修や教育を行うことで、ピグマリオン効果が起き、バイアスによって選別された者のパフォーマンスが本当にあがる。


つまりバイアスはバイアスではなく「事実」となってしまう。そうすると、以前の述べた予言の自己実現やそれによる差別の均衡化が起こってしまう可能性がある。一旦そうなると、それを矯正するのはとても困難になってしまう。


ローゼンタールのリストにたまたま載らなかった子は、自分の能力を伸ばす機会を逸してしまった。もしかするとそれは、その子の将来に大きく影響を与えるかも知らない。確証バイアスに引っかからなかった社員もまた同様に、昇進やキャリアアップ機会を逸してしまうのかもしれない。


能力のある上司ならば、このようなバイアスに気づき、できるだけ公正な評価をしようとするだろう。そしてそういう素晴らしい上司を弊社ではたくさん見てきた。


だが、残念ながらそうではない上司もまた存在し、たまたまその下についた部下は理不尽な思いをする。


また、いかに素晴らしい上司でも完全にバイアスから逃れることはできない。ノーベル経済学賞を受賞したダニエル・カーネマンは、感情的になっているとき、疲れているとき、時間のないときには、人間の思考は「ファスト・シンキング」になりやすい、つまり速く直感的な思考になりやすく、さまざまな認知バイアスが生じやすいことを指摘している。


先日の村上の記事にもあるように、テクノロジーの進化によって、面接時のビデオなどの人事情報の量は飛躍的に多くなっている。だが、それを処理する人間の脳が情報量に追いつかなくなれば、バイアスはますます助長されてしまう。

人事にマシンアセスメントやAIを導入するメリットは、このようなバイアスを排除できる点にあると弊社では考えている。そしてその小さなバイアスを排除することで、その後に起きる大きな人事上の差別を防止することにもつながる。人事へのコンピュータ導入は間違いなくデジタルトランスフォーメーション(DX)のコアトレンドになるだろう。


だが、マシンアセスメントやAIも万能ではない。さまざまなバイアスを生じさせることが、最新の研究でわかってきている。

弊社ではそのような研究を踏まえて、バイアスを回避すべく、常にサービスプログラムのアップデートをおこなっている。公正な人事アセスメントの実現のためには、少しずつでも絶え間ない改良を続けることこそが近道ではないかと考えている。

文責:渡部 幹

この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?