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DIME NOVELS ダイムノヴェル第一話

【あらすじ】
ムショ帰りの俺は、ご親切なことに刑務所まで出迎えにきやがったCとKに誘われ、金も仕事もない身空から否応なしに、銀行強盗の片棒を担ぐことになった。
しかし、彼らから訊かされた計画は『男の仕事』には程遠い『チンピラ仕事』。
若造のUも加わり、週末の銀行を襲うのだが…。

男。報酬。裏切り。最後の笑うのは


【本文】
 リー・マービンとジェームズ・コバーンの区別の付く奴は、男だ。
漢、と表してもいい。
二人は、共に長身で、長い顔を有しており、スクリーンの中でタフガイを演じ続けた。
 片や、マービンの方は、ロバート・アルドリッジや晩年のジョン・フォードの映画に多く出演していて、四つばかり歳若のコバーンの方は、サム・ペキンパー作品の常連だった。
尤も演ずるのは両者共、西部のガンマンか兵隊ばかりだから、区別の付かない奴なら、話の途中で入れ替わっていても、違和感は無かったろう。
 だが、分かる者には分かる。
分からない者には一生、分からないし、また、分かる必要も無い。 
映画好きを自称している奴等の中でも、混同している者は多い。
だから映画を観た回数で為せるものではない。
見分けているのは、もっと感覚的なものだ。
醸し出す匂い、ってのを嗅ぎ分けているのだ。男の匂いってやつを。
 そんな男の話だ。
無理強いはしない。興味の無い奴は、ネイルサロンにでも行けばいい。



「簡単な仕事だ」
Kが、78年式ダッジ・チャージャーのハンドルの上で、計九本ある内の四本を指輪で埋めた、毛むくじゃらの太い指を滑らせながら言った。
 訊き飽きた科白だった。この日だけで、もう三回は訊かされていた。
中身が入っているかも怪しい後頭部を見せる彼らは、後部座席に座る俺を、この仕事に引き込みたいのだ。
 無駄にデカいダッジは、存在意義の乏しい信号の見守る交差点の角を曲がった。
その先は、広い通りと反比例する背の低い個人商店が立ち並び、次の角を越えた所に銀行があった。そこが俺たちの行き先だ。
 車窓。舗道越しに、シケた雑貨屋や食堂が流れた。どれもネクタイを締めて入る店じゃあなかった。
 俺はネクタイを緩め、シャツの第一ボタンを外した。街に合わせた、というのもあるが、ダッジの車内温度の方が主因だった。
「暑いか?」目ざとく見つけたKが、バックミラー越しに伺いを立てた。その顔にも、うっすら汗が浮かんで見えた。
「お前が、温度を上げているからな」と俺。
「窓は開けられねえから、しょうがねえ」Kの拳が窓を叩いて言った。「一応、防弾だぜ」
 太い指に填る指輪が、安い金属音を奏でた。
 冷房機の付いていない車に、体格のいい男と同乗するのは苦行だ。ましてムショ帰りの足に使うものではない。
 だが、出所のお出迎えには、この車しか来なかった。「来てやったぜ」と恩着せがましいのが癪に障ったが、知らせてもいない出所の時間を調べ、待っていてくれたのだ。この手間は評価してやるべきだったし、乗車しなければ、恐らくの方向しか知らない近くのバス乗り場まで、田舎道を二時間ばかし歩く羽目になる所だったので、足にするより他には無かった。
 ダッジが銀行の前を通過した。鼠色の建物に青い看板のかかった、見るからに預金者の少なそうな銀行だった。
「ご感想を」二筋先のダイナーの駐車場に、頭からダッジを停めたKが、でっぷり太った腹を器用に回して、後部座席に座る俺に発言を求めた。
「金が有る様には、思えねえが」と俺。
「それが有るんだ。集金された裏帳簿の金が全部、此処に集まる。チェックの厳しい大通りの本店じゃなく此処に集まるってのが、味噌だ。俺たち的にも」
 誰の裏帳簿か、は敢えて訊かなかった。誰のものかは見当が付いたし、訊くだけ野暮だ。
「やばくねえのか?」事後を考えて言った。これはムショで付けた知恵だ。
「やばくねえ仕事がご所望なら、時給5ドルの仕事を紹介してやらなくもねえぜ」俺が答える前に、助手席のCが、残部僅少の頭を固定させたまま此方も見ず、言葉を継いだ。「男の仕事ってのは、こういうのを言うんじゃないか?」
 明らかに男の仕事では無く、チンピラ仕事だと思ったが、断る術を俺は持ち合わせてはいなかった。内ポケットの財布の中身がそれを許さなかったのだ。だから「確かに」と小さく頷いて、Cの言を肯定するほか無かった。
「分かってくれりゃあ、いい」護身用のブツを巻く足首を掻きながら、Cがやっと俺に顔を向けた。
 俺を“回れ右”させる顔。疫病神め。 
 別の道? そんなもの俺には無かった。貧すれば鈍する。したくもない座右の銘だ。
 否応無しの承諾の後、取り敢えず詳細を、と訊かされた計画…そのレベルには達していなかったが…はガキの仕事にすら及ばない程に酷く、どこかのチンパンジーにでも練って貰ったのか? と尋ねたくなるような内容だった。サム・ペキンパーでも、脚本家がこの計画を書したシナリオを持って現れたら、殴りつけた上で、却下しただろうと思われるほどに酷い。ストッキングを頭に被り、ピストル片手に乱入…。
頭が痛い。
急に、安いハンバーガーが無性に食いたくなった。
何処の店なんてこだわりはなかった。マックでもキングでも、アヴォリルでも何でも良かった。
そんな屋号の店を見た事は無かったが。

#創作大賞2024 #ミステリー小説部門


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