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ナーシャ・ジベリさん、という方がいる。

…この名前にピンとくる方は
プログラマー史に詳しい方か、
生粋のゲーマーかもしれません。

◆「FFのプログラミングをした人」

として(その筋では)有名な方です。
『FF』とは、ゲームの
「ファイナルファンタジー」。
このゲームシリーズの1~3、
シリーズ最初の頃の
プログラムを担当した方。

本記事では彼のキャリアを書きます。

1957年に、ジベリさんは
中東のイランに生まれました。
王族の出身でした。

1978年、イラン革命が勃発します。
イスラーム教の勢力が共和国を樹立。
王族のジベリさんは、故国を追われた。

彼は渡米してコンピュータ科学を学び、
1980年、23歳の頃に
ソフトウェア会社を設立します。
折りしもジョブズたちが率いる
アップルが1977年に発売した
「Apple II」で「パソコン」が
世の中に普及しつつある頃でした。

この「新しいコンピュータ」は、
「パーソナル」でした。
「アプリケーションソフト」によって
自分の好きなように構築し、
動かすことができる。

新しいソフトを開発し、流れに乗る!
ジベリさんはいくつかのソフトを
世に出したのですが、

残念ながら時代に先んじていた彼は
当時の時代には受け入れられなかった。
1981年に退社しました。
(その後、会社は倒産しています)

彼は、世界放浪の旅に出ます。
そんなある時「ブローダーバンド」という
ソフト会社を設立した
ダグ・カールストンという人を訪ねた。

(ブローダーバンドは、
ゲームの開発もしていました。
日本でも有名なタイトルを挙げると、
「ロードランナー」「カラテカ」
「バンゲリングベイ」など…)

そこに運命の出会いが待っていた。
会談の場に居合わせた男。
それが「スクウェア」
(現スクウェア・エニックス)の
初代社長、宮本雅史さん
でした。

彼はジベリさんと同じ年、
1957年の生まれ。

大学在学中から
コンピュータの時間貸しビジネスを
始めていたほどの先駆者です。
1986年に電気工事会社の「電友社」から
ソフト部門を買い取る形で
「スクウェア」を設立していました。

この出会いをきっかけに、
ジベリさんはスクウェアに入社。
そこで出会ったのが
FFシリーズの生みの親、
坂口博信さん
なのでした。

坂口さんは1962年、
茨城県日立市の生まれ。

中高時代は音楽好きのゲーム嫌い、
触りもしなかったそうですが、
大学時代に『ウルティマ』
『ウィザードリィ』などの
RPGにハマった。
1983年に電友社にバイトとして入社。
ソフト部門のスクウェアの
スタッフとなっていたのです。

ジベリさん、宮本さん、坂口さん。

その他にも何人かの主要メンバーが、
結集していきました。
何かに導かれるように。
リアルなファンタジーのように…。

ただこの当時、スクウェアは
新しい業界の零細企業に過ぎません。
「当たらなければ市場撤退だ!」
という背水の陣で開発したのが、
1987年12月に発売されたゲーム、
『ファイナルファンタジー(1)』でした。

主要なメンバーだけ挙げます。

◆プロデューサー:宮本雅史
◆ディレクター:坂口博信
◆ゲーム・デザイン:田中弘道、河津秋敏
◆シナリオ:寺田憲史、河津秋敏
◆音楽:植松伸夫
◆キャラクター・デザイン:天野喜孝
そして
◆ゲーム・プログラミング:ナーシャ・ジベリ

…今から振り返れば
「神々級のレジェンドたち」です。

しかし当時は神でも伝説でも何でもない。
良いゲームを作ろうとする
スタッフ陣に過ぎませんでした。

同作の発売直前には、すでに本社を
維持することができなくなっており、
雑居ビルに移転するなど倒産寸前。

社運を賭けたゲームの行く末は…!

大ヒットしたんです。こうして、
スクウェアは大手ゲーム開発会社への道を
歩んでいくことになります。

◆1988年『ファイナルファンタジー2』発売
◆1990年『ファイナルファンタジー3』発売
(2023年には16が発売されました)


なお、ジベリさんの逸話としては、
以下の話が知られています。

(ここから引用)

『「FF3」に登場した
飛空艇「ノーチラス」に、
地面に影を落としながら
通常歩行の8倍ものスピードでの移動を
実現させたというのは、とても有名な話です。

現在は、実写に近いグラフィックで
ゲームが開発されているため、
そこまで驚かないかもしれませんが、
1980年代の技術では
考えられないものでした。

当時も「影をつける効果など無理だ。」と
他のプログラマーが言っていたところ、
ナーシャ氏はその翌日に飛空艇に影をつけ、
さらに8倍もの速度で移動することを
可能にしてきた
というのだから驚きです。

この驚異的なスピードは
ファミコンのバグに近い挙動を
利用したもので実現したそうです。

彼の開発したプログラムは
非常に独特かつ高度で、
他の人がみても全く理解できなかったそうで、
FF3が人気にもかかわらず
長らくリメイクされなかったのは、
誰も当時そのままに
再現できないから、と言われています。』

(引用終わり)

翌日に不可能を可能にするような
プログラムを組んでくる…!?
恐ろしい子…!(白眼になりながら)

以下の逸話も有名ですね。

(ここから引用)

『ナーシャ氏は、
自分で実装した全プログラムの内容を
すべて暗記していたと言われています。

というもの、開発途中で
重大なバグが発生した際に、
ナーシャで電話で確認を取ったところ、
電話越しに修正箇所を指摘され、

その通りに修正すると
バグが改善したそうです。』

(引用終わり)

プログラムを全部暗記…!?
電話越しに、修正を指摘…!?

漫画『ガラスの仮面』の主人公、
北島マヤを彷彿とさせるほどの
異形の才能です。

まるでFFを開発するために
人を超越した何かの存在が
スクウェアに遣わしたかのような、
伝説のプログラマー…!

しかしその彼は、FFシリーズの
1・2・3まで関わり、
『聖剣伝説2』の開発以後に
再び世界放浪の旅に出て、

消息を絶ちました。

最後に、まとめます。

…「えっ、何、この展開!?
『彼の行方は、杳として知れない…』
というラストなの?」

どうぞ、ご安心ください。

(Wikipedia情報ですが)
1998年、ダラスで開かれた
Apple II 20周年パーティーにおいて、
彼は公の場に姿を現したそうです。
カリフォルニア州都のサクラメントに在住。
2007年に、とあるパーティーに出席し、
消息が確認されたとのこと。

…革命で故国イランを追われ、
アメリカに飛んでコンピュータを学び、
さらに日本に飛んでFFの世界を
超絶プログラミングによって
創り出したプログラマー。

ファイナルファンタジー。
最後の幻想…。

そう、ナーシャ・ジベリさんは、
この世界を「飛空艇」で飛び回った
幻想的な冒険者だった
のです。

…読者の皆様はいかがでしょう。
冒険をしていますか?
仲間との出会いは、ありますか?

※本記事は以前に書いた記事の
リライトです↓

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