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Pay it forwardのような世界 -『運転者』読書感想文-



いつだって人は誰かと比べて何者かになりたがったり、自分や他人に優劣をつけたりする。
人のせいで、社会のせいで、自分に能力がないせいで。
何かの「せい」で自分がこうであるという気持ちに人はよくなりがちだ。


今年の秋、2冊目に読んだ本はこれだった。

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運を転ずるものからのメッセージ。報われない努力なんてない!
累計80万部突破、喜多川泰渾身の感動作


「……なんで俺ばっかりこんな目に合うんだよ」
思わず独り言を言った、そのときだ。
ふと目の前に、タクシーが近づいてくるのに気づいた。
***
運が劇的に変わる時、場というのが、人生にはあります。あなたにも。
運は<いい>か<悪い>で表現するものじゃないんですよ。
<使う><貯める>で表現するものなんです。
先に<貯める>があって、ある程度貯まったら<使う>ができる。
運は後払いです。何もしていないのにいいことが起こったりしないんです。
周囲から<運がいい>と思われている人は、貯まったから使っただけです。
―――本文より

<運転者>


自分の人生や目の前で起こる問題に頭を抱える主人公の修一。
そんな彼が、突然現れたタクシーの運転手の話を真剣に聞き出し、そして今までの自分と向き合い始めるまでの間はなんとも読むのが苦しかった。

第8章「蕎麦の味」に差し掛かったあたりで、ようやく私の中にするすると文章が入っていき(蕎麦だけに)、そこから最後まで読むのはあっという間だった。

というのも、私はとにかく悲しい話や世知辛い話、心がずんもりとする話がどうやら苦手なようだった。
小説や物語の展開として、ただただ楽しくてハッピーばかりが続いても抑揚がなく面白いわけがないのはわかっている。

谷があるからこそ山が映えるし、ゆるふわ日常系ストーリーが好きなのかと言われたらそういうわけでもないのだが、どうしても陰鬱とした流れやなんともうまくいっていない場面をひとしきり読んでいると、うぅ〜くるしい〜と感じてしまい、読むのにとっても時間がかかってしまうのだ。
感情移入して辛い、というよりはなんだか気まずい、居づらいみたいな気分になる。

それはもしかすると本書でいうところの「不機嫌」をまとっている空気が苦手ということなのかもしれない。
私は割とそれを避けるため上機嫌なフリをしていることが実生活でもよくあるので、そういう意味ではなかなか「運」を貯める素質がありそうではある。なんて思うくらい、気がついた時には私はすっかりこの世界観に魅了されていた。


登場人物の言動を考察したり、伏線を回収していくようなドラマや映画が好きという人が世の中にはいるが、本書を読み、私は初めてそれに似た面白さを体験したような気分になった。
予想できるようでいて、それでいてそうきたか、の連続。
予想というかそれはある種の願いのようなものだったかもしれない。
読み進める文字を追う目が、わくわくした。
自分のスピードで目を走らせているというのに、もっと早く、なんて思った。


それくらい夢中になって読んだのではあるが、私は、主人公の修一を愛せるまでかなりの時間がかかった。
それはおそらく修一が途中まで周りに愛を向けられていなかったからに他ならないと思う。

異空間にいるただの一読者の私でさえそうなのだから、修一の周りにいた人物たちはきっとよりそうであっただろうと思う。
しかし修一は変わった。
運転手に色々と教えられ、そして周りの人との関わり方をだんだんと変えるようになり、上機嫌を心がけて、人を信じて、人から信じられる人間になった。
最初はうぅ〜と思いながら読んでいた私も、そんな修一の不器用ながらも変わっていく過程を読み、だんだんと憎めない愛すべき人間として捉えられるようになった。

不機嫌だと運も貯まらないし、周りとの関係も悪くなる。
自分がまわりに興味や愛を向けるからこそ、周りからもまた興味や愛を持って接してもらえるのだと思った。


本書で記されている「運」というのは、なんとなくPay it forwardの精神に似ているような気がしている。
Pay it forwardとは、"誰かから受けた親切を別の人物へ繋ぐ、恩送り"というような意味である。このPay it forwardの「恩」に対する考え方と本書の「運」がとても近しいような気がするのだ。

恩の送り先は巡り巡る。貯めた運を使う人は未来の自分かもしれないし、自分の子どもや孫かもしれないし、もっと後世の社会全体かもしれない。
そして誰かから受け継がれた運をまた誰かに繋いでいく。その気持ちがPay it foewardの精神に共通するように感じる。


冒頭でも述べたように、人は何かの「せい」で自分がこうであるという気持ちによくなりがちである。

それを「せい」ではなく「ため」と捉え、誰かのために、世界のために、自分のためにという気持ちに切り替え生きることができたら、今までの自分とはもっと違った生き方ができるのではないだろうか。
そんな壮大な気持ちは思い描けないという場合は、いつもよりちょっと視点を変えてみたり、自分の当たり前を疑ってみたり、些細なアクションを起こすだけでも、きっと自分とまわりの世界は少しずつ変わっていく。

本書の中で、誰にでも転機が起こり得ていたように、私の生きるこの世界も、そうであってほしい。



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