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DIME NOVELS ダイムノヴェル第三話

金曜の昼過ぎ、クラクションが鳴った。
下着一枚、酒の残る頭を上げ、ベッド横のブラインドを指で下ろして、窓の外を見下ろした。
眼下の路肩に、陽に焼けた黒いダッジ・チャージャー。ドアの前までの御出迎えは無い様だ。
もう臭い始めていたムショ帰りの格好に身を固めて、出て行った女房のように、ボタンを押した位では帰ってこないエレベーターを諦め、酒を抜く為もあり、階段で階下へ降りた。
無愛想なフロントのオヤジに、もう帰っては来ない旨を、軽く手を挙げて合図をし、眩しい陽光の中へ繰り出した。
路肩のダッジ・チャージャーの後部ドアを自ら開けて、ケツを車内に滑り込ませる。
「時間厳守で、お願いするぜ」ハンドル握るKが言った。
 助手席にはC。Uはいない。
「若いのは?」
「アイツは、この後だ」とC。
「何で、ガキが一番最後なんだ?」
 どうでもいい事だが、気になった。
「車、転がす都合さ。郵便屋だって効率考えて配達してるんだぜ。それと一緒だ。ついで言うと、順番に拘るんなら、お前が、一番最後に加わったんだから、皆の家を迎えに回らなくちゃいけない身分なんだぞ」
「ケッ」
 ダッジ・チャージャーは、雑に乗り上げていた路肩を乗り越え、俺のケツをシートの下から蹴り上げながら、通りに繰り出した。
 返すがえす俺の虫の居所を、悪化喚起する。
「もうちょい、丁寧な運転を心がける気は無えのか?」
「一々、うるせえ野郎だ。ムショで小姑にでもなったのか?」
 Kの言葉に、ケツに鈍い痛みを思い出した。確かに癇癪女のような言い様だった。だからKの軽口に黙り込んでしまった。良くない沈黙だった。
 車内に、腐れサーフミュージックだけが流れた。カーラジオからのものだ。カセットテープであれば、誰の選曲だ、とまた小言を吐いていたかもしれない。
小言でない会話を展開しようと試みたが、続けざまに能天気な曲が流れ始めたので、やめておいた。
ただ、車窓の外に流れる空の色には、苛立つほどにマッチしていた。下らないくらい青い。
この色に不平を唱えるのは、踊りそびれたジーン・ケリーくらいのものだろう。
窓から見上げて思う。俺たちの未来は、きっとこの色だ。

三曲目が始まる既で、路肩に立つUの姿が目に入った。小脇に、流行らない雑貨店で買い物ついでに貰えそうな紙袋。定まらない前髪をかきあげながら、俺たちに手を挙げ合図しやがる。
これはタクシーを停める作法だ。銀行強盗の乗る車を停める作法ではなかった。
俺がハンドルを握っていたなら轢き殺しただろうが、Kはさきほど俺に咎められた所為であろうか、やけに丁寧にUの前に滑り込ませる様に車を停めた。
 Uが車内に頭を突っ込みながら言う。「タイムイズマネーって言うぜ。守らねえといけねえ最低のマナーだぜ」
 Kが、俺の所為だ、と無碍に責任を全て押し付け、それを訊いて舐めた態度で隣に座ったUが、俺に向き直る。
 黙れ、と目で合図。Uが頭を振って、それ以上の口をつぐんだ。
 以心伝心。聞き分けのいい子で良かった。
 サーフミュージックは流れ続ける。波に乗れない男たちを乗せて。
「これ、誰の趣味だい?」とU。
K「あン?」
「お気に召さねえか?」とC。
「いや、天気には合ってるのは認めるが、海水浴に行くワケじゃねえだろ」
「よく理解してんじゃねえか」
「おいおい、ガキ扱いするな。テメエらの使う銃、用意したのは誰だと思ってんだ?」
「悪かった。お前だ」Cが悪びれずに言った。
「頼むぜ、オッサン」
K「じゃあ、このシチュエーションに合う音楽ってのは何だ?」
「ロックだ。それもガンガンにギターの効いたヤツ。半袖の開襟シャツ着た野郎が、歌うような曲は御免だ」
 どれもガキの聞く音楽だ。ジュリアードあたりの木っ端教授なら「音楽ですらない」とほざくだろう。
「スマイルカットポケットのウエスタンシャツを着ろ、と言われなくてよかった」とK。
「アンタ、似合いそうだな」
「何なら、耳元で糞カントリー唄ってやろうか?」
 その後、UとKによる音楽争議が続いたが、聞けたものじゃなかった。能天気なサーフミュージックが心地いい、と感じられる程に。
 そして誰も話さなくなった。もう耳朶にサーファーの奏でる音は、響かなくなっていた。俺たちはアバズレな水着女ではないのだ。やるべき仕事のある男の群れだ。世間様に背く類の。
 車窓に街並みが流れた。ダッジ・チャージャーは、何本かの高架を潜り、ビル群を抜け、シケた街並みの中に入った。件の銀行は、すぐそこだ。
 Cがダッシュボードから取り出したストッキングを、パッケージを雑に破いて一人ずつに手渡した。
 取り敢えず、使用済みでなくて何よりだ。
 被った事はなかったが、それは他の三人も同じだろう。もしかするとベッドの上で被った事のある奴が居たかもしれないが、それは訊かずにおいた。仕事の前に変態を見つけても、仕様がない。
 俺は、恐らく、と見立てた要領でストッキングを被った。思ったよりスルリと入る。ブラリと垂れ下がる足の部分は、適当にマフラーのように首に巻きつけた。
 Uがそれを見て、真似をした。
 俺を見て、どう思ったのか? まあいい。放っておいた。
 Kもハンドルを握りながら片手でこなして、皆が、それなりの要領で被り終えた。
 俺の目の前、残部僅少の髪のはみ出たストッキング男の後頭部。クソのような風景。視神経の無駄使い。笑えないが笑える。
 Uが、紙袋から小振りなオートマチック銃を取り出した。自分の物も含め、都合四挺の同じものが、ストッキング男からストッキング男に配られた。
 黒手袋をはめ、受け取る。思っていた物より一インチ半は小振りだが、製造番号は削り取られており、検めると弾もきっちり装填されていた。
「不平は受け付けないぜ。見栄えより使い勝手だろ?」
 その通りだ。俺たちは映画スターじゃない。仕事をする男たちの群れだ。脅して金を奪う。それだけが目的だ。ポーズはいらない。
 ダッジ・チャージャーが停まる。
 フロントガラスの先、午後三時の流行らない銀行。金庫には週末前の唸るほどの金、の筈。

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