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自分らしく働くために

今の仕事『動画&美爪クリエイター』

こんにちは!動画&美爪クリエイターのキョロです!

『#私らしいはたらき方』という投稿コンテストがあるとの事で、「私にピッタリやん」と思い、現在の私の働き方と今に至る経緯をお話します。

現在、私は和歌山県の隅っこで自営業をしています。

本業はネイルサロンの経営。昨年2020年7月に開業しました。

そのほか、前職で得た動画撮影や編集の知識を活かし、動画クリエイターとして動画の編集代行をしたり、地元ケーブルTV局の番組特派員や週に1度アナウンサーもしています。

一言でいえば私の仕事は「動画&美爪クリエイター」

動画と爪を作る人です。

全く違う業種で一見忙しそうと感じる方もいるかもしれませんが、サロンも従業員はおらず私一人。

なので、完全予約制・不定休で予約が入った時だけOPENする完全予約制サロン。また週に一度のアナウンサーは毎週月曜日午前中に収録と決まっているし、特派員としての取材活動や編集代行は隙間時間で行うなど、忙しすぎず毎日充実した日々を送っています。

ほとんどが自分でペースを決められるのでストレスも全く無く、今の働き方が自分に合っていると日々感じています。

フリーターから正社員へ

どうしてこの働き方に至ったのか…

「会社員として安定していたのに、なぜ?」と友人からも聞かれます。

私は開業する昨年2020年6月末まで15年間、地元のケーブルテレビ局で番組スタッフとして勤めていました。

そしてその前は3年間、地元のJAで職員をしていました。

ケーブルテレビ局も比較的大きめの会社で、その前のJAも含め、正直安泰と言ってもいいくらいでした。

「じゃあ、なぜ?」となるのは当然です。

まずは私が「働く」という事を意識した時のお話から。

私が「働く」事にやりがいを感じたのはハタチの時。当時は某ファーストフード店Mでアルバイトマネージャーとして働くフリーターでした。

でもアルバイトながらもマネージャーというポジションで、お店の閉店業務にも携わり、後輩など他のアルバイトへの指示や教育も任され、とても働き甲斐を感じていました。

そんな時、やがて職員として働く事になったJAからアルバイトに来ないかという話がありました。実は高校の夏休みにJAが経営するスーパーでレジのアルバイトをしていて、当時その働きぶりが高く評価されていたそうで、店長自らの勧誘でした。

人から必要とされるのは有難いし、うれしい事なので、ファーストフード店と掛け持ちでも良ければ…と了解を得た上で、午前中はJAのスーパー、午後からはファーストフード店と掛け持ちで約2年働きました。

どちらも同じ接客業でしたが、仕事内容は少し違うし、制服も違うので忙しいながらも変化がある充実した日々でした。

そして月日が経つに従って、親から「バイトもいいけど、ちゃんとした仕事(正社員)を探せば?」と言われるようになり、ハローワークに行こうか考え始めていた頃、JAから今度は「正社員にならないか」との声が。

そして全く同じ頃、ファーストフード店からも同じく「正社員にならないか」と声がかかりました。

全く知らない所で正社員になるよりは、アルバイトとして勤務した経験もある所の方がいいだろうとJAとファーストフード店の2択で就職を考える事になり、当時の正社員の働く様子などから判断して、地元に根差したJAを選んで初めての就職。ファーストフード店を辞めました。

一度目の転職

JAに就職し、これまでアルバイトで行っていたレジ業務に加え、売上計算など事務仕事も行う事になりました。

新しい事を覚えるのはとても楽しくて、大変ながらも正社員としての働きにやりがいを感じる日々でした。

スーパーでは私より年上の主婦層のパート従業員も多く、正社員の私が指示する事もありましたが、そこではファーストフード店でのマネージャーの経験も活かす事ができ、パートさんとの人間関係も良好でした。

では、なぜ転職したのか。

それは、私の学生時代の夢が忘れられなかったから。

スーパーで正社員として働き出して約3年。仕事にも慣れ、毎日同じ業務の繰り返しにマンネリしてきていたのです。

そんな時、「これでいいの?」と私の中のもう一人の自分が登場。

私は中学時代からアナウンサーになりたくて、高校を卒業してからアナウンス技術を学ぶため大阪にある専門学校に進学していたのです。

専門学校を卒業してなれるアナウンサーは「フリーアナウンサー」

タレントと同様に事務所に所属し仕事を得るもので、卒業前は番組のオーディションも受けるなど準備を進めていましたが上手く行かず、結局卒業後はフリーターという事になっていたのでした。

マンネリした毎日…あきらめきれない夢…。

そんな時、母親がパートを探すために貰って来たハローワークの求人資料に地元のケーブルテレビ局の制作スタッフの求人が!!

アナウンサーではないけど、同じ業界の仕事。

受かるかどうかはわからないし、受かれば辞めたらいいか…とダメもとで応募し、見事受かったのでした。

JAの上司には夢の話もしていたので、退職の希望を伝えた時は一緒に喜んでくれて、新たな職場でも頑張らなきゃと決意し、JAとさよならしたのでした。

憧れのTVの仕事

憧れのTVの仕事。でもローカルのケーブルテレビは地上波の民間放送局などとは違い、何でも自分でしないといけませんでした。

取材(カメラ撮影)、編集、スタジオ収録、時には学生時代に培ったアナウンス技術を活かせる場面もありました。

入社して数年間はJAの時と同様に、新たな学びがたくさんあり、当時のカメラは肩に担ぐタイプで体力も必要で大変でしたが、とても楽しかったです。

それも勤務年数10年ほどになると変化してきました。

取材と言っても、取材するイベントや祭りなどは日程も内容もほぼ毎年同じ。なので、1年間を通して同じ仕事の繰り返しなんです。

するとまたもう一人の自分が登場。「これでいいの?」

マンネリはイヤなので、手っ取り早い解消法は異動でした。勤めていたケーブルテレビは私の住んでいる和歌山県以外の県にも支社があり、全部で3つの県に8放送局がありました。ちょうど女性活躍推進法が盛り上がっていた頃で、女性社員の異動希望は少なかったので、上司とも相談して異動希望を出す事にしました。上司も「女性活躍推進の観点からも、きっと希望が通るだろう」との事でした。

でも、その異動希望もなかなか通らず数年が経過。

なぜ通らなかったかというと、私が異動すると他から私のいる局に異動する人が必要との事で、その調整が上手く行かなかったのです。私が住んでいる地域は8つある放送局の中でも、一番遠い地域で正直不便。だからだったのかもしれません。

じゃ、異動希望が通らないならどうしよう?

事務や営業など他部署に異動?いや、それはまた違う。

テレビの仕事がしたくて入ったのに、事務や営業じゃ違う。

そう思い、全く関係ない何か別の資格を取ろうと決めたのでした。

ネイルの資格を取得「美爪クリエイター」に

何か違う資格…そう考えた時に色々な資格を検索しました。

今後の事も考えると、いつまでも大きいカメラを担ぐのは体力的に無理だ。そうなると、もし今後身体を痛めてテレビの仕事を辞めた時に活かせる資格がいいかもしれない。そう思い候補に上がり興味があったのは「医療事務」そして、女子力を維持したいとサロン通いをしていた「ネイル」でした。

テレビの制作スタッフの仕事はまだまだ女性が少なく、取材先で一緒になるカメラマンもほとんど男性という男性社会。そんな中で女子力を忘れないようにとネイルを始めていたのでした。

当時は客としてサロンに通っていましたが、最初に行っていたサロンが予約が取りづらくなり、次に行ったサロンが私が今取得している「美爪クリエイター」のサロンでした。

私が当時していたのは、今も流行っているジェルネイル。

当時のジェルネイルはアセトンという溶剤を使ってオフ(外す)のが一般的で、最初は良かったのですがジェルネイルの回数を重ねるごとに、持ちがいいはずのジェルの持ちがどんどん悪くなり、1ヶ月は持っていたのが2週間くらいでシールのように剥げてしまう事もありました。

そんな時にちょうど「美爪クリエイター」のサロンに変わる事に。

すると、ジェルネイルの持ちも何故か復活。何故かというと、美爪クリエイターはオフの仕方が違ったのでした。溶剤(アセトン)を使わず、マシンでオフするフィルイン(一層残し)という方法でした。

持ちも良くなってもちろん大満足。持ちが良くなり、ネイルをしていると気持ちが明るくなる事に気づき、ネイルライフがより楽しくなりました。

なので、美爪クリエイターの技術も知っていたので、ネイルの資格でもよくある「ネイル検定」でなく、すぐにサロンワークにも活かせる「美爪クリエイター」の資格を目指す事にしました。

勉強は月に一度のペースで仕事の休みを利用して、技術を教えてくれるマスター美爪クリエイターの元に通い、11カ月かけて資格を取得したのでした。

退職、開業へ

資格取得を目指す頃は、取得後すぐに開業など考えていませんでした。

でも異動の希望が通らなかった事への不満や「どうして私ばかり」といった同僚の働きぶりなどへの不満など、会社への不満がたくさん積もっていました。視聴者から「いつも見てるよ」といったうれしい声を頂いたり、やりがいも感じていたのですが、不満の方が大きくなっていったのです。

そんな中で色々考え、開業するなら少しでも若いうちの方がいいかと思うようになり、また前職のJAやファーストフード店で培った接客の知識や技術は自信があったので、もし開業して駄目でもまたバイトに戻ればいいと思い、思い切って退職・開業を決意したのでした。

そして退職希望を上司に伝えました。

すると「撮影や編集の技術は出来る人もまだまだ少ないし勿体ない」「15年も務めたベテランが退職したらその穴も大きいから業務委託で特派員とアナウンサーをして欲しい」と会社からの提案があり、私もせっかく培った技術は無駄にしたくなかったので、その提案に合意する事にして、正社員という立場とさよならする事になりました。

完全予約制・不定休

もちろん開業してすぐ利益が生まれる事はありませんでした。

ご新規様が増えだし利益が生まれだしたのは、ちょうど2020年の12月頃から。自分でもそれは理解していたし、退職金があったので焦る事はありませんでした。

サロンを開業する上で、営業時間や定休日を決めなければならず、近隣のサロンを調査したところ、次の事がわかりました。

・自宅サロンが多い事

・平日営業、土日定休のサロンが多い事

私自身も会社員時代は仕事の休日や仕事帰りにサロンに行くことが多かったので、その経験からも私は土日祝日も営業しようと決め、夜も仕事終わりに立ち寄れるよう営業時間も決めました。

そう考えると必然と仕事に占める時間が多くなります。でも身体を壊しては元も子もありません。なので『1日2人までの完全予約制ネイルサロン』とする事にしました。

これにはもう一つ理由があって、実は私、かれこれ20年追っかけているアイドルがいるのです(笑)

それは働き始める前からで、ライブは必ず行く主義。JA時代は大阪は絶対で、時には東京も。ケーブルテレビ時代はJAと比べ、休みの調整がしやすかったので、北は仙台から南は福岡まで行っていました。私のストレス発散の場がファン活動やライブだったのです。

なので、サロンをし出してもそれは維持したかった。そのために働いている所はあったのですから。なので、定休日は設けず不定休としたのです。

もちろん、お客様にもその旨は話しています。

「今はコロナ禍だからライブも少ないし、無いけど、ワクチン打ったら行き出すと思うので、すみませんがその時は予約の調整などご協力をお願いする事もあると思います」と(笑)

今の働き方になって

今の働き方になってから、コロナの影響もあるのでストレス発散の場はありませんが、ストレスが溜まりにくくなりました。

完全予約制という事で、予約が無ければサロン業務は休み。

サロン業務が無い時は特派員として取材に行ったり、編集代行の仕事をしたり。

そして週に1度はアナウンサーとして必ず出社する、そんな働き方です。

よくよく考えると、私は「飽きっぽい」んだと思います。そして「変化を求める」タイプ。なので、今の働き方が合っているんだと感じました。

毎日同じ繰り返しでなく、サロン業務の日もあれば、動画の仕事をしたりと「ネイル」と「動画(テレビ)」と違う仕事で刺激もあるので。

なので心にゆとりも生まれ、他人に対する不満も「人は人、自分は自分」と捉えられるようになりました。

一見、違う仕事をしたり、不満もあったりとここに至るまで遠回りしたように思うかもしれませんが、これまで会社員として働いた事で身に付いた事もたくさんありました。

動画撮影と編集の技術がその例です。

ボーナスは無くなったけど、収入に対する不満もありません。働いたら働いただけお金が入るのですから、全ては自分の責任。収入が少なかったら働けばいいだけ。そして働く術はいくらでもある。気持ちさえあれば、何とでもなるのです。

なので、会社員は「時間を売る仕事」だったんだと気付きました。給料が保証されている分、自分の時間を会社のために使う。「自分の成果=会社の業績」「会社員は会社のために働く仕事」だったんだと。他の社員の働きぶりに不満があっても我慢するのも仕事のうちだと。

今の働き方になって、一番の問題が「新型コロナ」

コロナの影響で、収入が減った人、お出かけを控える人が増えました。

もちろん、サロンの営業にも影響はあります。

でも、来てくれている人もいてリピーターさんも増えてきました。

その一方で、コロナの影響でプラスになった事もあります。

その一つが「オンライン化」です。オンライン化が進み、これまで大阪など都市部まで出ないと受けられなかったセミナーがオンラインで自宅で受講出来るようになり、便利になりました。何事にもメリットとデメリットがある事も知りました。

もちろん、ネイルサロンも競合はたくさんあります。サロン経営では、他店との差別化が必要だと感じました。

これまたコロナの影響で外出の機会が減り、歩く機会が減ったことから「巻き爪」に悩む人が増えたと聞きました。また消毒を頻繁にするため、本来必要な爪や肌の油分水分が飛ばされ、二枚爪や手荒れに悩む人も増えているそうです。なので、ジェルネイルの技術ではなく、ジェルを塗らないケアのサービスの技術向上に努めようと現在、準備を進めています。

コロナの影響は私だけでなく、これを読んでいる方や社会の誰もに何らかの変化をもたらしたのではないでしょうか。

会社の業績が悪化しクビになった人、パートの勤務日数を減らされた人…他にもたくさんいるはずです。

また最近では副業を認める企業も増えているそうです。

私が会社員をしていた頃はまだまだこれからでした。たぶん、副業が認められていたら私も会社を辞めず、副業を始めていたと思います。だって「飽きっぽい」のですから。

ココナラやクラウドワークスなど、仕事のひとつを外部委託する機会も増えていますし、これからは一つの職業に囚われなくてもいいように感じます。

また自分の得意を売りに出来る時代です。私の場合は編集代行がその例です。

なので、保育士だった方ならベビーシッター、ハンドメイドが趣味の会社員ならアクセサリーなどを作って販売すれば副業になります。

そして副業が上手く行って稼げるようになったら、副業を本業にしてもいいと思います。

これからは変化の時代。コロナの影響で時代は変わりました。

なので、働き方ももっと様々でもいいと感じています。

私も今の働き方を楽しみ、仕事もプライベートも充実した日々を過ごす事が今の目標です。そのためにも早くコロナが終息して欲しいです。

また、これからは「やりたい事をやる」

興味を持った事は一度やってみる。やってみたら向いてる、向いてないもわかるし、何もやらず「やりたい」ってずっと思っているより前に進みます。

やりたい事をやって、新たにときめくものを見つけたらシフトチェンジしていく可能性もあります。でも、それもいいと思っています。


働き方は色々あっていい。

自分が何を求めるかが大事。


収入や安定を求めるなら会社員。

自由な働き方をしたいなら、私みたいに開業もあり。

自分が何を求めているのか、しっかりと自分と向き合って決める事が大切です。楽しく、自分らしい人生を送るためにも・・・。

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