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【小説】『エニシと友達』8/12

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(12回中8回目:約1800文字)


 7歳を過ぎたものの、10までは超えていなかった誕生日に、チャーリーを代表としてエニシは奇妙なカードをもらった。
 自分の顔写真が貼り付けられているのに、名前が異なる。
「外国で、暮らして行く時の証明書だ。外国に出たらソイツを名乗れ」
「自分の名前、使えないの?」
「ソイツが、お前の名前だ。外国ではな」
 嘘だ、と思って口に出すより先に、

 -- 嘘よ。

 とペトラの声がした。

 -- 自分達と関わりがあるなんて知られたら困るからよ。

 その数日後には奇妙な事が起きた。同時に奇妙と思っていい事かも分からない、すごく単純な話のような気もした。
 ソファーのある部屋にソファーがあるのにみんな、ミルカを取り囲んで立ったままでいる。
「今頃になっておい、誰がしくじったんだ」
 呆れ顔でチャーリーはぼやいているが、
「お前だろ」
 とアルファも輪を掛けた呆れ顔でいる。
「ここ1、2年みんなはお前に遠慮してる」
「ウソつけ。お前は連れ立って出掛けてただろ」
 とチャーリーはデルタを指差したが、
「俺じゃない」
「確かか?」
「ああ。俺じゃない」
 同じ事2回言った、とエニシは思ったけれど、チャーリーは気を良くしたらしく笑みを見せた。
「エニシ」
 もう抱き上げるには大きくなったエニシに向かって、太い腕を伸ばす。
「お前の妹か弟がお母さんの、おなかにいるんだ」
 近寄せられるまま寄り付いて、エニシは、嬉しそうに微笑むミルカのおなか辺りに服の上から、耳を寄せたけれど、「しっかり聞こう」としても何も聞こえて来ない事を、不思議に思った。
「聞こえないよ。何も」
「まだすごく小さいのよ」
「じゃあもっと大きくなってもらわなきゃ」
 見えても聞こえても来ないのに、ペトラ達とはまた違った感じに、「いる」と思える事が不思議でならなかった。不思議ですごく、混乱しているのか涙が出る。だけどそれは、すごく、あたたかいと言うのは軽すぎて失礼みたいに思えるほど、実質的な、重みのある涙だ。
「さすがは俺の女だ」
 チャーリーから笑い掛けられてミルカも、
「10年近くそばにいたもの」
 得意げに笑みを深めている。
「ボクは、みんなの子供なんだよね」
 耳を寄せたままのエニシの言葉に、全員が「えっ」と動揺した。
「誰に教えられた」
「またペトラか。おい」
「教えられなくたって、全部じゃないけど分かるよ。子供にだって」
「ペトラは、何て言ってる」
「ペトラはこのところ出て来ないよ」
 そうか、とチャーリーはホッとした様子でいた。
「よっぽど言いたい事がある時にしか」
 成長して見えなくなってきた、と思われたようだがそうではなかった。ペトラが現れる以前の、モヤモヤやドロドロでいる事が多くなっただけだ。
 はっきり見ようとすればこの家は、天井や、壁のあちこちはもちろん、皆の首筋や顔のシワにもドロドロが、染み付きこびり付いていて、自分達がそう長くはない事が分かる。
 大人達は誰も気付いていない、わけではなく、気付きようがなかったのだ。彼らが生まれ落ちた時点から、この辺りの土地は何世代にも渡ってこんなもので、家などは正体の分からないモヤモヤで、常に薄暗いのが当たり前で、
 内側に、薄暗さのただ中に暮らし続けた者の目には、新しく宿った命というものが、たとえ知らされたその瞬間だけだとしても、どれほど光り輝いて見えることか。
 それを宿してくれた人の身が、母親、や個人の名前など越えて、どれほど崇め奉るべき存在に思えることか。
 だからと言って、ゼロにはならない。モヤモヤも、ドロドロも、消えはせず皆にこびり付いたままで、この家の、外側から遠く離れた場所からでは、きっと理解できないし、理解、したくもないだろうけれど。

 -- エニシ。

 ペトラの声が聞こえてくる。

 -- あんたは、私が守るからね。

 頬に涙を伝わせたまま目を閉じたエニシを、家の者達は寝入ったものに思って微笑んでいた。

 -- イヤだってボク、言えないんだよね。
 -- 分かってんじゃない。そりゃそうでしょ。
    これまでに、やって来た事全部で決まるのよ。
    あんたはこの家に生まれて、コイツらに育てられて、
    私達と友達になっちゃったんだから。

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