伝統的な性役割、性道徳に対する考え方の違い【連載】人を右と左に分ける3つの価値観 ―進化心理学からの視座―
※本記事は連載で、全体の目次はこちらになります。第1回から読む方はこちらです。
第1章で触れたように、RWAテストで左派は、ヌーディスト・キャンプや婚前交渉には何も悪いことはないと考える傾向にあります。一方、右派はこういった自由奔放な性生活を認めにくく、「私達の道徳的基準を守るためには逸脱した集団やトラブルメーカー達を厳しく取り締まらなければならない」と性道徳に対して厳しい立場を取ります。
また、伝統的な性役割に関しても右派は伝統的な慣習としてこれを尊重するのに対して、左派はそれらを尊重せず、不必要であると捉える傾向があります。
これが「部族主義」を構成する3つの概念のうちの「性に対する不寛容」で、右派ほど肉体的にも精神的にも純潔を求め、欲望の抑制や貞節に価値を置くだけでなく、女性に従来の性役割(子どもを産んで家庭を築く)をまっとうさせようとします。これに対して、左派は性に寛容であるだけでなく、女性の自由な行動や意思決定を尊重し、女性を旧来の役割に縛り付けている家父長制の影響を社会から無くそうとします。
海外の研究でも、右派は「男らしさ」や「女らしさ」のような性役割を求める傾向にあることが報告されています。これは、カリフォルニア大学バークレー校の二人の発達心理学者が実施した研究で、カリフォルニア州バークレーとオークランドの23歳の男女を調べたものです(注42)。その結果、右派の男性と女性は性格的に極めてよく似ているものの、男性は「男らしさ(マッチョ)」を重視し、競争に勝つことを熱望するだけでなく、道徳的な判断を下しがちで、おせっかいなアドバイスをする傾向にあることがわかりました。これに対して右派の女性は、自分の行動を社会的な規範(礼儀)に合わせようとする傾向が見られました。
三島由紀夫などを思い返していただければわかるように、一般的に右派ほど男らしさを強調する傾向にあります。例えばドイツのネオナチはスキンヘッドをトレードマークにしていますし、イスラム教圏では、男性は髭をたくわえることを義務としています。右翼作家の百田尚樹がスキンヘッドなのも偶然ではないかもしれません。
この「男は男らしく、女は女らしくあるべき」という伝統的な性役割の価値観と相容れないのが同性愛者です。そのため、どの国でも右派は左派よりも同性愛に反対する傾向にあります。右翼的な権威主義国家では同性愛が刑事罰とされていることも珍しくありません。一方、リベラルな先進国では個人の自由が尊重され、すでに多くの国で同性愛婚が合法化されています。
米国のピュー研究所が2010年に行った調査(注43)でも、共和党支持者は民主党支持者に比べて、2倍以上(65%と30%)も「同性愛カップルが子どもを育てることが増えることは、社会にとって好ましくない」と信じています。2004年に行われた全米選挙研究(ANES)による調査でも、民主党支持者の52%が同性愛結婚を支持していたのに対して、共和党支持者でこれを支持する人は17%しかいませんでした。
ただし、これにはキリスト教の教えが関係している可能性もあります。同性愛は聖書で性的逸脱とみなされており、宗教上の罪だとされているのです。たとえば、新約聖書のパウロ書簡では、「偶像崇拝や婚前性交渉、魔術や占いをする者と共に『男色する者』は神の国を相続しない(第一コリント6章9―10節)」とあります。
しかし、同性愛を否定するような価値観のない日本でも、政治的志向によって米国と同じくらい両者の意見が分かれることが大規模な調査でわかっています。これは、国内に在住する40歳から69歳の男⼥、合計1495名から得た回答を基に実施された同性婚に関する意識調査(注44)で、右派政党の自民党支持者では、同性婚に反対の割合が41.5%と最も高く、日本維新の会の支持者が30.9%と、これに続いています。一方、左派政党の支持者を見てみると、社会民主党が0.0%、れいわ新選組が6.9%、日本共産党が20.6%、立憲民主党が20.9%となっており、右派政党と左派政党の支持者で、米国と同じ2倍近い開きがあることがわかります。
最近の日本でも、自民党の杉田水脈議員が、2018年8月号の『新潮45』への寄稿で、性的少数者(LGBT)を「彼ら彼女らは子供を作らない、つまり『生産性』がない。そこに税金を投入することが果たしていいのかどうか」と行政による支援を疑問視し、物議を醸しました。2021年5月にも、同じく自民党の簗和生議員が党会合で、LGBTについて「生物学上、種の保存に背く。生物学の根幹にあらがう」といった趣旨の発言をしていたことが複数の出席者によって明らかにされ、非難を浴びています。
第3章で左寄りの旧共産主義国であるロシアとチャイナも同性愛に対する嫌悪感が強いことを紹介しましたが、現代の右翼的な権威主義国家では、いまだに同性愛が違法とされている国が少なくありません。イスラム教では同性愛は罪に当たり、イスラム教徒が急増している東南アジアでもLGBTに対して過酷極まりない刑罰を科す動きが広がっています。例えば、イスラム教国であるブルネイでは同性愛行為や不倫に対し、投石による死刑を課すという衝撃的な刑法が2019年4月から施行されています。マレーシアでも2018年9月に、同性愛行為を認めた女性2人に対してむち打ち刑が執行されました。さらにインドネシアの保守的な州では同性愛者の逮捕が相次いでおり、アチェ州では、2018年に同性愛行為を行った男性2人に対して公開むち打ち刑が執行されています。
婚前交渉についても、右派は厳しい態度を取ります。例えば、2010年におこなわれた米国における調査(注43)で、「結婚していないカップルが子どもを作ること」について尋ねたところ、民主党支持者は30%が認めなかったのに対して、共和党支持者は2倍近い61%もの人が認めないと回答しています。また、共和党支持者は、「正式な家庭を持たないことは社会にとって悪である」と考える割合が約半数を占めたのに対して、民主党支持者では、17%しかいませんでした。
このように右派は貞操や恋愛関係の純潔、正式な家庭を尊重する傾向にあります。実際に、心理学者のロバート・アルテマイヤーは、RWAスコアの上位4分の1を占める人(つまり右派)は、下位4分の1を占める左派と比べて2倍も、性交を未経験であることを発見しました(注45)。この結果を、性別に分けて調べてみたところ、右派の男性と左派の男女は概ね、大学生になる前に性交を経験していたのに対して、右派の女性は処女を保っている割合が髙かったことがわかりました。つまり、右派の女性に貞操観念が強い傾向が見られたということです。
アラブ諸国のような右翼的な権威主義国家では、婚前交渉は時として命に関わる問題になります。このようなイスラム社会には婚姻拒否、強姦を含む婚前・婚外交渉、駆け落ちなど自由恋愛をした女性や、これを手伝った女性らを「家族の名誉を汚す」ものと見なし、親族がその名誉を守るために私刑として殺害する風習(名誉殺人)があるのです。
他にも右派は、ポルノグラフィティーなども性的な乱れを引き起こすとして批判の矛先を向けます。RWAテストでも右派は、「適切な政府が雑誌や映画を検閲して、くだらないものを若者から遠ざけることができれば、誰にとっても最善である」という設問に同意する傾向にありました。このように右派の政治家は国を問わず、ポルノグラフィティーに反対する傾向にあります。
日本でも石原慎太郎元東京都知事が、2010年にアニメやマンガ、ゲームなどに登場する18歳未満と判断される架空の人物の性描写を規制対象とするために、青少年健全育成条例の改正案を都議会に提出しました。この改正案では、実在しない人物でも、レイプや近親相姦、性犯罪など著しく社会規範に反する行為を肯定的に描写した作品を18歳未満には売らないことを販売者に義務づけることなどを定めています。これに従わなかった場合は、罰金(30万円以下)が科せられます。石原は代表質問や所信表明で「児童ポルノや子どもへの強姦などを描いた漫画の蔓延や保護者が幼い子どもを性的写真集の被写体として売り渡す行為を非難し、児童ポルノの根絶とこれらの図書類の蔓延の防止に向けて都が対策に取り組むべきだ」と語り「子供たちの目に触れさせてはならない漫画が、通常の書籍と並んで置かれている状況を改善するため、これ以上の猶予は許されない」と訴えました。これに対して、出版界などは「表現の自由が侵される」と批判し、角川書店は東京国際アニメフェア2011への出展をとりやめたことも記憶に新しいと思います。
注
42. Jack Block, Jeanne H. Block, “Nursery school personality and political orientation two decades later”, Journal of research in personality, Vol.40(5), 2006, pp.734-749.
43. Pew Research Center, “The Decline of Marriage and the Rise of New Families,” Social and Demographic Trends (2010).
44. 石田仁・岩本健良・釜野さおり, 2020,『同性婚に関する意識調査 報告書』結婚の自由をすべての人に(Marriage for All Japan)ウェブサイト.
https://www.marriageforall.jp/wp-content/uploads/2020/10/同性婚に関する意識調査報告書_公刊版.pdf
45. R. Altemeyer, “Enemies of Freedom: Understanding. Right-Wing Authoritarianism”, 1st ed. (San Francisco: Jossey-Bass Publisher, 1988).
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