東京23区のLGBTフレンドリー物件の空間的分布の特徴
1.LGBTフレンドリー物件とは
現在、複数の不動産情報サイトでは、「LGBTフレンドリー」であることを検索条件として、物件を検索することができるようになっている。今回調査対象として使用したSUUMOでは、2017年8月よりそのサービスを提供しており、間取りや最寄り駅と同様に、「LGBTフレンドリー」であるか否かも物件を検索する際の尺度として、利用できるようになっている。そもそも、LGBTフレンドリー物件であることが明記されていないと、彼らが物件を借りる際に入居を拒否される可能性があるということ自体が、いまだにコミュニティへの偏見が根強いことを意味しており、疑問を感じる部分ではあるのだが、こういった機能を利用できることは彼らの物件探しへの困難を少しでも和らげていることは間違いないだろう。
2.LGBTQI+コミュニティの物件探し
従来、同性同士の場合、「友人」というかたちであっても物件を借りることが難しいといわれているが、「カップル」という形だとさらにオーナーが偏見を持っているがゆえに入居審査を断られるというケースも少なくない。実際、私の周囲にも、入居を拒否されるまではいかずとも、入居手続きの際に色眼鏡で見られた、気まずい雰囲気になったという友人がいた。
3.解析手法
今回は、LGBTフレンドリー物件を検索するにあたり、大手不動産情報サイト「SUUMO」の物件情報を使用した。SUUMOには入居条件として「LGBTフレンドリー」を選択する項目があり、この項目にチェックを入れると、対象エリアの「LGBTフレンドリー」のみが検索結果として表示される。
SUUMOの検索結果画面より、「部屋ごとに表示」を選択すると、部屋ごとに物件の詳細情報が表示される。この画面から、東京23区内の物件について、「間取り」「賃料」「築年数」「面積」「住所」の情報を、統計プログラミングソフト「R」を用いてスクレイピングを行い、解析に用いた。
4.東京23区内の総物件数と空間的な分布状況
まず、東京23区内の2023年9月現在の総物件数とその空間的分布について調査した。ブルーが濃い地域ほど、小地域内(丁目)内の物件数が多い。調査日時点での総物件数は182,901件だった。
全体的には、鉄道路線沿いに物件数の多いエリアが放射上に広がりを見せているが、特に城西エリアである中野区・杉並区・世田谷区の環状七号線の周囲を中心に小地域あたりの物件数が多いことがわかる。これは、中央線にもオーバーラップしており、山手線を挟んで東側に位置する城東エリア(墨田区・江東区・江戸川区付近)でも総武線沿いに物件数が多い傾向がある。
次に、東京23区内の物件数の空間的分布の傾向について、空間的自己相関の指標を用いて解析する。
今回の場合は、この指標を用いることで、ある地域の物件数が、近接する地域と似たような数値となっているか、を解析することができる。まず、東京23区全体の大域的空間的自己相関(Global Moran's I Index)を計算する。
Global Moran's I Indexは-1から1までの値をとり、1に近いほど正の空間相関があり、-1に近いほど負の空間相関がある。今回の場合、0.4601698338だったため、物件数にはやや空間的な自己相関があるといえる。これは、簡潔に説明すると「物件数の多い地域の周囲には、物件数の多い地域が集まっている」ことを意味する。鉄道駅の周辺等の利便性の高い地域の周囲には、賃貸物件が集まると予測できることから、この空間的な傾向は信ぴょう性が高いといえるだろう。
次に、局所的空間自己相関(Local Moran's I Index)を求める。局所的空間自己相関では、物件数が多い地域が空間的に集中しているホットスポット「High-High Cluster」(HH)、物件数が少ない地域が空間的に集中しているクールスポット「Low-Low Cluster」(LL)に加え、近接する地域よりも顕著に物件の多い地域「High-Low Outlier」(HL)、および近接する地域よりも顕著に物件の少ない地域「Low-High Outlier」(LH)を特定することができ、地域の物件数の空間的な分布傾向がより詳細に分析可能となる。
図2と同様に、物件数の多い城西エリアにホットスポット(HH)が集中している。ホットスポットの周縁部に一部比較的物件数の少ない「Low-High Outlier」(LH)が点在している。一方で、皇居周辺や都心から離れ、鉄道路線(ピンク破線)から離れた利便性の23区の外縁部およびはクールスポット(LL)が広がっている。
5.LGBTフレンドリー物件の空間的分布の特徴
次に、東京23区内の2023年9月現在のLGBTフレンドリー物件の数とその空間的分布について調査した。ブルーが濃い地域ほど、小地域内(丁目)内の物件数が多い。調査日時点での総物件数は6,710件だった。これは、総物件の3.6%にあたる。
総物件では、城西エリア(杉並区・中野区・世田谷区)に物件が集中していたが、LGBTフレンドリー物件は、城西エリアの物件の広がりがやや限定的たった。一方、ほぼ同心円状に位置する城東エリア(墨田区・江東区・江戸川区)周辺にも、物件の多い地域が広がっていることがわかる。これは総物件数自体の多い総武線沿いにもオーバーラップしているが、同じく総物件数の多い杉並区・中野区と比較しても、特に物件の多い地域(濃青で塗られた地域)がみられることから、LGBTフレンドリー物件独自の分布の特徴といえる。
他方、図4・図5より城東エリアに比較的多くのLGBTフレンドリー物件が供給されている特徴が確認できたが、これらは総物件数の多い地域とも重複している傾向にあった。従い、小地域内の総物件数あたりのLGBTフレンドリー物件数の割合を見ることで、地域全体の物件数と比較しても、LGBTフレンドリー物件が多い地域を探っていく。
総物件数に占めるLGBTフレンドリー物件の割合を可視化することで、小地域あたりの総物件数およびLGBTフレンドリー物件の数とはまた異なる特徴が見えてきた。まず、LGBTフレンドリー物件の数と同様に、墨田区・江東区・江戸川区を中心とする城東エリアにLGBTフレンドリー物件の割合が高い地域が集中していることがわかった。一方で、総物件数およびLGBTフレンドリー物件の数が、環状7号線周囲の、中央・総武線をはじめとする鉄道路線および駅周辺に多い傾向がみられるのに対し、LGBTフレンドリー物件の割合が高い地域は環状7号線よりも外側の23区外縁部や鉄道路線から離れて地域にも点在していることが分かった。具体的には、これまで物件数の多い地域として表れてこなかった練馬区や足立区の外縁部にLGBTフレンドリー物件の割合の高い地域(濃青で塗られた地域)がみられる。
次に、総物件数に占めるLGBTフレンドリー物件の割合の大小について、空間的自己相関の指標を用いて解析を行った。まず、23区全体で空間的自己相関の傾向がみられるかを占める大域的空間的自己相関(Global Moran's I Index)を求めた。今回の場合、0.1959965025 だったため、LGBTフレンドリー物件の割合が高い地域に、空間的な集中傾向はあまりないという結果になった。
一方、局所的空間自己相関(Local Moran's I Index)を用いて、物件数の割合が高い地域が空間的に集中しているホットスポットおよび物件数の割合が低い地域が空間的に集中しているコールドスポットが算出できるため、図8の通りに可視化した。図6および図7と同様に、墨田区・江戸川区と、江東区の北部・葛飾区の南部を総武線沿いを中心に、ホットスポットがみられ、その周囲の比較的LGBTフレンドリー物件の割合の高い地域は、「Low-High Outlier」(LH)が広がっている。また、板橋区・杉並区周辺の環状7号線の総物件数の多いエリアに、LGBTフレンドリー物件の割合の高い地域が比較的集中したホットスポットが点在している。
6.まとめ
本記事では、東京23区のLGBTフレンドリー物件の空間的分布の特徴について、全体の物件特徴と比較しながら分析を行った。その結果、下記の特徴が明らかになったといえる。
地域内のLGBTフレンドリー物件の供給量は、一定程度総物件数とも比例している。
一方で、物件自体の供給量の多い城西エリア(中野区・杉並区・世田谷区)と比較して、城東エリア(墨田区・江東区・江戸川区)を中心にLGBTフレンドリー物件が多い特徴がある。
また、総物件数に占めるLGBTフレンドリー物件の割合の多い地域をみると、城東エリアに加え、鉄道駅から離れた23区外縁部に分布している傾向もみられた。
上記より、「LGBTフレンドリー物件が、城東エリアを中心に広がっている」という総物件でみたときとは異なる分布の特徴を示すことが分かった。下記2つの住みたい街ランキング・住みやすいと思うランキングにおいても、総物件数に比例し、トップ10には世田谷区(4位)・杉並区(7位)・中野区(9位)といった城西エリアがランクインしている一方で、LGBTフレンドリー物件の割合の比較的高い城東エリアは、17位の台東区が最高位となっている。
また、図6~図8の小地域単位でみても、鉄道駅から遠く、比較的利便性の低いエリアにLGBTフレンドリー物件の割合の高いエリアが広がっているという特徴がみられた。従い、LGBTフレンドリー物件は、立地条件において、相対的に価値が高いとは言えないエリアを中心に広がっている可能性が示唆できる。
これらより、”LGBTフレンドリー”という条件は、「不動産価値の比較的高くないエリアにおいて、物件の付加価値を高める要素」として浸透している可能性があるのではないかと推察する。近年、城東エリアでも都心へのアクセスの利便性から半蔵門線や大江戸線の地下鉄駅の周辺を中心に、人気のエリアもみられるが、全体的な物件の供給量や上述のランキングという観点からも、城西エリアの相対的な人気は根強いといえる。その点で、城東エリアの物件への吸引力を高めるため、”LGBTフレンドリー”という条件を取り入れていると考えてもいささか間違いではないように感じる。
”LGBTフレンドリー”という条件が適用されていることが、本当の意味でのLGBTQI+コミュニティへの理解を広がりを表すものであればいいのだが、それがもしも本当に「商用」としての道具に落とし込まれているのならば悲しい事実でもある。一方、本分析はあくまでもLGBTフレンドリー物件の空間的な分布というある一つの側面からの分析に過ぎず、この結果のみで多くを類推することはできない。しかし、統計データが少なく、実態についていまだに多くが把握できていないLGBTQI+コミュニティとそれを取り巻く環境を理解するうえでの、一つの参考として資すると嬉しい。
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