見出し画像

夢の中で、自分の心の声を聞いた

私は、夢の内容をかなり覚えている方だと思います。

夢の中で使っていた、親友の家の暗証番号。
夢の中での、会社(前職)の人たちとの会話。
夢の中での家族との会話。

目が覚めてすぐであれば、こういった「現実ではおおよそ役に立たない」夢の出来事を思い出すことができるのです。

といっても、夢の内容はいつも穏やかなわけではなく、心臓が止まるような出来事にも遭遇し、起きてすぐにはそれが夢だったと分からずに頭が混乱することもあります。

「あ、さっきのは夢だったんだ」と分かってほっとすることの方が多い気すらします。

でも今日は、どちらかというと穏やかな部類の夢の話をしたいと思います。怖さは一切ありません。ある意味、それほど面白くないかもしれません。

けれど、朝起きて、「あれは夢だったのか」と静かに驚いたので、最近見た夢の中では特に印象に残っています。

あまり他人に夢の内容を話すことはありませんので、文章に残すことも不思議な感じがします。でも、どこか不思議でリアルな私の夢を、ご一緒に楽しんでいただけましたら、幸いです。

*******
夢の中だということも分からず、どうやって"ここ"に来たのかも分からず……けれど、当然のごとくそこに立っていた私が何をしていたのか、夢の中の私もよく分かってはいませんでした。

でも、前にも後ろにも長蛇の列ができているその空間は、(現実で通っていたことのある)大学の図書館によく似ていました。

そうだ、図書館が開くのを待っていたのだ、と思った時、私は自分の横に小さな女の子がいるのに気がつきました。小学校1年生か2年生くらいに見えました。

見覚えのない女の子でしたが、夢の中の私はその子のことを知っているようでした。おそらく、知り合いの子どもとか、そんな感じの距離感だったのでしょう。

彼女の名前を思い出そうとしながら、女の子を観察しました。その子は、落ち着きなく、なぜかめそめそしていました。そうだ、この子はずっと泣いていた、と私は自然に理解しました。

彼女はずっと、「ごめんなさい、ごめんなさい、あたしが悪かったの」と言いながら泣いていました。彼女が何をしたのか、私には見当もつきませんでした。ただ、遠くにいる自分と同い年くらいの連れ(こちらも見覚えのない、けれど夢の中の私は知っている人でした)に何か関係があるのだということは分かりました。

この女の子の名前は、「たけちゃん」とかそんな雰囲気だった気がする。竹好きの自分がこの子の名前を思い出せないなんて、と思いながら、私は女の子に話しかけました。

「たけちゃん、そんなに泣かなくても、大丈夫だよ。ね、そろそろ(図書館が)開く時間だし、泣き止もうよ」

すると、女の子は、「だって、たかちゃんが悪かったんだもん。もう、どうしようもないの」といっそう激しく泣き始ました。「そうだ、この子の名前は、たかちゃんだった」と思いながら、私は彼女に目線を合わせて言いました。

「たかちゃん、もうすぐ時間でしょ。中に入ったら、もうこのことは終わり。そう考えてみない? そんなに自分を責めたらかわいそうだよ。たかちゃんは、十分反省した。そしたら、自分を許してあげなくちゃ。私は、もう十分だって思うよ。ね、たかちゃんも自分を許そう? まず、自分が自分の味方じゃなくちゃいけないんだよ」

そう伝えた時のたかちゃんの表情は、目覚めた時にも、はっきりと思い出せたものの一つです。ずっと泣いていた彼女の顔に、明るい日が差すように笑顔が現れたのです。

「いいの? もうおわりにしていいの?」

驚いたように、嬉しそうに尋ねる彼女に、私も思わず微笑みながら答えました。

「いいんだよ! 中に入ったら、一緒に楽しもうね」

そう言いながら、これは私の言葉なのかな、と私は考えていました。自分の声で話していたはずなのに、なぜか自分の言葉のようには思えなかったのです。

まるで、別の場所からまるごと持ってきたみたいに、どこかに台本でもあったかのようにするすると出てきた感覚がありました。

この違和感は何だろう。

ぼんやりと考える頭の中を、切り裂くような音が響いて、朝が来たことを私は知りました。目が覚めても、先ほどまでの会話が頭にこびりついています。「あれは夢だったのか」と私は考え込みました。

そう、あれは現実ではありません。
あの女の子のことも、よく考えてみれば全く知りません。

でも、彼女との会話には何か意味があるような気がしました。彼女への声かけ。あれは……。

あれは、「他人への声かけに、自分への声かけが反映されている」。そのことを示していると思いました。

確かにあれは、ただの夢でした。
でも、自分の心が以前とは変わったことをはっきりと示す夢でした。あの幼い女の子への声かけのし方は、自分への声かけと同じだったのです。

自分が自分の味方でいなくちゃいけないよ」なんて言葉が、どうしてするっと出てきたのか。

答えは、明白です。私自身がそう思っていて、最近は自分に対してそう言っていたから。だから、親戚なのか知り合いの子なのかも分からない女の子に、さらりとあんなことが言えたのです。

あれは、私の心の声そのものだったのでしょう。

普段は誰かとの会話に埋もれ、自分自身からも見えなくなってしまうこともある、自分の声。夢の中の他者との会話が、その声をはっきりと聞かせてくれたのだろうと私は思いました。

そうか、私は成長したんだ、とベッドの上で静かに私は考えました。
であれば、あの女の子は、過去の自分だったのかもしれません。

思えば、厳しい両親に育てられたこともあって、私は自分を責めるのが癖のようになっていました。だから、何かあるとすぐに、自分に非があるように考える人間に育ったのです。自分に非がなくても自分を責め、自分に非がある場合には、いつまでも自分を責め続けるような人間に。

それが変わったのは、先日の記事でもご紹介した、I'm OK, You' re OK.という言葉に出会ってから。会社の研修でこの言葉と出会って2年近くが経ち、私の心も、すっかり成長したようです。


*******
一日が始まる前から、こんなことをベッドの上で考えてしまうから、私はいつも疲れているのかもしれないと思います。

でも、こうやって日常の欠片から何かに気づく度に、自分の心の声を知るために旅に出る必要や、誰かと話す必要すら、本来はないのかもしれないとも思うのです。

この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?