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パリ軟禁日記 19日目 故郷の映画館

2020/4/4(土)
「明日はお友達と映画でも見に行こうかしら」

電話越しの母は呑気である。遠方に住む家族との連絡を、普通の家庭だとどのくらいの頻度で行うだろうか。僕は基本的には用事がないと電話をしない。家族のLINEグループチャットは一応あって、簡単な近況報告と生存確認はそれで済んでしまう。誰かが何か言って、それにみんながスタンプでリアクションをとる。シンプルで合理的なやりとり。親元を離れて20年以上経つ。

今日はなんとなく、用事もないのに急に電話してみた。パリの昼過ぎ、日本ではちょうど夕食も終わっているだろうタイミング。母は一度電話をとり「今外を歩いてるからかけ直すね」と言って切った。父の声もかすかに聞こえたので、散歩でもしていたのかもしれない。20分後、僕の携帯電話がブィーブィー振動した。

「特に用事はないんだけど、なんとなく」と言って話しはじめた。必然的に世間を騒がせているヤツについての会話になった。地元では幸い、まだ感染者が出ていないようだった。それでもイベントやコンサート等は自粛で中止。高齢者は特に警戒して家を出ない、ということだった。そのため、田舎の病院、特に内科の外来受信が激減しているらしい。パリでは病床不足で、感染者が他の地方や、ドイツに移送されている。

そんなわけで、地元では特にお店や映画館が閉まったりということもないようだった。とはいえ、いくら元気だとはいえ母も立派な高齢者。「閉鎖空間である映画館に進んで行くのはどうかと思う」と意見を言った。行くにしてもせめて2、3席空けて、人と離れて座ってほしい。「大丈夫よ、人でいっぱいになることないから!」それはそれで、映画館の運営が心配である

1997年、地元から映画館が消えた。今でも覚えている。毎年楽しみにしていたドラえもん劇場版の最新作(その年は『のび太のねじ巻き都市冒険記』だった)が見られなくなり、僕はひととおり悲しみにくれた。その地元に再び映画館ができたのが昨年2019年、いま上映しているのは『シュヴァルの理想郷 ある郵便配達員の夢』(2018, ニルス・タヴェルニエ監督)というフランス映画だ。この作品、フランス南東部ドローム県にあるアール・ブリュット(アウトサイダーアート)大建造物をテーマにしている。なぜこの時期にこの作品?田舎でこの編成でお客さん来るのだろうか?

次回帰省の際、この映画館の人と話してみたい。また一つ、人生の楽しみができた。

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