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【エッセイ】お犬様と私

子供のころ私は実家で犬を飼っていた。

オスのシェットランドシープドッグ。

名前は「ひなた」と言った

由来は

俳優の小日向文世さんから。

謎でしょう?

その当時何かの
テレビドラマに出ていたので
フィーリングを感じて私が名づけました。

安易にもほどがある。



中学生の頃
私は急に犬を飼いたいと言い出した。

別に自分でためたお金でも無いのに、

家じゅうの貯金箱をひっくり返して

「これで買って!」

と直談判。

私はとーーーっても
甘やかされて育ったので

反対されることもなくすんなり許可された。

早速私は一番年の近い姉と
父とでペットショップ巡りに出発した。

数件目で出会った彼は何となく臆病そう。

色々見て回ったが
結局彼を連れて帰ることに決めた。

たぶん何となく
少し自分に似ているなと思ったから。



「臆病そう」

という印象は大正解。

散歩に出ても彼はすぐ家に帰りたがる。

他の犬とすれ違うと
怖がって逃げ出してしまう。

小型犬にだって勝てない。

それなのに家の中では強気。

お客さんが来たらぎゃんぎゃん吠える。

安全なケージの中で。

内弁慶とはこのことか。

なるほどなっとく。

やっぱり私に似ていた。



私は四人姉弟の末っ子だ。

だから弟の存在に憧れていた。

ひなたは私にとって弟も同然だった。

名前を呼べば横に来てくれた。

羽交い絞めにして
首筋のにおいを良く嗅いだ。

べろべろ顔をなめ回されて
くさいと文句を言った。

大学の卒業旅行でフランスに行ったとき

私は彼にお土産を買って帰った。

えんじ色のプラスチックの皿。

別に喜んでくれるわけでもないのに。

とんだ自己満足。

間違いなく彼は私たちの家族だった。



大人になって一人暮らしを始めて

彼と会う機会は極端に少なくなった。
普段の様子もよく分からない。

たまに帰るとけがや病気を
していることが多くなっていた。

足を引きずって歩いたり。

ノミに食われてかぶれたり。

いつの間にかボールを取ってくることも
上手くできなくなっていた。

見た目がそんなに変わらないので
全然意識していなかったけれど
彼を我が家に迎えてから12年ほどの月日が流れていた。

人で言ったらもうおじいさん。
60代くらいらしい。

そのころ私はまだ20代半ば。

気が付いたら弟に年齢を越されてしまった。



ある日の仕事終わり

姉から突然のライン。

普段ほとんど連絡してこないくせに。

見てみるとひなたが
今日明日にでも死んでしまいそうだという。

急に歩くことが出来なくなって

病院に行ったらすでに
末期のがん?だと診断されたらしい。

何でだよ。

何で誰も気が付かなかったんだ。

私は仕事終わりに実家に車を走らせた。

彼との記憶を思い出しながら。

信じられないくらい嗚咽しながら。

実家に着くと彼はケージの中の
トイレシーツの上で眠っていた。

歩けないから。立てないから。

そうか、排泄もままならないのか。

私は彼のケージに入って
隣で横になった。

すると

立てない、歩けないはずの彼は
どうにかこうにか立ち上がって
私の傍までやってきた。

痛いだろうに
苦しいだろうに
動かないでいいよ

そう伝えたかったのに。

伝えるすべは何もない。

しばらく私は彼の横で一緒に過ごした。

翌日に改めて動物病院に行くことにして

私は一旦自宅のアパートに帰った。



翌日、動物病院では

「延命はできるけど大した時間ではない。」

という旨の話をされた。

一緒にいた父は私に判断をゆだねる。

そうだね
私が彼のことを一番好きだったこと
分かってくれている。

「延命して苦しむ時間を
増やすくらいなら何もしなくて良いです。」

それが私の答えだった。



その日の夜中に彼は亡くなった。

夜トイレに起きた父が
ふと様子を見た時に気が付いたらしい。

苦しまずに逝けたかな。



火葬場に向かう時私はまた泣いていた。

アパートから向かったので一人。

大丈夫誰にも見られていない。

彼の遺体を目の当たりにしたとき、
何か声をかけたりするかと思ったけど、
何も言えなかった。

「死んじゃったんだな」

それだけだったと思う。

姉は「ありがとう」と言っていた。

何に対しての
「ありがとう」
なんだかよく分からない。

でもやっぱり
「ありがとう」
なのだろう。



今はもう
彼のことを思い出すことはほとんどない。

でも必ず思い出す瞬間が一つある。

それは実家の食器棚の
一番上の段の扉を開いたとき。

彼はなぜかその扉を開けると
信じられないくらい
吠えまくって暴れまわった。

だから今でもその扉を開いたら、

彼に吠えられるような
気がして身構えてしまう。

不思議だね。

もうどこにもいないのに。



年に数回も無いけれど

また必ず私は私の弟のことを思い出す。

食器棚の扉を開ける度に
「あっ、犬吠える!」
と頭によぎる。

よぎって

彼のケージがあった場所を振り返って

ふっと笑う。

そうか、そういう作戦だったのか。

これは私に自分のことを
忘れさせないようにする壮大な罠。

長年にわたる洗脳。

あーあ、

まんまと引っかかっちゃったな。


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