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教室のアリ 第24話 「5月7日」②〈がんばれ!先生〉

 オレはアリだ。長年、教室の隅にいる。クラスは5年2組。

久しぶりに見た子どもたちは元気で、ひと回りカラダが大きくなっていた(オレたちも人間に気づかれない程度に大きくなっている)。
「今年は長いゴールデンウィークだったけど、楽しかったですか?」と、ヒラヤマ先生は聞いた。そうか!毎年やってくる4月の終わりから5月の初めの休みだったのか?でも、いつもはこんなに連続じゃなかった、学校がある日もあったんだけど…まぁ、いいや。
「早く、勉強しに行こう!」ポンタが言った。さすがだ、感心してしまう。オレたちは一列になって廊下の隅を歩き、階段を降り2年生のクラスをのぞいた。
「えー、2年生では160文字の漢字を覚えないといけません。」
「えーー、多い!」
オレは教室から聞こえてくる言葉を聞いて国語の授業だと一発でわかった。だから迷わずこのクラスに入り、3匹で窓際に並んだ。
「内と外は逆の意味になりますね。では西の反対はなんでしょう?」
「東――」
「正解です。ではちょっとイメージっぽいですが角の反対は?」
「真ん中―」「飛ぶー」(この子は将棋をしているのだろう)などなど答えは出てきたけど正解は出なかった。
「正解は丸です。尖っているイメージがあるのでその逆はまるっこいこの字です」「ボクの字だぁーーー」まるおが叫んだ。「やった!やった!ボクは漢字がある」「食べ過ぎて太ってるから、まるお…ピッタリだね…」ポンタは少し皮肉を込めて言ったのに、まるおには伝わらなかったみたい。丸男か丸夫だろうか?まぁぴったりだ。※今後も【まるお】で表記します。あしからず
1限の国語が終わったので隣のクラスに移動したらまた国語の授業だった。オレたちはこうやって午前中、いろんなクラスの国語を回って勉強した。途中、少し難しかったから3年生だったのかもしれない。ポンタはすごく真剣に聞いていたけど、まるおは途中寝ていた。まぁ、ダイキくんも寝るからいいか。で、最初の2年生のクラスに戻って、給食を食べ(一緒に机で食べたわけではない)、5年2組に戻った。

〈居残り司令〉
 
5限が始まる前の休憩時間、グラウンドで遊んでいたダイキくんをヒラヤマ先生が呼んだ。
「放課後、少し残ってくれる?お母さんもお呼びしているから話をしよう」
「えー、聞いてないー」最初はゴネていたけど、先生のいつもと違う表情に何かを感じたのか、うなずいた。午後の授業が終わり、子どもたちは帰っていった、ダイキくんを除いて…オレたちはカーテンの影に隠れていた。
「お世話になります…」ダイキくんのママが入ってきた。その後すぐに、シュニンが来た。机を4つくっつけて黒板側にシュニンとヒラヤマ先生。後ろ側にダイキくんとママが座った。
「単刀直入にお伝えします。ダイキくんの成績の件です。」
「クラスのムードメーカですし、体育ではスターで、野球も頑張っているって聞きます!」シュニンの言葉をさえぎってヒラヤマ先生が話した。
「おうちでの野球と勉強のパランスはどのようになっていますか?」シュニンが少し大きな声で言った。
「勉強は…机には向かっているとは思うんですが…」
「『思う』では困るんですよ。学年の平均点にかなり足りないんです。」
ママは下を向き、ダイキくんにいつもの元気はない。
「ダイキ、野球は楽しい?」ヒラヤマ先生が聞いた。
「楽しいよ。ホームランを打つとみんなが喜んでくれるんだ。」
「週に何回してるんだ?野球を。」机に肘をついてシュニンが聞いた。
「4回。火、金、土日」ダイキくんはシュニンの質問にヒラヤマ先生を向いて答えた。
「多いんじゃなんですか?その時間を勉強に回せませんかね?」
いつものように夕日のオレンジが教室を包んでいた。でも空気は薄青い…長い沈黙が流れた。次に言葉を発したのはヒラヤマ先生だった。
「運動会が終わったら中間テストがあります。ダイキくんも少し本気を出して…そう!本気を出して無いだけなんですよ!ねっ、野球みたいにガツンと本気でやってみよう!ね、お母さんも、そうですよね!」
オレは少しヒラヤマ先生を見直した。お菓子を隠し持って、社会が好きなだけの人だと思っていた。シュニンはスッパイ飴を舐めている感じの顔をしていた。
「ありがとうございました」ママはお辞儀をして教室を出ていった。ダイキくんは背が縮んだみたいだった。
「人間の世界では、ただエサを集めて食べてまるまるのからだをしているだけだとダメなんだって」ポンタはつぶやいた。まるおには聞こえているのかいないのかわからない。夕日のオレンジはもっとオレンジになっていた。

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