見出し画像

後編:パーパスを決めて終わりにしないためには

前編では、パーパスは掲げるだけでは意味がなく、それをどう活かし成果を上げていくかが鍵。パーパスとMVVは呼び方ではなく機能しているかが重要で、大切なのは自分たちの社会に対する役割の整理であること、についてお話ししてきました。MOSHさんとCraifさんのMVVの背景もご紹介いただいたところで、後編ではパーパスを決めて終わりにしないための、スタートアップのチームの組織運営についてディスカッションを行いました。

意見をぶつけ合ってこそパーパスは社内に浸透する

HDY・加藤:パーパスやMVVを策定するだけではなく、組織にいかに浸透させていくか。これが皆さんにとって関心の大きいテーマですよね。
 
博報堂/SIX・藤平:従業員数が数万人いる際に、パーパスやMVVを浸透させていく上で必ず論点になるのが「頭(しっかりと理解をしてもらう)」「心(共感してもらう)」「体(実際に行動してもらう)」です。仮に頭・心・体という区分けだと、お二人は何が一番大事だと考えていますか?
 
MOSH・藪:少人数チームの場合、グルーヴ感も大事だと思うので、手垢のついたフレーズをあまり使わず、フレッシュさがあるワーディングにこだわって決めていましたね。
 
「Start with One」も「略語で『スタワン』と呼んでください」とか、「Back To the Future」も「『BTF』と使ってください」といった形で、前提運用がしやすく、フレーズとしてかっこいいと思ってもらえる発射角を意識して作ったのが頭の部分かなと思います。
 
Craif・小野瀬:僕らはMVVでいうと、それぞれに使った時間が1:1:98くらいで、ほぼ行動に紐付けてやっていました。頭・心・体という切り分けで言うのは難しいですが、バリューを体現することで、自然とビジョン/ミッションが達成されるという思想のもとに時間が投下されているのが現状です。
 
ちなみに、MOSHさんが社内で浸透させるために、やって良かった施策はありますか?
 
MOSH・藪:全社会議のとき、その週のバリューの表彰メンバーを1名ピックアップしたり、社内SNSでバリューに基づいたスタンプを活用したりしていました。また、プロダクト施策を考えるとき、この施策はどのバリューに合っているのか設定する項目があって。日常的な意思決定を考える導線の中に仕掛けを用意しています。
 
前職の話になりますが、バリューをディスカッションする社員合宿を半年に1回やっていました。たとえば、「陰口を言わない」という項目に対して、「そんな設定をしている時点でダサいよ」と言う人もいれば、「俺はこれがあるから陰口を言わないようにしているんだ」と言う人もいて、議論が白熱しました。「この人、こういうふうに考えているんだ」とか、その場の臨場感が浸透に寄与したのだと思いました。

Craif・小野瀬:合宿のグループディスカッションは、バリューにアップデートすべき点があるか、それぞれが見直して意見を交わしていくのですか?
 
MOSH・藪:そうですね。結果的に全員が会社にとって良いと思うバリューを発表して議論していました。あまり着地点は考えていなくて、ゼロベースで組み立てて数日でまとめるサイクルを3〜4年やっていましたね。

Craif・小野瀬:なるほど。やっぱりディスカッション自体に意義がありますよね。人数が増えると、議論をどういうふうに取りまとめるか、という思考になりがちですが、あまり頭を固くせず一人ひとりの意見をぶつけ合うプロセス自体に意味があるな、と。

HDY・加藤:Craifさんは合宿を行うことはあるのですか?

Craif・小野瀬:コロナ前は四半期に1度やっていました。それこそバリューはゼロから作るので、それだけでディスカッションをしていましたね。作るときにいろんな意見が出るので、一度それをベースに経営陣がドラフト⇒再度合宿⇒議論というフローで固めていました。

パーパス起点の強いバリューがチームを強くする

博報堂・佐藤:最初にお二人が共通してご自身の原体験を語られていました。本来はリーダーの、社会・ユーザーに対する「支援したい」、「支えたい」、「一緒に解決したい」という思いに、メンバーが乗ってくる。起業って、そこから始まる話だと思うんです。

ですが、人数が増えると、お二人の言葉で直接伝えられなくなってしまう。そのときに立ち返るのが、MVVなのかなと。お二人はどの時点で、MVVが必要だと感じましたか?
 
Craif・小野瀬:バリューの必要性を感じたのは、社員数7〜9人くらいのときでした。それぞれ出身やバッググラウンドが異なると、言葉一つとっても意味合いが違うので、良い仕事の仕方の定義が全く定まらなくて。それでも人事評価をしなければいけないので、何を軸にフィードバックするのかがないとただの主観になってしまいます。

一方で、ミッション/ビジョンは最初からありました。正直それらは深く考えずに、定めるものだと思っていて。自分たちの方向性をがんに応用するのか、認知症に応用するのか、糖尿病に応用するのか、起業前からいろんな友人と壁打ちして、最初に設定しました。
 
MOSH・藪:僕も小野瀬さんと近いです。そもそもスタートアップをやるなら、ミッションは絶対あったほうがいいと思っていました。スタートアップは辛いことも、大変なことも多いので、創業者含め、そこの下支えとなる原体験や、ストーリー、ミッションがないと頑張れないからです。

僕らもバリューは7〜8人の段階で作りました。会社として推奨したい行動の基準があることで、フィードバックが適切にできて、経営システムもスケーラブルになるのではないかなと。そのため、早めに設定するのが個人的には重要だと考えていました。

博報堂・佐藤:ありがとうございます。おっしゃる通りミッション/ビジョンとバリューはかなり異なりますが、個人的にはミッション/ビジョンの違いを定義する必要はあまりないと思っています。

一方で、バリューやビリーフスといった価値観と行動指針の決め方が、その企業の状況によって大きく異なる印象です。戦略が組織の上位にあって、それを具現化するのが組織という「べき論」がある中で、ある一定を超えると戦略が組織に従い出すんですよね。こういう人がいるから戦略がちょっと歪む、といった形で。考える・考え直すタイミングは、その企業のカルチャーを理解しないと難しいと感じた記憶があります。
 
博報堂/SIX・藤平:まさにその通りだと思います。バリューは意思決定の指針とか、迷ったときの行動の判断軸に近いと思います。

個人的な感覚なのですが、日本企業においては、パーパスやミッション/ビジョンを決めて、「実現が難しい高みを目指すぞ」というモチベーションアップより、「私たちはこういう価値観や思いでつながっている」というほうが効きやすいのかなと。今後1〜2年にかけて、パーパスを起点に強いバリューでバインドされたチームにどんどん注目が集まってくる予感がします。大きな流れとして「パーパス&バリュー」になると考えています。

「not to do」を加味したチーム共通のバリュー

博報堂・佐藤:今回のテーマを覆してしまうようですが、「あまり『浸透』と言わないほうがいいのでは?」と思うんです。社内浸透策という意味で便宜上使うことはありますが、「浸透」を強く意識しすぎると、会社側がそれを強要するニュアンスに聞こえてしまう気がして。それよりは、集まってきている人たちの性質の共通点を言語化したときに、たとえば採用において「同じものを志ざせる人と働きたいよね」と機能するものだと思うので。

内側からあるものとか、すでに企業が持っているものを炙り出すほうが、前からいる従業員も納得しやすいでしょう。
 
博報堂/SIX・藤平:先ほども話しましたが、パーパスって思想が崇高になりやすい分、理解や共感性が薄い人にとっては、割と見捨てやすいんですよね。明日すぐに達成できるものは掲げないじゃないですか。北極星として遥か遠くに掲げるから。

なので、パーパスドリブンで進めすぎると、割と「なんでもアリ」になってしまったり、抽象的な合意で物事が進んでいく可能性が出てしまいます。やはり、自分たちのチームをバリューでも束ねられるかは、推進力や実効性という意味で重要です。
 
Craif・小野瀬:それが理想だと思いつつ、既存の企業で新しく制定するとき、それにそぐわない人がいる可能性もありますよね? 一定の多様性は大切なので、少しでもそぐわないから排除するのは違うと思う反面、それでも本当に合わない人はお互いにとって幸せにならないと思っています。本当の意味でパーパス、MVVを実現するのは、人事として可能なのでしょうか?

博報堂・佐藤:鋭いご指摘ですね。バリューは価値観を体現している場合もあれば、具体的な行動指針を定義している場合もあると思います。 

大企業で多様性が膨らめば膨らむほど、行動指針寄りになるでしょう。いろんな価値観があるなかで、どこを向いてもいいけれど、”これはやらない”はあるべき。「not to do」のニュアンスが入ってくるため、行動指針寄りになっていきます。
 
Craif・小野瀬:私も行動指針に寄せるのはとても重要だと思います。私は前職が日系企業でしたが、フィードバックは外資のほうが上手だと感じました。行動指針が重要だからこそ、フィードバックの仕組みが必要ですよね。日本人は暗黙の了解が得意な民族なので、フィードバックが下手だな、と日経企業全般に対して感じます。行き着くところはおっしゃる通り行動指針で、それをどういうふうに浸透させるかは、運営がキーなのかなと思います。

バリューに基づいたチームへの評価で、パーパスの社内浸透性を図る

HDY・加藤:先ほど「not to do」の話がありましたが、付け加えてお伝えしたいことある方いらっしゃいますか?

博報堂/SIX・藤平:それと関連した話で、企業やブランドが出すバリューはポジティブなものを表に出すケースが多いですが、それと同時に「私たちはこうあってはいけない」「こうなったらダサい」という「裏バリュー」も、きちんと言語化して特に社内には共有しておく方がよいと思っています。 
ポジティブな行動ができていない人は、これからできるようになる可能性がありますが、ネガティブな行動をしてしまう人は、あまりフィットしていないと判断してもいいのではないでしょうか。パーパスもバリューもいいことを掲げがちなものだからこそ、「逆の行動をしてしまう人」を減らしていく視点が意外と重要になると思います。

HDY・加藤:ちなみに、パーパスやMVVが浸透できているかをどのように測るか悩んでいるという声もあります。お二人は、どのように測っていますか?
 
Craif・小野瀬:カルチャーコーチというマネージャー以上が「Craifと従業員間にこういうギャップがある」と理解してから、ディベロップメントが始まります。毎月フィードバックがあり、実際の行動からファクトベースを拾って、全体として個人としての課題に分かれていくので、そこから評価していく形です。
 
MOSH・藪:僕たちも四半期で評価するタイミングで、各バリューに基づいて、それぞれのマネージャーがコメントを入れています。

Craif・小野瀬:浸透が図れていないのは、設定されているものが良くない可能性もあるかもしれません。少なくともこの人はこれができているか、できていないかを必ず議論しますが、それが曖昧だと計測できない可能性があるので、きちんと具体化するのが良いのではないでしょうか。
 
HDY・加藤:ありがとうございます。最後に今回の感想を藪さんからお願いできますか?
 
MOSH・藪:元々MVV を意識しながら会社経営をしているつもりでしたが、マネージャーの運用によりバリューを広げていく仕組みを入れていくことが大事だと気付きがありました。経営チーム、マネジメントチームには、経営システムを軽視せずしっかり運用していくのが大切ですね。
 
Craif・小野瀬:僕らもずっと発展途上で、常に工夫しながらやっていましたが、いかに仕組みに落とせるかが全てで、さらにその仕組みをどういうふうに運用していくかですね。僕の感覚的には97%は理想を叶えるためにやって、3%は妥協が必要な瞬間もあると思っています。でもどんなに優秀な人でも、バリューにそぐわない場合は昇進も昇給もしないのは徹底しています。それを妥協せずにやってきたのは良かったな、と。

社長が言うとどうしても斜に構えたくなる社員の気持ちは分かるので、特にマネージャー陣が熱を持って語りかけられるようになると、会社が変わる実感がありますね。経営陣だけでやっても意味がないので、そこまで落としきれるようにしたいと思いました。
 
博報堂/SIX・藤平:企業にいる以上、どうしても定義論が気になってしまうと思いますが、改めて繰り返すとMVVとパーパスを正確に切り分けるのは不可能です。中身が良ければ、何と呼ばれていても会社の中に入っていくはずです。
 
今日ハッとしたのは、お二人とも5〜10人規模のときにMVVを決められたとお話ししていたことです。大企業も、企業主語で決めて満足せずその規模のチームにバリューやパーパスがあったほうが強くなるのではと感じました。3,000人の共通項もあれば、10人の共通項もある。それが、これからの組織作りに大事になってくるのかなと思い始めました。
 
博報堂・佐藤:僕は、一言一句パーパスやバリューを理解しているより、自分なりに編集して語れる人が多い企業が良いのではないかと思っていて。マネージャー陣がそれを積極的にやってくれると、自ずとその熱量が伝わっていくのかなと思いました。
 
企画=博報堂DYベンチャーズ・博報堂DYホールディングス戦略投資推進室

(執筆=矢内あや 編集=モリヤワオン/ノオト)
※本記事は2022/10/27 に株式会社アースキー博報堂DYベンチャーズが開催したオンラインイベントの内容をまとめたものです。


この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?