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DIME NOVELS ダイムノヴェル第四話

「五分だ。エンジンは掛けたままにしとけ」Cが、車に残るKに指図して、残りの俺達三人は、車外に飛び出した。
 疎らな往来の何人かが、俺たちに振り返った。
銀行へ向かうストッキング男の群れだ。
大体の構図は飲み込めたろう。預金者でないのは確かだ。
だから彼や彼女らは、俺たちに道を譲った。危うきに近寄らず。
俺も月々、決まった給料を貰っていれば、そうしたろう。
 雑な仕事だ。入る前から犯罪を露見させていた。
 先頭を行くCが、ガラス戸を押して行内へと雪崩込む。
銃声が一発鳴る。気付の一杯。皆に来訪を知らせる一発だ。
撃ったのが正解だったかは分からないが、兎に角、撃ちやがった。
 俺とUが、続いて行内に雪崩込む。
客は三人。どいつもミセス。
二つある窓口に受付女が一人ずつ。カウンター奥に若い男と、支店長らしい中年男。
そして俺たち三人。
狭い行内に全部で十人。運命共同体。
ホールドアップ! 
表の世界の皆が手を挙げる。聞き分けがいいのは、長生きの秘訣だ。
俺が、客の御婦人方を受け持ち、一箇所に集めた。
Uはカウンターを身軽に乗り越え、受付嬢と男性行員を自分の前へ。
Cが支店長を引き連れ、奥の部屋へ。
五分で終わる仕事。俺はその間、御婦人方を慌てさせず、騒ぎ立てさせず、銃を構えてエスコートしてりゃあいいだけだ。
取り敢えず、立たせ続けるのも何なので、壁際の観葉植物の鉢植えの横に、並べて座らせた。ここなら外からも陰になるだろう。
ここで、ふと気づく。警備員がいない。きな臭いものを感じた。
居ないはずが無かろう。此処は銀行だ。シケてはいるが、営業中の銀行だ。現に今、俺の前に御婦人の客が三人もいる。
カウンターの方に振り返り、Uに声をかけた。「おい、警備員が居ねえぞ。おかしくないか?」
「あン?」とU。
「警備員だ」
銃口を左右に振り振り、Uが答える。「居ねえ方が、好都合じゃねえか」
 そういう意味じゃない。やはりガキだ。文脈が読めていない。
「普通は居るだろ。此処は銀行だぞ。どうして居ねえ? 疑問に感じろ」
「俺に、どうしろってんだ?」
「店のモンに訊け!」
 Uが、男性行員に発言を促す。「だとよ」
 行員が頭を振る。
 どういう意味だ? ハナから居ないのか? 今日だけ居ないのか? 俺たちにだけ見えないのか?
「小便にでも行ったのか?」Uが軽口を飛ばした。
 クソが付くほどに面白くない。

「何なんだ、これは? 一つも面白く無いぜ」Cが金庫の中を見て、支店長に言った。
「お前たち、こんな事をして、タダでは済まないぞ」
「店長さんよぉ、脅すのはコッチの領分だ。訊かれた事だけ答えろ。中身は何処だ?」
「これで全部だ。こんな郊外の支店に、唸るほどの金があるはず無かろう」
「巫山戯るのは顔だけにしろ。カジノの裏帳簿の金があるはずだ」
 支店長は、やれやれと頭を振った。銃口を背中に、きつく突き立てても変わらなかった。
「何処にも無えってのか?」
「ご覧のとおりだ」
「そんな筈は無え。どっかにある筈だ」
「誰に担がれたのかは知らないが、無いものは無い。何なら支店中、探せばいい」
「言ってくれるじゃねえか。よし、そうさせて貰おうか」
 Cは、金庫に保管されていた、なけなしの紙幣の束を、掴んでポケットに捩じ込み、奥に連れ込んだ時よりも、かなり粗雑に支店長をエスコートして表に戻った。

 俺は腕時計を見やった。日本製の安物の銀時計だ。だが性能は悪くはない。七年経っても動いているのだから、東洋人の時計職人の腕は確か、と言って差支えはなかろう。
この時計の針の動きからして、三分二十秒でCが戻ってきた。悪くない時間だ。このままずらかって、仕事は終わりだ。
 だが、そうはならなかった。戻って来るなりCは、カウンターの中を荒らし始めた。
 ボストンバッグの一つも持たず、手ぶらで帰ってきたのを見て、まさか、とは思ったが、其のまさかが現実となったようだ。
Cの態度は悪鬼羅刹と言って良いものだった。カウンター内の机を蹴飛ばし、キャスター椅子を投げ飛ばし、大いに吠えた。受付嬢は泣き喚き、若い行員は青白い棒になった。
それでも尚、支店長は冷めた目で勝手にやらせ続け、Cのボルテージは上がり続けた。
 俺は、というとマダム達にまで騒がれては厄介なので、できる限り目に触れないよう彼女らの前に立ち、飛んでくる椅子からは守ってやる事にした。
「おいオッサンッ、何してんだよ!」ようやくUが口を挟んだ。
「金が無え」とC。
「は?」
「金が無えんだ。金庫の中に。お前も探せ!」
 ドブだ。
「どういうこったい!?」
 Uの疑問は至極当然だ。だが、答えはこうだ。金は無い。以上。
「だからって、机ひっくり返してどうなるんだよ!? 早くずらかろうぜ!」
 Uの直球の懸念と提案は、正解だった。ただ正解だ、というだけだったが。
「手ぶらで帰れるか。俺たちゃ、もう踏み込んじまったんだぞ」
 Cの言い分もよく分かった。だが、踏み込んだのではなく、今の俺達は踏み外したのだ。指摘してやりたい衝動に駆られた。
だが今は、その時期ではない。その時期が来る事があったら、俺たちは窮地を脱した、と言えるだろう。そんな予感は、まるで無かったが。
「もう五分経つ。諦めろッ」Uが、Cににじり寄った。
 正確には、六分と四十秒ばかり経っていた。この場合、Uより日本製腕時計の方が信用に足る。
 という事は、おのずもがな新たな客の到来。となろう。
サイレンの音が俺の耳朶に、小さくだが響いた。大きくなる前に退散しなければ、四日ぶりの別荘に、とんぼ返りとなってしまう。
 完全に震え上がっていたマダム達を見下ろし、警官がヘイルメアリータッチダウン級の笑顔で声をかけるまでは、再作動する事はあるまい、と見繕い、俺は支店長を殴りつけているCに逃走を促すために、カウンターを飛び越えた。
 Cの胸ぐらを引き寄せ、懇切丁寧に事態と、その打開策を伝えた。「お巡りが来る。早くしろ」
 まだ何か言いたげなCの襟首を掴み、ガラス戸に向かう。Cは、もう暴れる事もなかった。丁度、リングを下がるヒールレスラーの様な塩梅だ。
先導役を、自薦で仰せつかったUが、扉を開けた途端、サイレンが行内に乱入。近場を走っていた数台ではなく、かなりの台数がこちらに向かっている事が窺えた。
用意のいい事である。
一人、振り返って行内を見回す。
追ってこないのはいい事だ。職務に忠実でないという事は、長生きの秘訣である。きっと彼らも気付いた事だろう。否、気づいているからこそ動かないのだ。どっちにしても手間が省ける。俺たちには幸甚な自粛行為だった。
外に出るのを躊躇うUの背中を押し、俺たちは青空の下に出た。
サンシャイン・イン・アフタヌーン。
こんなタイトルの曲を歌っているバンドがあれば、撃ち殺してやる。と心うちで決める。それくらい腹立たしい陽光だった。
赤色灯を回すパトロールカーの姿が、俺の視界の端に入ってきた。
しょうがなしに、ぶっ放す。当たるかどうかではない。牽制と反骨を示したのだ。
功を奏したのか、パトロールカーは直前で停まり、開け放った扉の陰から身をかがめた警官たちの銃口が窺えた。
これでいい。少しの時間が取れればいいのだ。向こうも無駄に死人は作りたくはない。
路肩には、ダッジ・チャージャー。
走り寄ったUが前後のドアを開け、助手席に飛び込んだ。俺はCの背中を押し、後部座席へ二人一緒に雪崩込んだ。
 同時に、Kがアクセルを突き抜けるほどに踏み込み、ダッジ・チャージャーがタイヤを鳴らして、急発進する。
 深海魚の顎のような頑丈なバンパーが、路肩に突き出た消火栓をなぎ倒しながら前の通りへと加速して、俺たちの背後で噴水が湧き上がった。
 悠長に振り返って、眺めている場合ではない。俺たちのケツに何発もの弾丸が浴びせられた。
「大丈夫だ。防弾だ」太い指でハンドルを回すKが、車内全体に宣言した。
 跳ねっ返しているのか、ぶち込まれているのか分からない金属音が、車内に響き続ける。
 ガラスにも。一発、二発、三発目でリアガラスは粉々に砕け散った。
 醒めた外気が、銃声を伴って車内に侵入する。ドブを手招きしている、に近い。
 防弾ガラスじゃなかったのか?
 恨み言を言いたくなった。それがKに対してなのか、Cに対してなのか、製造したガラスメーカーに対してなのかは、どうでもよかった。結局、全てに言いたいのだ。もう誰に対して、何の恨み言を言いたいのかも分からないくらいに。それくらい切羽詰っていた。
否、ハナから切羽詰っていたのだ。
 パトロールカーのサイレンが大きくなる。
「もっとスピード出せねえのかよ」とU。
 無理を言う。多分、フルスロットルだ。
 パトロールカーは、追いすがった。距離が縮まる。
サイレンが「止まれ」と言いすがる。相手が女であれば、「行くな」と言われれば止まったかもしれないが、そうはいかない。
「マスタングにすりゃあ、よかった」とK。油汗かきながらの精一杯の軽口。
 確かにカーチェイスにはマスタングの方が適当だったろう。だが、あれはマックイーンの車だ。ドル箱スターが乗るもので、俺たちの乗る車じゃ無い。
 だだっ広い直線道路。信号も無視して、ぶっちぎった。車窓にシケた町が流れていった。
 郊外の田舎道への逃走では、失地しかない。高架を潜り、街の中へ。マグナカルタのジョン王でもそうしたろう。
「もうすぐだぞ。用意しろ」そう言ってKが、自分の頭のストッキングを剥ぎ取った。
 そうだ。俺たちはずっと被ったままだった。他の二人も気付いたのだろう。俺と一緒のタイミングで、気まずそうにストッキングを剥ぎ取った。
 汗だくの顔の男が四匹。銀行強盗犯の四人。否、仕事はキメちゃいなかった。やったのは銃の不法所持。および発砲。器物損壊も入るか…、要はチンピラ四人でしかなかった。
 Kが、今まで固定していたハンドルを急激に、ぶん回した。遠心力で振られる俺達。足元でタイヤが甲高い声で、唸りを上げる。
 真っすぐに行く、と思っていたパトロールカーが俺たちを追い抜き、前方でケツを揺らして急停車。知らない間に数を増やしていた後続車が、そのケツにカマを掘った。
 俺たちは180度転回。Kは逆走行で、激突を避けるパトロールカーの群れを蹴散らし、ショッピングモールの地下駐車場の開いた口へ、もう一度ハンドルを切り返し、ダッジ・チャージャーを突っ込ませた。
 これは予定通りの行動だった。懐が寒い以外は。
 料金所のバーの根元をダッジ・チャージャーのバンパーで擦り上げると、入口全部を塞ぐような形で根元から折れたバーが、俺たちの背後で行く手を遮った。これで少しは時間を稼げるだろう。ダッジは此処で捨てていくから、少しの時間で良かった。
 下り坂、心地よい加速感。後ろへ振り返る。追っ手は来ない。地獄への…でない螺旋を下り続ける。そう思いたい。
 Kは、ぐるぐると地下三階まで、車を回し、モール店内への出入り口付近の空いていたスペースに、頭からダッジを突っ込ませた。
 呼吸を整えた。四人が四人とも。
 車内。ドブに似た静寂。追っ手は来ない。
「じゃあな」とC。
 俺とUは、適当に相槌を打って、ダッジの扉を押し開いた。走り出したい欲求を、手綱を引いて抑えながら、店内への入口に、早足のギア一つ上くらいの小走りで駆け込んだ。CとKは、駐車場に停めた別の車に乗り込む手筈だった。
 人がいないのを確認して、細い通用階段を2フロア分、駆け上がった。ここからモールの地下部分に出られる。金曜の夕、人の数は多かった。これなら姿を紛れ込ませられそうだ。
 目に入ったゴミ箱に、ポケットに丸めて突っ込んでいたストッキングと銃を、まとめて投函した。
 Uが、俺の横に並んできて話しかけやがった。「アイツ等、大丈夫かな」
 自分の心配をしろ。
「俺に話しかけるな」小声で言った。
「アイツ等、捕まったら、ゲロるぜ」
「だから、逃げてるんだろうが」
 そうは言ったが、この窮地から別の車で、ってのは悪手に思えた。当然、検問もあるだろう。俺たちは、ほんの少しのタイムラグを稼いだだけなのだから。
「アンタ、どうすんだい?」
「俺はバスでも使うさ。お前は地下鉄でも使え」
 俺は、そう言って、モールの広場から左右両側を縁どり、ぐるりと円を描くように地上階へ上がる階段を、努めて冷静に登った。はしゃいでは駄目だが、しかめっ面はもっと駄目だ。買い物客に紛れなくてはならない。
上まで上がって、階下を見下ろした。Uが俺を見上げるように突っ立っていた。
バカが。早く、地下鉄へ向かえ。
俺は無視して、モールの開け放たれた広い出口から外に出て、目の前の小ぢんまり纏まったバスターミナルから、何処行きかも分からぬ発車寸前のバスに乗り込み、空いていた席に座った。
車体を揺らし、バスは走り出した。
車窓。路肩に並ぶパトロールカー達。目当ては俺たち。俺は高みの見物。
駐車場入口のバーはもう取り払われ、出庫する車への検問が始まっていた。
ここを車で出てゆく轍は踏むまい、と思っていると、舗道を歩くCとKを見つけた。
やはり車は無理だったようだ。声は勿論、掛けられないが二人の無事を祈った。
バスは走る。俺は何処へ向かっているのか? お巡りの居ない所だ。



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