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公衆衛生と医療の進歩による自由化【連載】人を右と左に分ける3つの価値観 ―進化心理学からの視座―

※本記事は連載で、全体の目次はこちらになります。第1回から読む方はこちらです。

 これまでの議論を踏まえると、現代の公衆衛生と医療によってある国の感染症や寄生生物量を減少させて寄生生物によるストレスを少なくできれば、男女が平等で、富が公平に分配され、個人の権利がはるかに広い範囲に及ぶ民主主義国家に変えることができる可能性が見えてきます。このような寄生生物ストレスの急減は、先進国のみならず、世界保健機関(WHO)などの支援を受けている途上国でも着実に進んでおり、世界中で健康、教育、自由、人権意識、差別、格差などが軒並み改善し、民主主義が拡大を続けていることが、スティーヴン・ピンカーの大著『21世紀の啓蒙』で詳説されています。

 その顕著な例が米国におけるベビーブーマー世代です。彼らは、たんに広範に及ぶ幼少期の予防接種の恩恵を受けた最初の世代であるだけでなく、個人主義、開放性、人種間の寛容(人種をまたいだ交際)、国際主義などが爆発的な増加を見せた最初の世代でもあります。彼らは、公民権運動、平和運動、新左翼、サイケデリック革命、ヒッピー文化、ロック音楽、女性解放運動(ウーマンリブ)、セックス革命、「自分(ミー)」世代など様々な形で、左翼的な文化・活動を展開し、アメリカ社会に大きな影響を与えてきました。そして、右派がこれまで頑なに守ってきた「文明化した、礼儀正しい振る舞いを内面で司る自制心」や「社会的なつながりが伴う義務感」、「結婚と家族生活に関する伝統的な価値観」を嘲笑の対象としたカウンターカルチャーを花咲かせました。
 右派がこだわる清潔さを嘲笑うかのような価値観は、当時のロックバンドのアルバムジャケットからも容易に見て取れます。例えば、ザ・フーのアルバム『セル・アウト』のジャケットでは、口からソースを垂らしたロジャー・ダルトリーがベイクドビーンズの「お風呂」に浸かっていますし、1971年の『フーズ・ネクスト』のジャケットには、立ち小便をし終わってズボンのチャックを上げる4人のメンバーが写っています。ビートルズの『イエスタデイ・アンド・トゥデイ』には、肉片とバラバラになった赤ん坊の人形が使われましたが、これは発売後すぐに回収されています。他にも、ローリングストーンズの『ベガーズバンケット』には不潔な公衆トイレの写真が使われていました。
 ただし、このような医療の進歩による自由化も新たな病原菌が流行すると、後退を余儀なくされます。例えば、ディスコ時代の陰部ヘルペス流行や1980年代のエイズ危機、そして最近の新型コロナウイルス流行によって感染症を再び恐れる必要性が出てくると、人々が恐怖信号に敏感になることで保守反動が起こり、その感染流行地域を再び右寄りに押し戻します。


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