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【歴史小説】『法隆寺燃ゆ』 第五章「法隆寺燃ゆ」 中編 13

 大船が到着した翌日、湊にまた船が現れた。

 倭の船だと分かると、湊中が湧き上がり、長い遠征の疲れで休んでいた兵士たちも驚き、出迎えた。

 それ以降、続々と船が入ってきた。

 百済の民を乗せた船だけなく、兵士や荷方を乗せた準構造船 ―― 小舟も次々に姿を現す。

 これはひょっとすると………………と思っていると、4日目の朝、見慣れた小舟が湾内に現れ、湊へと静かに入ってきた。

 その頃になると、みんな飽きてきたのか出迎えも少なかったが、黒万呂は少し期待して岸壁に向かった。

 はたして、馬手たちであった。

「黒万呂!」

「頭!」

 久々の再会に、抱き合って喜んだ。

「生きてたんか!」

「頭たちこそ! 大丈夫だったんですか? あの嵐で波に呑み込まれたかと」

「はははは、悪運強いからな、何とか生き延びた」

 黒万呂は、心の底から喜んだ。

 身分は違えど、ともに斑鳩を出征した仲間である、喜ばないはずがない………………が、ひとり斑鳩の地に帰らなければならない苦痛から逃れることができる………………ひどく個人的な理由で喜んでいた。

「みんなは?」

 弓削の笑顔が見える。

 小徳は少し疲れているようだが、手を振っている。

 百足も元気そうだ。

 鳥は………………

「鳥は……」、流石にあの傷で、あの嵐を渡りきるのは無理だったようだ、「あと少しやったんや」

 弓削は口惜しそうに言った。

「でも、こうやって故郷(くに)の土地を踏めたんや」

 みんなで舟から鳥を下ろし、その遺体を大地に寝かせた………………青白い顔だったが、どこか嬉しそうだった。

 その夜、黒万呂たちは互いの無事と再会を喜び一杯やろうと話し合ったが、そうはいっても酒などないのだが、翌日黒万呂の所属する大伴軍が飛鳥へあがることになり、馬手たちも彼らに着いて上がっていくことにした。

 酒宴は中止になった。

 みんな疲れているようだったが、一日でも早く斑鳩に戻りたいという一心だった。

 鳥は、髪を切り取り、長津の地に埋めた。

「お前は幸せ者やで、鳥、故郷で眠れるんやからな」

 男たちはひとりずつ花を手向け、すすり泣いた。

「泣くな、馬鹿たれ! ワシらは帰れるんやで。泣いたら、鳥たちに悪いがな」

 そういう馬手も泣いていた。

 行きは船であったが、帰りは徒歩となった。

 元来大伴軍は船を持たない ―― 船も朝廷が用意したものだ ―― その船も先の戦闘と嵐で、瀬戸の内海を渡るのすら困難になっている。

「歩きか……、大変やの……」

 と、百足はぼやいたが、

「もう船はええわ、歩きのほうが沈まんでええ」

 との小徳の言葉に、

「そらそうや」

 と、みな笑いあった。

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