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何もできないときもあるということーしいたけさんの記事から実感のあること

私は、数年前、あることがきっかけで仕事をしたくなくなりました。
ずっと教育業界にいて、ここまでの意欲喪失したのは初めてでした。
もう、どうして?と思っていました。
毎年、受験期が終わり、すぐに春期講習、お休みする暇もなく中間考査まで突っ走るのですが、今年は思い切って、春休みの直前に旅に出ました。
それが良かったのか、ちょっとずつ回復するのが、新年度のいつもより、早い気がしています。

しいたけさんの例が、とってもよくわかりました。
ベッドのマットレスの向きを変えられない。
私も、マットレスの向きを変える派です。だから実感としてわかります。

そう、私の場合、例えば、あの窓のカフェ・カーテン、さっと縫って掛け替えよう!などと思っていたし、それができたのです。以前は。
それが本当にできなくなっていました。
小説も読めなくなっていたり、丁寧な何かができなくなっている。
文章を読むことが専門のうちのひとつのはずである。
でも、文章をじっくり読むことができなくなっていたりする。
国語の指導程度のことではなくて。
こころがどこかに行っているような。
何かが雑になっているような。

そんな時期が、何を隠そう3~4年ほど続きました。もう少し長いかな?
今から思えば、疲れる原因はありました。
開校してから、必死でした。
指導だから手を抜けない。
一方、初めての経営にまつわることもあります。
例えば確定申告。あれこれ勉強しなければなりません。
こうして教室をもっていると、あちこちからいろんな提案を持って来てくれて、話を聞かなければならなくなることもあります。
コロナの頃は各種営業さんも必死で、自分のことに必死になっておられて、こちらのことに思いを寄せることがお出来にならない様子に、もうお付き合いできなくなったということもありました。
必死だったのでしょう。その後、転職していかれました。

疲れている私にしんどいことをもってこられます。
おかしなことに、営業を掛けたいと思っておられるのに、こちらを否定的な表現で、自分の立ち位置を高くもって行こうとされるか方いらして、

この人とは仕事できないな。

と思った人も数人おられました。
心理的に恫喝に近い。

優秀な人は、相手を否定しないし、相手の話をよく聞かれ、何を相手が欲しているのか、相手に何があったら助かるのか?ということを中心に考えられますが、そうでない人は、自分の営業成績がまずあるものです。

当然、ご相談する相手は、男性が大半で、いきなり互いの大学の偏差値をもちだされ、ご自分の大学名をおっしゃって、

先生の大学よりずいぶん下の・・・。

と言われた挙句、思い切り意地悪されました。
この意地悪には、上席の方が気付いて、お名刺を持って、謝りに来てくださるという経験もしました。
その立ち位置は、かつて夫の立ち位置でもあったので、

やったぜ!法学部に勝ったぜ!

と常々、文学部を趣味の学部と言ってはばからない夫に対して、なぜか(そう、なぜか?(笑))、優越感!となりました。
この根強い、バーサス法学部感ったら!笑うしかありません。(笑)

私は、結婚もそうですが、そして親業もそうですが、三つ目の開業もそうで、経験したからこそ、わかったことの多さにびっくりします。それ以前に学校現場にいたこともそうです。ただ、この中で親業はもう、大半終わっているし、もう一度最初からやれと言われたら、きっと体力的な問題があるからか、無理もいいところです。開業はもう一度しなければならないとなったら、またやることでしょう。これは一からではなくとも、ちょっと違う部門ということであればありえますし・・・。

たいてい、ご自分が優秀な人というのは、相手を立てるものです。
お客様に頭を上げるようなことはしません。

それに、卒業生の在り方にあれ?というものがあり、これは、

先生が悪いわけではありませんから。うちの子が悪いので、先生、どうぞ自信をなくさないでください。

とおっしゃったほどのこともありました。
それから、私は結構立ち直ることができませんでした。
数年。
それからその彼はその後もちょっとだけ影響しました。
指導に?
でも、そのことは彼が彼なりに蒔いた種を刈り取っているようであります。

コロナは関係なく、この数年、私はちょっとやる気がなかったのです。
新しいアイディアなど湧いても来なければ、考える気もなかったのです。

かてて加えて、プライベートでのこともあり、仕事に影響がないように気を付けていましたが、最近、

いや、待てよ。この件を使って、生活全般を考え直さなければならないのではないだろうか・・・?

と根本命題に立ち返り、最近では、休み方、楽しみ方を考えるようにしているのです。

すると、営業さんも、私のこれがしたい、これがほしい、ということをもって来てくれるようになったし、私も話を聞くのに、

これは聞こう、あれはやめておこう。

という選択ができるようになりました。
どうもどれもこれも無駄なことはなく、全て有効なことのようでした。

税理士のとの出会いも、腹が立ったけど、相手に対して、何も言わなかった。この人に言っても無駄だな、と思ったから。最近、ふとしたことで口コミを見たら、私が思っていることそのままを書いている人がいたので、わからないながら、私の判断も正しかったのだということが分かりました。
相手の人は、如何に私ができていないか?ということをメールで送って来ました。もちろんこちらも至らなかったのですが、それを指導してもいただけませんでした。

○○のレベルに達していません。来年、この記帳の仕方だったら、班を押すことが難しいです。

と言いながら、面談した時には、こちらが確認する時間も与えられず、勝手に税務署に提出されていました。

昨年より税金少なくなっていますよ・・・。

とのことで。
帰りの車中で、

先生、私、先生に見ていただく資格ないので、今年で・・・。

と丁重にお断りしました。
その後、用事があって電話しましたが、お出になりませんでした。
ということで、お金を払って、終わり。
いや終わりではないのです。大層勉強になりました。ちょっとだけ経営者として。

ちょうどコロナの時期と被って、本当にいろんなことがありました。
みんな大変だったのだと思います。
ただ、転職することになった彼から、お電話でご挨拶いただき、

櫻井様には、大変勉強させていただきました。直接ご挨拶に伺えず、申し訳ございません。

と言ってくれた時には、要するにうるさいことを言ったということであろうけれど、とりあえず、彼は当時、焦っていたのだな、とわかりました。

親御さんにもありました。

ごめんなさい。自分のことで必死になってました。余裕がなくて・・・。

と言われたこともありました。

そういうとき、

先生みたいに、こういう大変なときにみんなの砦になってくれる人がいるから、みんななんとかなってんだよね!

と言ってくださった方がいらっしゃいましたが、その方は、私のあることへの対応を、

だから、お嬢だって言ってんだよ!

と言われて、びっくりしたこともありました。この方はあちこちでやらかしておられたということをお子様からお聞きしていたので、褒められても、怒られても、できるだけ気にしないようにしていました。

この方は、私のことを菩薩のような人、とおっしゃっていましたが、お子様たちによると、

母さんより、先生の方が絶対に怖い!

とのことでした。
お母さまは、

先生より母さんの方がずっと怖いやろ?

とお聞きになったのでした。

いざというときに私は本気で怒ります。
いつもは、まあ、大抵のことは譲ります。
でも、ご本人といえど、私の仕事の邪魔をするようなことをされたら、私は相当に怖い人間だということはわかっています。自覚があります。

ということで、私にも、マットレスの向きが変えられないような時期がありました。
最近、私の意欲も温泉のあちこちから、1人ずつ帰って来ているようです。

☆カフェに行って、仕事のアイディアを練ること。
☆文章を読むこと。これは文学作品。意外にビジネス書は読めていた。
☆気付いたことをちょっとだけすること。例えば草の一本を抜くこと。キッチンの調味料入れの位置だけ整理することなど。
☆ちょっと文章を書くこと。
☆お菓子を焼くこと。以前やっていたようにはサラッとできなくなっていた。
☆誰かと気軽におしゃべるすること。

こう考えてみると、結構コロナ禍の中での影響もあったような気がします。自分でもなんだけれど、一日にやっていることは列挙すれば結構多い方だと思います。書き出してみるといつも驚きます。でも、できていませんでした。スッキリとは自分でできていなかったのです。

そういうとき、なぜか主婦としての仕事ができていないという推測で、周りはものを言います。ご近所の旦那様。件のお母さま。
そういうの、結構ストレスになります。ストレスが、やっぱり私を疲れさせます。
一日頑張ったらできるものを、生活の中心に置いて、それを毎日やっている私は偉い・・・、などと言われても、こちらは社会に向けて、あれこれしなければならないこともあるのです。

これって、仕事をもつ女性が、

家事をしない。

と定義されるのに似ています。
家事って、いつもクローゼットや押し入れから納戸から、全てをきっちり片付けることであるなら、家事ができていないことにもなるかもしれません。
でも、専業主婦仲間でも、

ここ、なんとか片付けようと思いながら、結局次の転勤迎えてしまうんだよねえ・・・。

と話すくらい、家事なんてやりだしたらとことんであるものです。それも子どもたちの世話も、ときには子どもたちよりも手のかかる夫の世話もしながら。

何ができたら家事ができていて、何ができていなかったら家事ができないということになるのだろうか?

ある年、初の夫の単身赴任後、初めて金曜日の夜に帰って来て、とんでもなく怒られたのでした。

その一週間は、その地区の、学校と保護者を集めての地区懇談会があり、勤めていた校長先生のお通夜があり(とんでもない山奥で、行き帰り、時間が掛かった。)、とにかく五日間、夜は全部埋まっているというフル稼働の一週間でした。

気持ちはわからなくはありません。
初めての単身赴任で、家に帰ったら、さぞかし居心地のいい家の中になっていて、自分中心に過ごせるはず。なのにリビングは片付いていないし、食事はどうだったのだろう?その後、まるで恐怖政治のように、金曜日の夜は気を張っていたので、どうだったのだろうか?
ただ、記憶に、

それは無理でした!

という要求だったことは覚えています。
私だってお昼間働いていて、子どもたちを習い事に連れていき、精一杯その地区での用事や、自分の職場でのことをしていたのです。それが五日間全部埋まっていました。

怒られた。

それは単身赴任してからずっとそうでした。
それから、月曜日から木曜日は結構自由に暮らしていましたが、金曜日は、お食事もいつもより手を掛け、リビングもいつもよりしっかり整え、そして厳寒の飾り棚には新しい花を飾っていました。ついでに一緒に呑むように杏露酒も買っておきました。

こういうの、意識改革をしなければ、家族の在り方としてはどこかにひずみが来てしまうと思います。自分がどうにか工夫することで何とか乗り切ろうとしていたけれど、それには無理があったと今なら思います。
もっと根本的に話し合い、ちゃんと誰がないをするかということを話し合わなければならなかったのです。自分はやってしまっていたけれど。

予備校勤務の折には、確か月曜日と火曜日に出向していたので、夫が単身赴任先に日曜日の番に戻る頃には、教材研究をしなければなりませんでした。
今と違い、子育て時代は忙しかったものでした。ウィークデイに教材研究する暇などなかったのです。
リビングに寝っ転がりながら夫はテレビを観ています。
ダイニングで私はこそこそと教材研究をし始めるのです。

突然、

ねえ、コーヒー淹れて・・・。

と言われ、私は教材研究する手を止めて、コーヒーをハンドドリップで淹れます。

そして、夫は一緒にコーヒーを飲んで、

これでホッとした。

と言って出掛けるのです。
私は玄関に出て、見えなくなるまでお見送りします。

決してコーヒー淹れて、と言われた段階で、

自分で淹れたら?

などと言ってはいけないのです。
喧嘩になったら、互いの気持ちが乱れるだけだから。

でも、この話、予備校の男性の先生方には不評でした。夫のことを、

ムカつきますねー!

とはっきり言われたものでした。

さて、どうだろう?
これを男の甘えとみて、包容力よろしく、受け止めてあげる?
それとも、わがままだし、ちゃんと仕事してる奥さんに、コーヒー淹れるのはあなたでしょ?と言うこともできます。

そうそう、札幌時代、よそのお家にお呼ばれした時、当然、奥様が準備に大変だったので、ホーム・パーティが終わる頃に、

コーヒー淹れてやろう・・・。

と言って、旦那様が立っていかれたことがありました。

家の場合、ホーム・パーティでも、私が誰かのカフェ・オレを入れるために、ミルクを温めるのまで私がするし、夫は、自分が言ったことは私がして当たり前、と思っていました。

自宅で、バーベキューをしたときには、終わりかけの頃、夫に、

みんなにコーヒー淹れて来て。

と言われたときにはキレました。
数えてみれば12~15人もいる。
ペーパー・カップはない。
全部陶器のコーヒー・カップでコーヒーを入れるなんて大ごとです。

コーヒー、飲みたい人いるの?

と訊ねたら、

いや、みんな飲みたいと思って・・・。俺が飲みたいから。

自分がしてきたことは、家事のスキルも上がり、それなりにあったことに感謝しています。というか、それを受容し、努力してこられたことにという方が正しいと思います。
でも、若い世代にそのままそれをしなさいなんてとても言えません。
することが多ければ家事はたまります。
全てが出来はしなくなってくるものです。

さてさて、それぞれの夫の評価としてもどうだろう?
ホーム・パーティを準備した妻を労って、自分がコーヒーを淹れる夫。
みんなが、いや、俺が飲みたいから、と言って、それまでも大変なことをしている妻に、たくさんのコーヒーを淹れることを強要する夫。

家事ができない、という言葉の中にも、構造的にあれこれあります。
それをうまく使って、自分に都合よく話をもって行く人が、私は苦手です。

もしもサポートしていただけましたら、そのお金は文章を書いて人の役に立つための経験に使います。よろしくお願いいたします。この文章はサポートについて何も知らなかった私に、知らないうちにサポートしてくださった方のおかげで書いています。