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【コインランドリー】1. 回る。  -全3編-


今日は4限の講義が急になくなり、僕はいつもより早く大学を出た。
最寄り駅に降り、見慣れた街を歩く。
ちょうど下校の時間なのか、いつもはあまり見ない小学生たちがきゃあきゃあと騒ぎながら縦横無尽に道を歩いている。
元気なのはいいがちょっと邪魔だななんて思って僕は脇道に入り、住宅街の静かな道の方を選んで歩いた。
道の先には一人、とぼとぼ歩くひょろっとした小学生がいたが、うるさくないのでまぁいいだろう。時々立ち止まったり、しゃがんで何かを見ているその少年を、僕はすたすたと追い越そうとした。


「ねぇ、もう学校終わったの?」


少年を抜き去ろうとした時、その子が後ろから駆け寄ってきた。
一度きょろきょろと周りを見渡すが誰もいない。
どうやらというか、やはり、僕に話しかけているようだ。
ちょっと戸惑いながらも無視することもできず、そのまま歩みを止めずに「そうだよ。」と答えた。

「ぼくも、学校終わったんだ。これからどこに行くの?」
少年はそのままついてくる。
「どこにも行かないよ。家に帰ってるところ。」
どう接していいかわからず、少しそっけなく答えてしまった。
「ぼくも。みんな、公園に行ったり、習い事に行くんだけど、ぼくは帰るだけ。」
「へぇ。友達と一緒に公園行けばいいじゃん。」
「行けないんだよ。誰も呼んでくれないし...友達、いないんだもん。」

なんとも返しづらいことを少年は打ち明けてくる。
どう相槌を打てば良いのか。考えながらも適当に話を繋ぐ。
「ふーん。...今何年生なの?」
「4年生。」
「そっか。あー...よくわかんないけど、でも大丈夫じゃない?きっとこれからなんとかなるって。」
「そうかなぁ...。」
「大丈夫大丈夫。そんな時期、誰でもあるよ。」
「お兄さんもあった?」
「うーん、そうだな。あったような気もするけど、まぁとにかく中学生になったり、もっと大人になったら新しい出会いもあるし友達もできるよ。」
励まそうにも言葉が見つからず、適当に答えてしまった。
「ふぅん、そっか。そうだといいなぁ。」
そんな僕の言葉に、ちょっとほっとしたように少年が言う。

なんとなく放っておけないような気もしたが、まさか自分が友達になってあげる訳にもいかないし、それに、この名前も知らない少年のちょっと深刻そうな悩みを、これ以上聞くのが正直めんどくさくなっていた。

「えーと、帰り道、こっちだから。じゃあね。」
「うん、バイバイ。」
少年は少し寂しそうな顔をしたが、にこりと笑ってまっすぐ歩いていった。本当は帰り道は少年と同じ直進だったが、適当な理由をつけてあえて道を曲がってしまった。
一人っ子で弟などもいない僕にはこれ以上、あの少年と会話を続けられる自信がなかった。


あまり知らないその道を進むと、右手にコインランドリーが見えてくる。
親の転勤で昔この街に引っ越してきてから、なんとなくそのまま家の近くの大学に進学して、かれこれ10年くらいはここに住んでいるはずだが、この通りはあまり歩いたことがない。
こんなところにコインランドリーなんてあっただろうか。
用なんてなかったが、このまま元の道に戻っても少年の足取りを考えると追いついてしまいそうなので、僕は仕方なく、コインランドリーの前に置かれていたベンチで少し時間を潰すことにした。

横にあった自動販売機でコーヒーを買う。
ちょうど洗濯を終えたであろう茶髪にスウェット姿の女性が出ていって、中には誰もいなかった。
ゴウンゴウンと無人のランドリーから洗濯物の回る音だけが聞こえる。
僕はベンチに座って、特に何を見るわけでもないのに携帯をポケットから取り出す。
もうすぐ夕方。そろそろ日が落ちようかという頃だったが、ぽかぽかと気持ちのいい陽気だ。



「あぁ、ここだ。やっぱりそうだ。」
しばらく座って携帯を眺めていると、右手から若いスーツを着た男が現れた。
「隣、座ってもいいかな?」

なんだこいつ。
コインランドリーを使いに来たわけでもなさそうなサラリーマン風の男は、気持ち悪いくらい馴れ馴れしく僕に話しかけてくる。
何も答えないで固まっていると、男はなにやら独り言のように勝手に喋り始めた。

「いやーこの道、一回しか来たことなかったから全然思い出せなくて。」
なんなんだ今日は。
僕の顔には「話しかけて下さい」とでも書いてあるんだろうか。
せっかくの早く大学から解放された日に、なぜこんなに見知らぬ他人の相手ばかりしなければならないのか。
男は、なんだかまじまじとこっちを見てくる。
「あの、なんなんですか?」
僕は不機嫌まるだしの声で聞いた。
「いや、ごめん。そうだよな。そうだった。はははすごいな。」
支離滅裂で何を言っているかさっぱりわからない。
ぞっとした僕は早く立ち去ろうとコーヒーを一気に飲み干そうとした。
男はあわてて言う。

「いや、勝手に盛り上がって申し訳ない。どうぞゆっくり座ってくれ。すぐいなくなるから。実はちょっとここに思い出があって。もしかしたらと思って来てみたんだ。」
「はぁ。」
「大学生?だよね?」
「まぁ、はい。」
「僕もね、ここの近くの大学に通ってたんだ。その時にここにも来たことがあって。5年前くらいにそれを思い出して、それで今日来てみたんだよ。」
男は段々まともそうに見えてきたが、相変わらず言ってることはよくわからなかった。

「誰か、待ってるんですか?」
「うーん、いや。」
なんとも煮え切らない返事をする男。
「まぁ、多分これから人と会うんだろうけど、そのためにまずここに来る必要があったって感じかな。」
「はぁ。茶髪の女の人ならちょっと前に出ていきましたけど。」
「いや、これから会うのは女じゃない、男だ。40才のね。...いや待てよ、女の格好ってこともありえるのか...?そんなまさか。」

またしても訳のわからない独り言をぶつぶつ言う男に嫌気が差し、もう僕は一刻も早く会話を切り上げてその場を立ち去りたかった。
そろそろ少年もきっと道にはいないだろう。
「あの、急いでいるので失礼します。」
あんなに悠長に座っていて急いでいるわけはないのだが、彼にはわかるまいと僕は席を立った。
「あぁごめん、ありがとう。会えてよかった。元気で、頑張って。」
なんだか親戚のおじさんみたいなことを言ってくる。
馴れ馴れしいスーツ男に、一応会釈して僕は来た道を帰った。


どこかで見たことがあるような気もしたが、思い出せない。
まぁいいや。
予定外のタイムロスはあったが、あんな通りすがりの男のことは忘れて、せっかく早く帰れるのだから家でゆっくり本でも読もう。
ちょうど読みかけだった本のことを思い出して、僕はコインランドリーを背にして歩き出した。



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