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電脳虚構#15 | 夏休みの終わりに



Chapter.1 おんぼろバス


ぼくの家から、電車をいくつも乗りかえて3時間。
そこからさらに、おんぼろバスで50分。

ガタガタと山道をゆられ、アーチのような竹林を抜け、おばけがでそうなトンネルを通る。
長い下り坂、バスはスピードが上げて一直線。

南風に乗って、ふわっと潮風の匂いがバスいっぱいになる。
その先の急カーブを左に曲がると、キラキラ光る海が見えてくる。

波に反射する日差しが眩しくて、ぼくは思わず目をつむる。

海を横目に細い道を右に左にくねくねとバスは進む。
そして漁船が立ち並ぶ、賑やかな海街が顔を出す。

今年の夏休みもやってこれた!ぼくの田舎に。


Chapter.2 ぼくのなつやすみ


いつものバス停で降りると、いっせいに蝉の声が出迎えてくれる。
ひび割れた真っ赤な”コカ・コーラ”のベンチ。
それに座り、いそいそと浮き輪を膨らませる。

「去年はあまりお天気よくなかったからね、今年はたくさん泳ごうね。」

自販機の瓶のサイダーを両手に持ったママが言った。

パパは「いつものバス停に着いたよー」と、じぃじに電話をしていた。

サイダーをぐいっと飲み干し、水着に着替え終わったころ。
ガタガタと黒い煙を吐き出す車に乗って、じぃじが迎えに来てくれた。

「おや、ター坊は準備ばっちりだな。さっそく海だな?」

「うん!今年はいっぱい泳ぐんだ!・・あれ?ばぁばは?」

「ばぁばはちょっと腰を痛めちゃってね、家で寝とるよ。」


8月の真ん中くらい、宿題を早めに終えると、ご褒美にこの田舎に連れてきてくれる。
大好きなじぃじとばぁばのいるこの海の街に。

今年は晴れの日が多くて、2〜3日でもう身体は日焼けで真っ黒になった。

初めてじぃじの船に乗せてもらい海釣りもした。

じぃじはさすがだ。僕は小さい魚3匹だったのに、大きな魚をたくさん釣っていた。
陸に戻って、焚火でそれを焼いて食べた。
いろんな人が集まっていつの間にか、大きなBBQ大会になっていた。

盆踊りに行って、かき氷を3杯食べた。花火も見た。
山へ行って虫も獲った。

夏休みの絵日記も毎日、書きたいことばかりで大変だった。
今年もやっぱり、サイコーなぼくのなつやすみだ。


Chapter.3 ばぁば


でも今年は少しつまらない。
大好きなばぁばの元気がないからだ。

いつも一緒に、枝豆をたくさんむいてお餅を作ったりするのに。
美味しいばぁばの手料理もまだ食べれてない。

いっつもいろんな昔ばなしをきかせてくれるのに。
いっつも「ターくんはかわいいね」っていっぱい抱きしめてくれるのに。

でも、今年はお部屋で寝てばかりだった。

声をかけても、とぎれとぎれの言葉でうまくききとれない。
ぼーっとしたまま遠くをみて、僕に気付かないこともいっぱいある。

ばぁばに元気になってほしくて、海で集めた貝殻でネックレス作った。


「ほら、きれいでしょ?ばぁばに作ってきたんだよ?」

「ター・・く、ん。あ・・あり、が・・・・・とう・・と・とうね。」

ギシィ・・ガチャン・・・

ばぁばはネックレスを受け取ろうと、手を伸ばしたまま眠ってしまった。


心配で心配で、パパとママにもなんどもきいた。

「ばぁばはね、もうだいぶ古い・・もうお年寄りだからね。
少し元気が足りなくなっちゃかな?」

そうパパがいった。

「もう少し、良くなるまでそっとしておいてあげてね。
来年にはきっと直るから。」

ママもそういった。


Chapter.4 おんぼろの家


じぃじとばぁばの住むこの街、このおんぼろの家に来るのは今年で5回目。それまで一度も来たことなかったのに急に

「じぃじとばぁばに会いたい?田舎の海に一緒に行こうか?」

と、パパとママに言われた。

トモダチはみんな二学期が始まると、夏休みに田舎の山や海に行って遊んだ!って作文を発表した。

うらやましかった、僕はそれまで田舎がなかったから。
だから、だから・・すごくうれしかったんだ。

はじめて会った、じぃじとばぁばもやさしくてたのしくてすぐに好きになった。

このおんぼろの家も、いっぱいお部屋があって忍者の屋敷みたいだった。
床も壁もボロボロで、いつもギシギシとミリミリと音を立てている。

じぃじに「これはオバケの泣き声だ」って、おどかされて少しだけ怖かったけど。

強い海風がゴォォオオオっと吹くと、柱と屋根がグラグラ揺れる。
天井から木の破片がぼろぼろ落ちてくることもある。

僕はそれがおもしろくて「壊れる〜〜!」と余計に柱を揺らしたらママに

「本当にこわれちゃったら大変だからおやめなさい」

と、少し叱られた。


Chapter.5 じぃじ


夜でもここは少しあついけど、大きな蚊帳の中で蚊とり線香の匂いに包まれて寝るのが好きだ。
海の匂いとまざって、とっても「田舎にきたーー」って感じがするからだ。

いつもはぐっすり眠れるのに、お昼寝をいっぱいしちゃったせいで目が覚めた。
・・・隣にパパもママもいなかった。

向こうのお部屋から、なにか話し声が聴こえる。
ぼくは探偵のように、ギシギシする床を鳴らさないようにそっと歩いた。

パパとママが玄関の外にいた。
知らないスーツを着た何人かの大人の人と話していた。

「それではお願いします。
明日の昼には返ってくるんですよね?」

そう言って外の黒い車まで見送っていた。
なんだろう?と、そっと近づくと車の中にじぃじが横になって寝ていた。

ぼくは探偵気分で隠れているのも忘れて、つい飛び出してしまった。

「え?じぃじどうしたの?なんで連れて行かれるの?」

ふたりは驚いたようにこっちをみて、ママが言った。

「あらターくん、起きてしまったの?じぃじなら大丈夫よ。
 ちょっと用事で、明日には帰ってくるわ。」

パパが言った。

「さぁ今日はもう遅いから、一緒に寝よう」


ママが言ったように、じぃじはお昼に元気にかえってきた。


Chapter.6 夏休みの終りに


それからは何もなく、のんびり過ごした。
ばぁばはずっと元気なかったけど、なんどきいても「来年には元気に」としかみんな言わなかった。

宿題の絵日記も、たくさん遊んで書ききれないほどいっぱいのページになった。

バス停まで歩いて、またおんぼろバスでゆられて帰る。
お土産もたくさん買ったし、今年も楽しかったな。

「また次の夏休みも来るからね、じぃじ。
またいっぱいあそぼうね!」

「ター坊や、また釣りしよーな。
来年は大きいの釣れるように立派な竿を用意しといてやる。」

そして、ばぁばにも”じゃあね”しに行こうとしたら

「ばぁばはいま寝てるから、そのままにしといてあげてね。」

そうママにとめられた。
また一年も会えないのにとても残念だった。

そうするとパパがぼくの頭をくしゃっとやって

「さぁ、ちょっとターくんは先にバス停まで歩いててくれないか?
パパとママはちょっとやることがあるから・・」

急な一人旅の始まりだ!・・ちょっと冒険みたいで楽しい。

潮風の匂いをたくさん吸って、お家に持って帰ろう!
大きく息を吸って背伸びをして、ぼくの今年の夏休みは終わった。




Chapter.7 おんぼろ


また強い海風がこのボロ屋に吹く。
5年前、かなりケチって買ったのがいけなかった。

タクヤのために「田舎」をプレゼントしてあげたくて奮発した。
しかし、思ったより維持費がかかる。

妻がいまにも倒れそうな柱を揺らす、崩れる破片を振り払いながら言った。

「ゴホッ、ゴッホ・・ほんと酷いわね。
この家もさすがに買い替えなきゃじゃない?

なんでこんなボロ屋を買ったのよ!私は反対だったのに!
しかも電車も通ってない、駅からバスで50分のこんなド田舎に」

妻の声が、このボロ屋と同じ「キィキィ」した音を立てる。

「全体の資金で算出すると、これくらいしか選べなかったんだよ。
”タクヤに田舎をプレゼントしたい”って言い出したのはオマエじゃないか!」

「そうだけど・・。
でもこのままじゃもう維持できないんじゃない?

先週の夜の・・急な”アレ”だって、メンテナンス代いくらかかったと思ってるの?
”おばぁちゃん”の方だってもうガタきてるし、このままじゃ家計は火の車よ。」

「そうだな・・・このボロ屋もそうだけど、こっちも中古だったしな。
とんだ粗悪品をつかまされてしまったよ。

いまさら新しいのを調達するなんて絶対に無理だ。」

「タクヤには・・かわいそうだけど。
この”田舎”も今年で最後にしましょう。」

とても残念だ。
タクヤの「夏休みの思い出」は来年からはどうしたらいいんだ。

俺はしぶしぶスマホを取り出し、電話をかけた。

※「はい、株式会社カントリーサポートです。
あぁどうもどうも、いつもお世話になってます。」

「あぁ・・以前から相談してたあの件ですが。
・・やはり”回収”でお願いします。」

電話を切るとまた強い海風が吹き荒れ、このおんぼろの家が悲鳴をあげた。

そしてこのおんぼろの家に住む、2体の”おんぼろ”の電源を落とした。



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