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ほっこりとおだやかに

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2022年3月の記事一覧

カンディンスキーの「円」から音楽をきく

3月も残り2日となりました。 この30日間 毎日トイレに座って見上げていたカレンダーは、カンディンスキー『いくつかの円(最初の習作)』。 コンパスやテンプレートを渡されて、 「さあ、円だけで何かを表現してごらん」 と言われても、私にはこんなセンス溢れる表現はできません。当然ですね。 この(最初の習作)がどんな作品に完成したかというと、 右)『いくつかの円』(1926年・グッゲンハイム美術館)。 完成に至る過程はよくわからないのですが、画家が最初にデッサンやスケッチで表現

《桜、忘.》

 今年も迎えた桜の季節。  祖母の介護にあたるようになり迎えた、二度目の美しき時だ。一度目の昨年。ひと月半の入院を終えたばかりの彼女の体は弱り、連れていきたいと思いながらも諦めた「お花見」だった。  それでも、90歳を超えてからも人はこんなに回復できるのかとひどく感心するほど彼女は元気になってくれた。日中は多くの時間を車いすに座り過ごせるようになり、一緒に出かけられるようにもなった。数ヶ月に一度の通院に加え、秋には紅葉狩りに出向いた。それもこれも祖母のもっと生きたいという

いま借りている本、と猫。シャーリー・マクレーン『アウト・オン・ア・リム』山川紘矢・亜希子:訳、東畑開人『野の医者は笑う 心の治療とは何か?』、パウロ・コエーリョ『11分間』旦敬介:訳、そして同じくコエーリョの『アルケミスト』は、先日読んだのとは別の挿絵入り愛蔵版を借りてみました。

引っ越し先の挨拶文化は消えたのか

朝、ボサボサの頭でとにかく目覚ましに、と思って散歩をしていたら、近くの家に住む高校生が犬の散歩をしていた。よくすれ違う子だ。 会うと必ず「おはようございます」と言ってくれる。こちらもそれが嬉しくて、「おはようございます」と返す。いつも先を越されるので、今度気がついたら自分から言いたいなあ、 ……と思って、目が覚めた。いかんいかん、今は知らない大人から挨拶されると、子どもたちやその保護者に「不審者」って言われてしまうのだった。「知らない人に声をかけられても反応しないように」

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雷乃発声・かみなりすなわちこえをはっす「3月31日〜4月4日頃」

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ヨコハマ散歩*サクラ咲く

「OK」じゃない自分で「OK」なんだ。

「生きるのが本当に大変な人やよな」 これは私が何度も何度も夫に言われてきた言葉だ。 決して意地悪口調でもバカにしているのでもないが、少しの憐憫と愛しさとを込めて、あきれたように夫は言う。 私にとって人生は「非常事態」の連続だった。 いや、本当に何か大変なことが起こったわけではない。 私は日常の小さなことを「自分自身で非常事態にする」天才だった。 アメリカ人なら「オーマイガー!」を連呼するような毎日。(知らんけど) 「赤毛のアン」なら「人生でもっとも悲劇的な気分だわ」と嘆く

「読まれる」記事づくりのコツまとめ

実は、今日でnote毎日執筆、365日目です。自分、お疲れさんです。とりあえず、「一年は毎日書くと決めて始めたnoteが、やりきった今日を連れてきてくれました。乾杯! 達成感というより、習慣になったな、という重みのほうがありますね。 1年続けたくらいでは何もわかりはしませんが、今の時点で掴んでいる「記事づくりのコツ(工夫)」みたいなものが自分の中に残っています。ですので、今日は一周年を記念して、自分がどうやって記事を作ってきたのか、シェアしてみます。 要するに「読まれる

明日から新社会人の私に、私が伝えたいこと。

明日、人生の中で一番くらいに大きい変化が明日からやってくる。 毎日の労働。上司とのコミュニケーション。毎日自分で考えないと進まない仕事。 たぶん、(たぶんというか絶対に)苦しくなって辛くなって(逃げ足だけは早い私は)逃げだしたくなると思う。 もちろん、本当に無理って思うときは全然逃げていい。 だけど、逃げたいって思ったときに「これ、逃げなかったらどういう成果や経験が得られる?」って考えてみて。 この一段階上のの思考をしてみて、自分が2年後までにもちたいスキルや経験・

はるちゃんを生きる

何度も何度もおんなじことを思って、書いて忘れて、また思う。そう、相棒に言われて生きている。 わたしは思ったことを読み返したくないから、忘れてしまって、毎回人生で初めてその感情を抱いたかのように熱弁し、また書く。 でもその感情が、すこし信じられなくなり、やめた。やめることも、わたしは何度も繰り返している。 なんで信じられなくなったのか、はっきりとは理由はないけど、(普通)の日々を忘れたくなかったのは確かで、浮かぶ言の葉の端々が歪で、非(普通)で、とても見ていられなかった。

もうすぐ1年。

京都の休日 #29 〜Salon de Muge(さろん ど むげ):料亭のお味を「時雨弁当」にていただいた雨の日のこと〜

石畳を伝う雨粒。 京の都は、 雨の日も美しくて。 傘を手に向かったのは、 Salon de Muge(さろん ど むげ)/
 無碍山房(むげさんぼう)でした。 以前、喫茶で訪れた際の様子は ↓こちらに綴っております。 この時、いつかいただこうと決めた 「時雨(しぐれ)弁当」。 Salon de Muge(さろん ど むげ)を営む 老舗料亭「菊乃井(きくのい)」さんの お味を愉しめる お昼限定のメニューなのです。 幸運にも、この度口にすることができましたので ご紹

FMラジオの春のキャンペーンソングに、自分がこの場所に戻って来れたことを知る

そうだった、春は繁忙期だった。 わたし、やっとここに戻ってきたんだな。 だいたい結婚式は春と秋に多くて、ウェディングの仕事をしているわたしの3月と4月は、毎年とんでもなく忙しかった。 そのことに、作業場で聴いているラジオで思い出した。FMラジオでは毎年、「春のキャンペーンソング」っていうのをやっていて、いつもアトリエのラジオで作業中に聴いていたのだ。 「春のキャンペーンソング」は、春になるとラジオだけでオンエアされる特別な一曲だ。毎年メインのミュージシャンが作詞作曲を

完璧主義との付き合い方

やひろさんの、こちらの記事を拝読。めちゃくちゃ共感したのでシェアさせていただきます! 完璧主義。耳が痛い。しかし私は、完璧主義ですらなかったのかもしれない。 褒められたいがために、一発勝負を狙い、とことん念力こめて初稿をつくることが多い私とは一体。 任された仕事はできるだけ全力でのぞみたいし、成果を出したいし、期待に応えたい!とも思うけれど、 それと初回から完璧に仕上げようとすることとは、まったく別問題なのですよね。 最初から完璧をめざしても、初回であるがゆえみんな