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人は誰でも今すぐ幸せになれる

幸福に生きるための考え方として近年日本でも認知度を高めているアドラー心理学。 

アドラー心理学を有名にさせた名著「嫌われる勇気」の冒頭で、人は誰でも今すぐ幸せになれると断言しています。 

アドラーは、世界的にはフロイト、ユングと並ぶ三大巨頭のひとりとして有名です。 

時代を100年先行したと言われるアドラーの思想は、まだまだ時代が追いついてきていません(笑) 

私自身も、思想・理論は納得しても、実践しようすることはかなり難しいと感じています。 アドラー心理学を本当に理解して、生き方まで変えるには「それまで生きた年数の半分」が必要になるとさえ言われています。(40歳から学び始めたとすればプラス20年が必要) 

アドラーが唱えたのは自分を変える方法であって、読み取り方次第で毒にもなるし薬にもなる。 その意味で、アドラー心理学のことを劇薬だとよく言われます。 

そんなアドラー心理学はどんなものなのか、詳しく説明していきます。 

ではいきましょう。 

原因論の否定、全ては目的論

アドラーは、フロイトが説いた「原因があるから結果が生じる」という考え方を真っ向から否定しました。 

「引きこもり」の例を考えてみましょう。 

その引きこもりの人は外に出たいと願っているし、できることなら仕事を持ちたいと思っています。 

原因論の考え方では「親に虐待を受けたから外に出られない」など、何かしらの過去の出来事(原因)があって今があると考えます。 
それに対し、目的論の考え方では、「外に出ない」という目的を達成するために不安や恐怖を作り出していると考えるのです。 

「外に出ない」目的をもっと噛み砕くと、引きこもることによって親が心配する、親の注目を一身に集めることができるという目的であったりします。 
たしかに、もし家から一歩でも外に出てしまうと、誰からも注目されない「その他大勢」になってしまうかもしれません。 

これは引きこもりのケースでよくある話だそうです。 
現実問題、自分が悩んでいるときなどに原因を追求したところで得られるものは何もありません。 むしろ気持ちが暗くなりモチベーションが落ちていきます。 

過去(原因)に囚われて生きるのではなく、いまの目的に向かって動くことのみで「人は変われる」というのがアドラーの立場です。

人間の悩みはすべて対人関係

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これはアドラー心理学の根底に流れる概念です。 
個人だけで完結する悩み、いわゆる内面の悩みなどは存在せず、自己嫌悪も結局は自分を嫌うことで対人関係を避けているのです。 

極論のように聞こえますが、悩み(自己嫌悪)に陥るのも、他者から嫌われ、対人関係の中で傷つくことを過剰に恐れているからなのです。 

自分を嫌う「目的」は他者との関係の中で傷つかないことなのです。 

悩みを完全に消し去るには、宇宙の中でただ一人で生きるしかないのですが、そんなことはできるはずもないので、この先は対人関係でなるべく悩まないようどう生きていくべきか、について考えていきましょう。

「あの人」の期待を満たすために生きてはいけない

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他者から承認されることは確かに嬉しいものでしょう。 
しかし、アドラー心理学では、他者から承認を得ようとすることを否定します。 

例えばあなたが職場でゴミ拾いをしたとします。 
でも周囲の人は全く気づかない。 あるいは、気づいたとしても誰からも感謝してもらえず、お礼の言葉のひとつもかけてもらえない。 

さて、あなたはその後もゴミを拾い続けますか? 

やる気が失せてしまうという人は、少なからず賞罰教育の影響を受けています。 
賞罰教育とは、適切な行動を取ったら褒めてもらえる、不適切な行動を取ったら罰せられるという教育です。 

実際、現代のほとんどの人は賞罰教育を受けてきたと思います。 

賞罰教育の先に生まれるのは「褒めてくれる人がいなければ、適切な行動をしない」「罰する人がいなければ、不適切な行動もとる」という人間です。 

少し自己中心的にも思えますが、我々は他者の期待を満たすために生きているのではないのです。 

実は、承認欲求に囚われている人こそ極めて自己中心的と「嫌われる勇気」では言われています。 

承認されたいという感情は、他者はどれだけ自分に注目し自分のことをどう評価しているのか、と気にすることです。 
つまりどれだけ自分の欲求を満たしてくれるのか? これが承認欲求の内実です。 
他者を見ているようでいて、実際には自分のことしか見ていないのです。 

「嫌われる勇気を持とう」 

これが著書のタイトルでもあり、メインメッセージです。

課題の分離 - 他者の課題を切り捨てる

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先ほども紹介した通り「我々の悩みの100%は対人関係であり、大体があなたの課題じゃない」とアドラーは言い切っています。 

「課題の分離」をより理解するためによく紹介されるフレーズがあります。 

馬を水辺に連れて行くことはできるが、水を飲ませることはできない 

つまり「自分でコントロールできないことは考えすらするな」ということです。 
この視点を持つだけで世界がシンプルになります。 

誰の課題か見分けたいときには「その選択によってもたらされる結末を最終的に引き受けるのは誰か」と考えましょう。 

例えば、子供が「勉強しない」という選択をしたとき、その決断によってもたらされる結末(希望の学校に入れなくなるなど)を最終的に引き受けるのは親ではなく子供です。 
すなわち、勉強しない子供に対して悩んでいても仕方がないということです。 

「そんなの無理だよ」という声が聞こえてきそうですが、「課題の分離」はアドラー心理学の最終目標ではなく、入り口に過ぎません(笑) 

早速、アドラーの考えを完全に実践をするのはかなり難しそうです・・
ですが、自分なりに噛み砕いて生き方のヒントをもらえるところは多いはずです。

より大きな共同体の声を聴け

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あなたは世界の中心にいるわけではありません。 
これは当たり前かもしれませんが、言い換えると、 

あなたは世界や宇宙といった大きな共同体に一部であって、普段目の前にしているのは会社や学校という小さな共同体に過ぎない

ということです。 

会社や学校などの共同体で生きていると、なんらかのトラブルに遭遇することは必ずあります。 

このときに、会社や学校こそがすべてだと思っていると、あなたはどこにも所属感を持てないことになり得ます。 
場合によっては、家族の中に逃げ込んで引きこもったり、家庭内暴力に走って、どうにか所属感を得ようとしたりします。 

我々は学校という小さな共同体の常識に囚われるのではなく、もっと別の大きな共同体の感覚で物事を判断して行動するべきなのです。 

小さな共同体の中で関係が壊れることだけを恐れて生きるのは、他者のために生きる、不自由な生き方です。

対人関係のゴールは「共同体感覚」

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アドラー心理学では、他者を仲間だとみなし、そこに「自分の居場所がある」と感じられることを、共同体感覚といいます。 

「共同体感覚」を得ることが自らの価値を実感でき幸福につながる、というのがアドラー心理学の答えになります。 

著書では、共同体感覚を得るための3つのステージが紹介されています。 
・自己受容 - 行為レベルではなく存在レベルで自分の価値を評価する。
・他者信頼 - 無条件で他者を信じること。裏切られることはあなたの課題ではない。
・他者貢献 - 特別な存在になろうとせず、自分の貢献感だけを大切にする。それが自由。

少し宗教っぽいですが、相手の気持ちはあなたにコントロールできないものであり、相手があなたを信じてくれるかどうかはどうすることもできません。 
アドラーは、誰かの期待に応えるのではなく、ひたすらに「他者貢献」をすることで幸せを感じていこう、という考え方を提唱しています。 

そこでは相手への見返りを求めることも、特別な存在になろうともせず、主観的に「私は共同体にとって有益なのだ」と感じられることが幸せになるための鍵です。

最後に

今回は名著「嫌われる勇気」をまとめる形でアドラー心理学を紹介しました。 

冒頭でも言いましたが、アドラー心理学は理論が納得できても、実践するのは非常に難しいです。 そのため、現実世界で実際にどう実践していけば良いのか、議論されている「幸せになる勇気」も合わせて読まれることをお勧めします。 

全ては実践できなくとも、幸せになるためのヒントがたくさんあると思います。




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