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いま私は深い呼吸をしているだろうか?

元気がない=呼吸が浅い

と言い換えても間違いじゃない。

人間は元気であればお腹で息をしている。

健康が失われてくると胸で息をしだす。

肩で息をするようであればもはや生命が危うい。


だから整体指導においては深い呼吸の誘導はとっても大事な確認事項になる。

術者は必ずふれてカラダが物理的に変化しているかを確認しなきゃいけない。

受けた人が気持ちが良いとか、気分が良くなりましたって口にしていることを真に受けてはいけない。

社交辞令だってあるんだから。


言葉を交わさなくっても

背骨の弾力が回復していたり

気の滞りが解消されていたり

問題を起こしていた硬結が変化していたり

黒い硬結が無くなっていたり

本来の体臭が臭いだしたり

呼吸が深くなっていれば

心身の在り方が方向変換出来ていることを示している。


それは

感じない=死 というベクトルから

感じる=生きる というベクトルへ方向転換出来たことを示している。


自分で確認する場合は

もちろん気分が良くなったかどうかを指針にして大丈夫。

呼吸が深くなっているかどうかを観察してもいい。


毎月師匠の下に通って整体指導を受けていたころ

ふれてもらっている手から伝わる師匠の呼吸の浅さが気になっていた。

最後の整体指導となった日から2週間後に師匠は亡くなった。

最後に触れてもらったときの師匠の呼吸はとっても浅かった。


ぼくらはお母さんのお腹、羊水から外の世界に出ると

一番最初の呼吸は息を吸う。

そして亡くなる時、生まれる前にいた存在状態に帰るとき

一番最後の呼吸は息を吐く。

息を吐いた後に、吸いの息が再び起こらないことが

人間体験の死になる。


妹を看取った仲間がいる。

医師からはもう出来ることはないと言われ死を待つだけになって

付き添って愉気をしていたんだそう。

ふれていると息がどこまで入ってきているか感じられる。

臨終の妹はすでに肩で息をしていた。

日増しに息がカラダに入って来なくなるのが感じとれる。

息が微かになっていき

その辛うじて微かな息が吐きだされた後、二度とカラダに息が入って来ることはなかった。


そんなことは知識では誰しもが知っている。

知識じゃなくって、自分の手で感じた「死」は衝撃だよね。

呼吸が入って来なくなったら死ぬんだという事実。

死ぬときって、ホントに吐いて終わりなんだねとしみじみ語ってくれた。


深い呼吸が生じていれば、まだ死は身近には無い。

呼吸が深ければ

横隔膜の上下動は最大になるから

内臓部位の体液循環がもっとも促される在り方になっている。

意識的に深い呼吸を起こすんじゃなくって

自然と深い呼吸が生じてしまうってことが大切。


そのためにはいつだって大あくびが出るようなカラダで在りたい。

活元運動の準備運動でもっとも大事な邪気吐きが大あくびの誘導には最適。

正座で前こごみになりながら息を吐ききる。

息を吐ききった瞬間に脱力。

息が入ってくる速度に乗って起き上がってくる。


息を吐ききって一気に脱力。

この動作が引き金になって全身が連動して動く大あくびが出てくる。

大あくびが出るときに下腹部が自然と膨らんできたらしめたもの。

気が付くと日常生活で呼吸が深くなっている自分を発見できます。



※大あくびの出し方(邪気吐き)


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