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#63. あなたの名前に女性の響きが?


名前が母音の -a で終わる人は、ヨーロッパでよく女性と間違われるらしい。

大学時代に受けていた講義で、「アキラ」という名前の初老の(すみません)先生が苦労話を話してくれた。

欧米の人たちと電話でやりとりなどしていると、名前を Akira と名乗ったとたん「女性ですか?」と聞かれるそうだ。

「いやあなた、わたしの声を聞いておわかりのとおり、明らかにわたしは男ですよ」といつも先生は返すらしいが、声が明らかに男性なのに、それを差し置いて女性かと疑ってしまうほど、「名前の最後が -a で終わる人は女性」というイメージは根強いらしい。

これはどういうことなのか、詳しい話に入る前に、すこし遠回りをさせてほしい。

スペイン語やイタリア語などに親しんでいると、名詞に「性」(gender) というものがあり、すべての名詞が「男性名詞」「女性名詞」に分かれている。

ドイツ語などにはこれに加えて「中性名詞」というものもあるが、いずれにしても、この性によって、くっつける冠詞や形容詞の語尾を、器用に変えなくてはいけない。

(※英語にもかつてはこの名詞性[男性・女性・中性]が存在したが、歴史の過程で消えてしまった)

たとえば、スペイン語では「本」のことを libro と言うが、これは男性名詞であり、「家」を表す casa は女性名詞である。これに「新しい」という意味の形容詞 nuevo をつけると次のようになる:

・新しい本 → libro nuevo
・新しい家 → casa nueva

お気づきのように、もともとの名詞も、男性名詞の libro が -o で、女性名詞の casa が -a で終わっていたが、それに呼吸を合わせるように、nuevo が casa についたときには語尾が -a へと変化し nueva となっている。

男性名詞 cielo(空)と女性名詞 música(音楽)に形容詞 bonito(美しい)をつけても全く同じ変化が起こる。

・美しい空 → cielo bonito
・美しい音楽 → música bonita

これだけでもう、「 -o は男性(名詞)的な語尾であり、-a は女性(名詞)的な語尾である」というイメージがすっかり身についたことだろう。

これで、まったく知らないスペイン語でも、(性別の上では)意味の推測ができることもある。

たとえば、hermano と hermana は、どちらかが「兄弟」でどちらかが「姉妹」を表す単語なのだが、どっちがどっちかおわかりだろうか。

...... 答えは言うまでもなく、hermano「兄弟」hermana「姉妹」。語尾を見ればすぐわかってしまう。

(※もちろん、この世に例外のないルールはなく、文法も言葉のルールである以上、大なり小なり例外はあり、全部が全部こんなにすっきり行くわけではない)

また、ここではスペイン語しか紹介しなかったが、言語的に非常に近い関係にあるイタリア語でも、語尾に関しては同じようなことが言える。

・新しい本 → nuovo libro
・新しい家 → nuova casa
・美しい空 → bel cielo
・美しい音楽 → bella musica
・兄弟/姉妹 → fratello / sorella

さておおざっぱに、-o とか -a という語尾が持っている響きに関して理解したところで、いよいよ名前の話に戻ろう。

「名前の語尾が -a で終わるとたいてい女性」というのは本当なのか、欧米出身の自分の友だちを思い浮かべる。

Anna(ロシア)
Cristina(スペイン)
Kasia(ポーランド)
Paula(アメリカ)
Sarah(ベルギー)
Tarita(フィンランド)
Mona Lisa(イタリア)

最後はもちろん冗談だけれど、やはり -a で終わる名前は多い。そして記憶をさかのぼってみても、すくなくともぼくの友人の中には最後が -o で終わる女性は欧米圏にはいない。

こうしてみると、日本の名前でも、たとえば「アリサ」さん、「カナ」さん、「ユカ」さんなどは、欧米圏でも比較的すんなり(女性的な名前として)入ってくるものかもしれない。

反対に -o で終わる男性はどうか。

Bernardo(ブラジル)
Ernesto(スペイン)
Lorenzo(イタリア)
Tomasso(イタリア)
Mario(ニンテンドー)

やっぱりこの例も結構いる。最後の Mario は語尾を -a に変え Maria とすれば、すっかり女性らしい響きに変わる。名前って面白いですね。

日本人だと、名前の最後が「人」「郎」で終わっている場合(「マサト」「リュータロー」など)であれば、(欧米の人から見ても)男性的な響きを持っていると言える。

ただ、ここまでですでにお気づきかもしれないが、日本の名前は当然ながらヨーロッパの言語的慣習などには従っていないので、この逆パターン、つまり「 -a で終わる男性名や -o で終わる女性名」は実にたくさん存在する。

たとえば、男性の名前であれば、最後の漢字が「太」とか「也・哉・弥」だという人はもう詰んでいる。「ケンタ」さん「ユータ」さん、「テツヤ」さん「セイヤ」さん。それから他大勢の -a で終わる方々、冒頭の「アキラ」先生と同じ苦しみを、このさき味わうかもしれません。

女性もそんな男性陣を笑っている場合ではありませんよ。日本の女性の名前において、おそらく圧倒的多数を占めている漢字「子」が、他でもない -o で終わっているではありませんか。

ああ、「ユーコ」さん、「エリコ」さん、「ショーコ」さん、「マユコ」さん、そして日本におられるすべての「 ○ 子」さんたちに、一体なんとお声をかけたらいいものか。

まあ別に、あくまで欧米圏で(それも文字や音の上で)男性的なイメージがあるというだけで、なに一つとして悪いことはないのですけどね。だからなんだという話。

それでも、もしも性別を間違われたくない場合(対面していればそんなことほとんどないとは思うが)、打開策として、語尾の母音を変えてしまうというのもアリかもしれない。

「ケンタ」を「ケント」に、「ユータ」を「ユート」に、あるいは「ユーコ」さんは「ユーカ」、「エリコ」さんなら「エリカ」と名乗ってみるなど、日本で名乗るのとは違う名前をつくってみる。

中国人は、欧米圏で元の名前となんら関係のない English name を使っているし、自分の名前が向こうでは発音されづらいとか、変な意味に取られてしまうという理由で、違う名前やあだ名を持つのも、いまとなってはそんなに珍しいことだとは思わない。

いろんな音でさまざまに変わる名前の響きを楽しんでみるのも、きっと楽しいことだろう。

ならぼくも思い切って名前を Takafumo に …… などとふと思ったが、やっぱり止めよう。さすがに「たかふも」は間抜けすぎる。


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