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創作大賞感想「街中華のマトリックス」

図書館の自習室、私は資格試験の勉強をしていた。そのために図書館に来たのだ。
最近仕事や勉強、日々の投稿など色々な「自分ごと」で頭の中も使える時間もいっぱいいっぱい。正直noteを覗いても長編の小説やじっくり読み込まなければならないものは「今はちょっと読めないかも」と避けていたり、新しい記事を読みに行くこともなかなかできずにいた。

しかし、読みたいと思っているのになかなか読めなかったり気が進まなくなる自分もいれば、今は読んでいる場合じゃない勉強しなきゃと思うと、いつの間にかnoteを開いている自分がいる。私にとって読むことは意欲なのか、それとも逃げなのか。


進めていた勉強の単元が一区切りつき、ずっと前屈みになっていた上体を起こしてぐぐーっと後ろに伸びる。そして、何の気なしに携帯を手に取ってnoteを開いた。
ふと目に入ってきたのは、山羊さんのアイコンだった。
あ、山羊さん、久しぶりにお名前を見た気がする。いや、私が前よりもnoteにいなくなっただけだろうか。
なんとなく、しばらく会っていなかった友達を偶然街で見かけた時のような気持ちになり、私はぱっと表示されていた投稿を開いた。

タイトルから、ちょっと面白いエッセイというか街中華に行った時のエピソードかしらなんて勝手に想像して、読んでみたいと思った。勉強の合間の息抜きのような気持ちだった。
しかし、その予想は大きく外れた。
いや、山羊さんがそんな生ぬるいものを投下する人ではないと知っていたはずだ。
きっと読むべくして、出会ってしまったのだ。


数行読んで、私はするするとその世界に引き込まれていった。そして作中の佐藤がさらりと言った一言に、主人公が思わず箸を止めるのと同じくして一瞬ぴたっとフリーズした。

あ、これ…読むの今じゃないかも。

音のしない地響きのような、怖いのに知りたいみたいな不思議な吸引力。
これ多分、休憩の合間になんてそんなさらりと読んで帰って来れるやつじゃない。ずどんとくらうやつだ。

そう思った。でも無理だった。もう遅かった。
文字を追う目が、スクロールするその手が止められない。
私は一瞬の迷いを即刻無視して読み進めた。心がざわざわして、じっくり味わいたいのに堪えきれずに丸呑みするようなスピードで読んだ。
まるで、作中に登場する中華料理を2人がどんどん平らげていくように、目の前に現れる熱々の料理に火傷覚悟で喰らいつくくらい、勢いよく読んだ。久しぶりに私の中に猛烈な「読みたい」が駆け巡った気がした。


携帯の画面から目が離せず夢中になりながらも、一度図書館を出る。
このままではここで声を漏らしたり、唸ったりしちゃうかも。それはよろしくない。
近くの公園に移動して、周りに人がいないベンチに座り、思う存分「あぁぁ」とか「ぐぅ…」とか「ぷふふ」とか色々な声を漏らしながら続きを読んだ。
日が落ちて暗くなった公園は、完璧なロケーションだった。
物語の中の公園と自分がいる場所がリンクして、私も佐藤と兄ちゃんとその仲間たちと、一緒にカップラーメンを食べたいと思った。


この作品には、ぐらぐらと沸くようなパワーとエネルギー、そして颯爽と駆け抜けるスピード感みたいなものがあると思う。

会話の途中で出てくる世間話のような何気ないエピソードの一つ一つが、登場するキャラクターの愛らしさやそれぞれのカラー、人間らしさみたいなものを膨らませる。それらがぽんぽんとテンポよく盛り込まれつつ話が進んで、絶品の街中華と共に平らげていくような気持ちになるのだ。

そうだ、「読む」よりも「平らげる」が近いかもしれない。
ごはんをぺろりと食べ尽くす、という意味でもあるが「平らげる」には、"平定する。討ちしずめる。退治する。取り除く。"というような意味合いもある。
今はもう引きこもりではなくなったという兄ちゃんにどこか安心しながらも、どんなことが起こって、どのように乗り越えたかを知る過程が、ちょっと意味は違うかもしれないが私の中では平らげるに近い感覚を覚えたのだ。

どんどん料理が出てきて勢いよくそれを喰らいつくしながら、主人公と佐藤、最終的には店のおやじさんも一緒にジェットコースターのような兄ちゃんの人生を聞いて、一緒に味わい、飲み込み、心の中に落としていく。
楽しいことばかりではない。辛い局面もあるのについ笑ってしまったり、ポジティブなエネルギーが溜まっていくような不思議なパワーがある。

街中華と瓶ビール。そして強火を使った食事はどこからか抜け出す力を生み出すのかもしれない。

「街中華のマトリックス」より

これは、まさに正解だと思う。
汗をかき、熱さも辛さも思いっきり受け止めながらそれを自分の体に入れて、勢いよく流し込んでエネルギーにする。作中に並ぶ料理やそれを食べる姿勢は、まるでこのストーリーそのもののような気もした。
浸らず沈まず立ち止まらず、どこまでも軽快で時に滑稽で、テンポよく進むけれどしっかり温度があって、読み終わるととても前向きな気持ちになれる、そんな作品だった。


ほんのちょっとの息抜きのはずが、私は勉強をする手を止め、図書館も飛び出して、改めて2度3度読み返してから今これを書いている。
山羊さんと「街中華のマトリックス」のおかげで、ここしばらく消えかけていた「読みたい」と「書きたい」の気持ちに、再び息を吹き込まれてしまった。

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