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右派は生まれ(遺伝)に、左派は育ち(環境)に重きを置く【連載】人を右と左に分ける3つの価値観 ―進化心理学からの視座―

※本記事は連載で、全体の目次はこちらになります。第1回から読む方はこちらです。

 これまで見てきたように、右派は血統や祖先、遺伝子、民族にこだわるのに対して、左派は、そういったものよりも個人の考え方を重視します。一般的に、左派は遺伝的要素を軽視し、人の心をまっさらな空白の石版(ブランク・スレート)として捉えたり、教育や環境によっていかようにも変えることができると考える傾向にあります。
 実際に、マルクス主義者は人種という概念を相手にせず、遺伝子による継承という考え方や生物学的要素に根ざした人間の本性という考えそのものに敵意を持っていました(注50)。マルクスとエンゲルスは著作のなかで、人間には生まれつきの特徴や差異などないという「ブランク・スレート」の教義を明示的に採用したわけではありませんが、人間の本性には永続的な属性はなく、すべては変えることができるという確固たる見解をもっていました。つまり、人間の心は生得的な構造を持たず、ある歴史的な時期における社会的・物質的環境によって決まり、環境が変わるにしたがって、たえず変化するものであり、伝統的な制度や文化、宗教、機構は固有の価値を持たないと考えていました(注51)。具体的には、マルクスは次のように述べています。

・人間が環境をつくるのと同じくらいに、環境が人間をつくる。(注52)
・人間の存在を決定するのは人間の意識ではない。反対に社会的存在が意識を決定するのだ。(注53)
・人間の本質は各個人に本来的に備わっている抽象物ではない。人間の真の本性とは社会的関係の総体である。(注54)
・歴史はすべて人間本性の連続的な変化にほかならない。(注55)

 他にも、レーニンは政治家ニコライ・ブハーリンの「資本主義時代の人間という材料から共産主義の人間をつくりだす(注56)」という理念を支持していますし、レーニンの崇拝者だった作家のマキシム・ゴーリキーは「レーニンにとっての労働者階級は、冶金技術者にとっての鉱石である(注57)」と書き、「人間という原料を相手にするのは、材木を相手にするよりもはるかにずっとむずかしい(注58)」と記しています。このような「人の心は可塑性を持った柔軟なもので、環境によって自由に作り変えることができる」という考え方は、心理学において環境の優位性を主張する行動主義心理学に通底するものがあります。その創始者であるジョン・ワトソンは著書の中で次のように述べています。

私に心身共に健康な1ダースの赤ちゃんを与えてもらえれば、環境条件を調整して条件付けを駆使することによって、その子の才能や偏向、性癖、能力、適性、そして血筋に関わらず、私が選ぶどんな種類の専門家、医師、弁護士、芸術家、大実業家、更には、乞食や泥棒にさえもしてお見せすることを保証する。(注59)

 もし心が、生まれたときにはまっさらで構造がなく、経験によって利己心などが形成されるのであれば、適切な種類の心を望む社会は経験を管理しなくてはならないことになります。そのため、共産主義国家では、育児、教育、服装、娯楽、建築、芸術、そして食べ物やセックスにいたるまで、生活のあらゆる面を管理しようと試みました。例えば、チャイナやカンボジアでは、強制的な公共食堂、男女別の成人寮、子どもを親から引き離すことなどが実験としてくり返されてきました。共産主義の国で、共産主義支持者ではない人を矯正する際に使われる「再教育」という言葉も、人の本性や思考は教育などの環境によっていかようにも変えられるという信念に基づいています。
 環境がすべてを決めると考えている人たちは、自民族と他民族には本質的な違いはないと考えます。そのため左派は「一見違うように見える人も生まれた国や育ちの違いでそう見えているだけだ」と考え、社会的に置かれた立場(階級など)などで団結することに抵抗がありません。また、生まれつきの特性とされているものに基づく性差別や民族差別も、まったく不合理なものであるとして批判します。これに対して右派は、遺伝的要素を重んじ自民族と他民族を明確に分け、時として、他民族を別の生き物のように捉えることもあります。
 その例として、極右団体に人気の宗教的イデオロギーである「クリスチャン・アイデンティティ」運動に関わっているメンバーが持っている世界観をご紹介しましょう(注60)。驚くべきことに彼らは、神は白人で、旧約聖書における神と契約を結んだ民族(イスラエルの失われた十支族)はユダヤ人ではなく白人で、モーセは偉大なアーリア人のリーダーだったと考えています。また、ユダヤ人はイヴを誘惑した蛇の末裔であり、有色人種は獣姦によって発生した生き物だと捉え、白人のみが神の子で、他の人種は魂を持っていないと想像しているのです。彼らの思い描く終末論は、白人を滅ぼそうとするユダヤ人や有色人種に対する白人の徹底抗戦によって、彼らを逆に地上から消滅させるというシナリオになっています。この人種間の世界最終戦争シナリオは、どことなくヒトラーが抱いていた人種間の闘争のビジョン(第2章冒頭)とよく似ています。

 性を社会的に構築されたものに過ぎないと考える左派は、LGBTを誤った育児や好ましくない環境が原因となって発生した矯正できる病もしくは発育不全であると捉える傾向にあります。そのような思想的背景もあってか、第3章で述べたように旧共産主義国では、LGBTの権利を認めようとするよりも病気の一種として扱っていました。このようにブランク・スレート論は、子どもが思い通りに育たなかった親やLGBTの親に全責任を負わせ苦しめることにもなります。

 人間には生まれつきの特徴や差異などないという見方は必然的に平等主義を導き出します。このため左派は、すべての人間は等しく、基本的な倫理観と才能のポテンシャルを有すると考え、不平等に不寛容になります。そして、不平等や犯罪の原因を、環境(劣悪な家庭環境、差別、不十分な教育制度など)や構造的な不正(労働者を搾取する資本主義や、顧客を騙す大企業、植民地主義による搾取など)にあると考え、これらを無くすよう働きかけます。
 一方、右派は遺伝の影響を重く見ることで、「人間としてのできが違うのだから不平等なのは当たり前だ」と考える傾向にあります。実際に、知能が個人の安定した属性の1つであること、脳の特徴(全体的なサイズ、前頭葉の灰白質の量、神経伝達の速度、大脳のグルコース代謝など)と関連づけられること、部分的に遺伝すること、そして収入や社会的地位など、人生の結果の一部が知能から予測されることを示す所見が豊富にあります(注61)。
 右寄りの政策や発言で有名なトランプ元大統領はこのような知能の遺伝学をいたく気に入り、自分の叔父がマサチューセッツ工科大学の教授(「天才的な学者」)であることが、自分が「優れた遺伝子、きわめて優れた遺伝子」を持っている証拠だと、ことあるごとに口にしていました。最初の閣僚を任命した際にも「われわれは、かつて組織されたあらゆる内閣の中でもずば抜けてIQが高い」と公言しています(注62)。
 右派は、人を遺伝子や出身地で判断しやすいことから、先進国や豊かな国の人に対しては寛大で親切な態度を取ることもあります。例えば、朝日新聞の金成隆一記者が2017年4月にアパラチア山脈の町、ケンタッキー州パイクビルで行われた白人至上主義団体の集会を取材した際に、日本人だとわかるやいなや親切にされたことを次のように報告しています。

 会場は白人ばかり。記者は好奇の目にさらされたが、日本から来たと自己紹介すると彼らの態度が変わった。敬礼する者もいる。
 KKK(クー・クラックス・クラン)の名刺を差し出してきた若者が言った。「私は(戦前の)帝国主義時代の日本を尊敬している。みんな同じだ。どの民族にも固有の文化があり、尊重されるべきだ。日本は模範だ」
 白人の優越を信じているのかと質問すると、口々に否定した。「日本人にIQテストで勝てないのは自明だ」。一人が冗談っぽく答えると、隣の男性がまじめな顔で続けた。「私の本業は自動車の修理工だが、日本車の方が米国車よりも優秀だ。白人の方が優れていると言うつもりはない。ただ、それぞれの民族が固有の土地を持つべきだと言っているだけだ」(朝日新聞2017年8月29日朝刊「再びうごめく白人至上主義 デモ衝突で犠牲者 米に深い傷」より)

 つまり右派は、どんなよそものも軽蔑したり排除したりするというような単純な話ではなく、生まれや血統で人を判断し、これまで経済や学問、文化の面で成功を収めてきた国民や民族をしっかり評価して、尊敬する側面もあるということです。


50. Berlin, I. 1996. The Sense of Reality: Studies in ideas and their history. New York: Farrar, Straus and Giroux; Besançon A. 1981. The intellectual origins of Leninism. Oxford: Basil Blackwell; Besançon A. 1998. Forgotten communism. commentary, 24-27; Bullock, A. 1991. Hitler and Stalin: Parallel Lives. London: Harper Collins; Chirot, D. 1994. Modern tyrants. Princeton, N. J.: Princeton University Press; Glover, J. 1999. Humanity: A Moral History of the Twentieth Century. London: Jonathan Cape; Minogue, K. 1985. Alien Powers: The Pure Theory of Ideology. New York: St. Martin's Press; Minogue, K. 1999. Totalitarianism: Have we seen the last of it? National Interest, 57, 35–44; Scott, J. C. 1998. Seeing Like a State: How Certain Schemes to Improve the Human Condition Have Failed, New Haven and London, Yale Agrarian Studies, Yale University Press; Sowell, T. 1985. Marxism: Philosophy and economics. New York: Quill; Archibald, W. P. 1989. Marx and the Missing Link: Human Nature. Atlantic Highlands, N. J. Humanities Press International; Bauer, R. A. 1952. The New Man in Soviet Psychology. Cambridge, Mass.: Harvard University Press; ジョン・プラムナッツ『近代政治思想の再検討』〔第5巻 マルクス〕藤原保信ほか訳 早稲田大学出版部 1978; Plamenatz, J. 1975. Karl Marx's Philosophy of Man. New York: Oxford University Press; ピーター・シンガー『現実的な左翼に進化する 進化論の現在(シリーズ「進化論の現在」)竹内久美子訳 新潮社 2003; Stevenson, L., & Haberman, D. L. 1998. Ten theories of human nature. New York: Oxford University Press; Venable, V. 1945. Human nature : The Marxian view. New York : Knopf.
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53. Marx, K. 1859/1979. Contribution to the critique of political economy. New York: International Publishers, Preface.
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55. マルクス『哲学の貧困』山村喬訳 岩波文庫 1950ほか 第2章
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59. Watson, J.B. 1930, Behaviorism (Revised edition). Chicago: University of Chicago Press.
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62. Strauss, “President Trump Is Smarter Than You. Just Ask Him”; Donald J. Trump, “Remarks at the Central Intelligence Agency in Langley, Virginia,” January 21, 2017, the American Presidency Project, presidency.ucsb.edu/node/323537.

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