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人との距離は心で縮まる


 大人になればなるほど、その日はじめましての人が増える。でも初対面の人と会話を弾ませるのは難しいことだ。趣味とか家族の話とか、仕事の話とか、一周したあと、ようやく恋の話あたりで少し盛り上がるだろうか。

 恋の話で盛り上がるのは、会話そのものに感情が入りやすいからだろう。そして感情が乗り出すと、お互いの距離は少し縮まる。感情というのは見知らぬもの同士の距離を縮める鍵となる気がする。


 だから心という感情を重点に話をしていけば、2人の距離は縮まるのだと思う。どういうときにどんな感情になるのか。これはその人のどんな事実的な情報よりもパーソナルな部分だと思う。

 
 

 心というものが距離を縮める鍵だということを感じたのは、言葉の通じない異国での一人旅のときだった。

 二十歳ではじめての海外。飛び立った先は遥か遠いカリブの国キューバだった。彼らはスペイン語を話すので言葉はまるで分からなかった。


首都ハバナでの旅の途中、休憩しようと思った僕は広場で腰を下ろした。広場ではハバナっ子達がサッカーをしている。

ときどきボールがこちらに転がってくるので、サッカー部だった僕は蹴り返した。

何度か蹴り返していくうちに、14歳くらいの1人のキューバ中坊が僕に目をつけたのか「チーノ!」(彼らはアジア人を見ると中国人だと思ってそう呼ぶ)と僕を呼びパスをしだした。

「ノーチーノ!ソイ、ハポン!」(違うよ!日本人だよ!)と自己紹介して僕は蹴り返す。

それから僕らのパス交換は続いた。見知らぬ国で見知らぬ人とのパス交換は初めての経験で心が震えた。

パス交換は人の力やエネルギーが体からボールに伝わり、そのエネルギーを受けて、それをまた相手に返す行為だ。そしてそのエネルギーは心がコントロールしている。そんな心を使ったコミュニケーションは初対面の僕らの距離を縮めた。

「アディオス!アミーゴ!」と彼は言って最後に握手した。

 僕は彼とほとんど会話をしていないのにも関わらず、彼が蹴り出すボールから伝わるエネルギーから彼の心を感じとった。そして彼のことをなんだかよく知った気分になったのだ。もう他人とは思えなかった。僕らは普段言葉を使ってコミュニケーションをとっているけど、その根っこの部分には心があることを忘れてはならない。


彼とはハバナで再会したが、すぐに反応して挨拶してくれた。僕たちはもう友達だった。


 心と心を通わせることを、本当の意味のコミュニケーションだということを僕はこのとき知ったのだった。

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