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軌跡は奇跡ではなくあくまで足跡なわけで、私はというと電車を一本逃した。

「わぁーこりゃすごいな」

「なーんでこんななったかなぁ」

モップやバケツを持ちながら困ったように、でもちょっと笑いながら話す同じ制服を着たおじさんたち。駅の中の清掃員さんだ。
床には点々と続く黒い足跡。靴の大きさや歩幅からして大人の男性だと思われる。


清掃員のおじさんたちと出くわしたのはちょうど改札を抜けた直後だった。
私は乗り換えのために駅構内を歩き始め、なんとなくその点々と続く足跡を目で追う。

確かにこれはなかなかすごい。毎日色々な人が土足で歩く場所ではあるが、こんなに足跡が残ることってあるだろうか。
くっきり靴型ではないんだけど、いくら進んでも薄れもせず一定の歩幅で続く足跡。


なんだか興味をそそられてしまい、私は目的地に向かいながら足跡を辿るように構内を進んだ。
この人は自分が壮大な軌跡を残していることに気づいていないのだろうか。でも、考えてみれば自分の足跡ってもしかしたら気づかないのかも。
だって足跡は後ろにできていくものだ。靴が汚れている自覚もなく、前だけを見てずんずんと歩いていたら、たとえ自分の歩いた跡がレインボーに輝いていたって、肉球マークをスタンプしていたって、それを見ることはないのだろう。
この人はとてもポジティブな人なのかもしれない。

掃除をするおじさんたちからしたらかなりの距離で続いているこの足跡は「まいったね〜勘弁してくれよ」という厄介な突発作業だろうと思うが、私はしばらくそれを見ながら追っているうちに、その足跡に謎の愛着というか不思議なワクワク感を覚え始めていた。


彼はどこに向かっているだろう。
お、ちょっと右にそれた。通勤ラッシュで人がたくさんいたのだろうか。ほうほう、あーこの柱の間を通り抜けてショートカットしてく派ね。

あぁ、もうすぐ改札に辿り着いてしまう。足跡はまだ続いている。もう少し彼の行き先を辿っていたかった。願わくばその最終地点まで拝んでみたかった。
あなたはどこへ行くのか。足跡には永遠に気づかないままなのか。


ところでこれ、ちゃんと私以外の人にも見えてるよね?その割に、結構派手についた足跡に道ゆく人は誰も興味を示さない。まるでそこには何もないかのように人々はスタスタと、時にはその足跡を踏みつけて歩き去っていく。

例えばこれが本当にレインボーに輝いていたりして、なおかつ誰の目にも止まっていないのであれば、いよいよ私への何かの啓示なのかと思ってしまうところだが、そんなファンタジーは起こらない。
そもそも掃除のおじさんたちがしっかり見てるしね。私にはその足跡は黒に見えているが、おじさんたちにも無論黒い汚れに見えているだろう。


足跡は、駅構内の花屋の近くで途絶えた。
ん...?花を…買った?しかし花屋に立ち寄っただけで足跡が消えるだろうか。この足跡、邪気とかなの?
はたまたお花屋さんで靴を洗わせてもらったのか?そんな馬鹿な。もしくはこの花屋の店員さんの足跡だった…?
案外早く辿り着いた旅の終わりに少しがっかりしたような気持ちになっていると、花屋の脇からまた足跡が続いているのが見えた。

...まだある!
そうか、多分この人は花屋が開店する前の、まだお店の前に色々なものが並ぶ前の時間にここを通ったのだ。だからこのあたりの足跡だけ花屋の陳列物によって隠され、もしくは花屋に掃除されて途切れたように見えたのかもしれない。
急に鋭い推理が頭をよぎり、より一層興味深くなる。
コナンくんのように床に付着したものをペロッとすることはさすがにできないが、続いているのならば、やはりその跡を追いたい。
この謎を私は知りたい。真実はいつも一つ。足跡は無数。


しばらくして、人の流れもさらに多くなり足跡を探すのも難しくなった頃、私はふと顔を上げた。
自分の向かうべき改札口はとっくに通り過ぎていた。


なんのはなしですか?



最近知ったこのワード。
猿荻レオンさんの記事で見つけたのだが、すごく面白かった。

「なんのはなしですか」というのはコニシ木の子さんが広めている魔法の言葉だそうで、私も書いてみたくなってふと目に入ってきた足跡について心のままに綴ったら、無事(?)何の話だかわからない感じになりました。

いろんな人の「なんのはなしですか」も色々な趣があって面白かった。マガジンもあります。


個人的好みで言うと話が壮大であればあるほど、ディティールが細かければ細かいほど「なんのはなしですか感」のボルテージが高まる気がして好き。
また今度、書いてみよう。
コニシ木の子さん、使わせていただきました!
なんのはなしですかへの思いや、各通信の後書きがすごく刺さります。


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