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前編:スタートアップのパーパスにおける実情

社会に対して、企業やブランドの存在意義を定義するパーパス。社内のモチベーションを高めるため、ステークホルダーにアピールするためなど、企業経営においてパーパスのあり方が注目されています。特にスタートアップにとって、パーパスは事業と組織の成長に直結するものとなるでしょう。
 
今回のFuture Design Talk は「パーパス起点で考える、事業と組織の成長」と題して、パーパスのあり方を議論していきます。博報堂グループで、パーパス領域をビジネス及びクリエイティブから追求している2名からは、「パーパスを『決めて終わり』にしないために」をテーマに、パーパス領域でどんなことがアジェンダになっているかをディスカッションしてもらいました。
 
また、急成長しているスタートアップ企業のMOSH株式会社CEO藪さん、Craif株式会社CEO小野瀬さんをお呼びして、各社のパーパスをアクションに繋げていく施策について現場のリアルな声をお伺いしてきました。
 

掲げただけではダメ。陥りやすい「パーパス・ウォッシング」

藤平 達之

株式会社博報堂/SIX ストラテジック・クリエイティブ・ディレクター/UXデザイナー2013年博報堂入社。クリエイティブディレクターとして、ブランドパーパスとインサイトを組み合わせたコアアイデアを設計。さまざまな領域で顧客体験を形にする。投資サービスやIoTプロダクトなど非広告領域も担当。近年はパーパスを起点にした事業開発を推進し、各企業のパーパス策定にも従事。これまでに「2020 60th ACC TOKYO CREATIVITY AWARDS 総務大臣賞/ACCグランプリ」などを受賞。「ad:tech tokyo 2020」他、セミナーにも多数登壇。


佐藤 友亮

株式会社博報堂 MDコンサルティング局 マーケットデザインコンサルタント/生活者エクスペリエンスクリエイティブ局 ビジネスデザイナー/第五ビジネスデザイン局 部長 2006年博報堂入社。消費財や飲料・食品、アパレル、ゲームや金融など多数の業界を支援。営業職の中で身に付けたファシリテーションやコーチングを武器に、主に大企業の経営企画、事業開発における現場やエグゼクティブのモチベーションまでをデザイン。未来の景色を変える「真に意味あるブランド」づくりを目指し、変革のための企業カルチャー構築、イノベーション領域や新規事業開発、ブランディングを中心にあらゆる領域の戦略・コミュニケーションを立案する。


加藤 薫

博報堂DYホールディングス 戦略投資推進室 インダストリーアナリスト 1999年博報堂入社。営業職として菓子メーカー・ゲームメーカーなどの広告業務に携わった後に、2008年から博報堂DYグループ内メディア系シンクタンク「メディア環境研究所」にて国内外の生活者調査やテクノロジー取材に従事。2021年4月より現職。スタートアップ企業との連携を促進し、社会へのインパクトを創出すべく活動中。本セッションではモデレーターを担当。


HDY・加藤:
スタートアップの皆さんは、パーパス、ミッション/ビジョン/バリュー(MVV)が実際の経営に生かされないと、事業が成長していかないという懸念があるかと思います。
 
今回は博報堂のエキスパートとスタートアップ両面の立場から、登壇者がそれぞれ話をする中で、参加している皆さんの次の成長に有益な情報をお届けできればと思います。
 
博報堂・佐藤:よろしくお願いします。そもそも、パーパスが語られ始めたのは2010年半ばくらいだったと思います。最初に反応したのはマーケティング領域・コミュニケーション領域でした。当時は、美しい言葉としてパーパスを仕立てあげることに注力していた感覚がありましたね。
 
博報堂/SIX・藤平:佐藤さんと僕が日本でパーパス起点に企業やブランドを変革していく取り組みを始めたのは2017~2018年頃で、当時はパーパスという概念は全く注目されておりませんでした。そこからしばらくの間はパーパスを決めること自体がマーケティング・ブランディングのいわゆる“トレンド”になっていて。一足早く決めて満足といいますか、「弊社にはパーパスがある/ない」と、ありかなしかで競っているようなフェーズでした。

ただ、コロナ禍を経て、パーパスをブランドに実装していくことが本当の意味で重要になってきました。こういう動きはグローバルブランドの方が早いですが、全ての取り組みをパーパス起点にやって、そして成果を上げている企業やブランドが増えてきたわけです。「PURPOSE & PROFIT」というキーワードとともに。
 
博報堂・佐藤:コロナ禍も相まってパーパスを定めるのは良いこととされる一方で、「新しい概念をバズワードのように作っているだけでしょ?」と見る方々もいました。
 
博報堂/SIX・藤平:最近よく指摘をされる「パーパス・ウォッシング」は、せっかくパーパスを掲げたのに、財務/非財務を通じたアクションが活発に行われていない、つまり、“言いっぱなし”の状態を指します。数年前にブームに乗って制定したはいいけれど、という状態の企業やブランドは、いま気にしないといけないリスクだと思います。インナー/ステークホルダー/生活者それぞれにとって、すごくネガティブな印象がある状態なので。
 
博報堂・佐藤:作ったパーパスをどう活かすかを考えていく段階にシフトしてきたのが、この2〜3年の動きです。
 

パーパスもMVVも、大切なのは自分たちの役割を把握すること

HDY・加藤:「パーパスとMVVはどう違いますか?」という質問をよくいただくのですが、お二人はどう考えていますか?

博報堂/SIX・藤平:去年パーパスをテーマに書籍を出版させていただきましたが、そのときもMVVと呼ばれているものと、パーパスの差を書くか書かないかで編集者と話をしました。でも結局「(よっぽどの場合を除いて)考えるだけ時間の無駄です」と書いて終わったんです。個人的には、社会にとっての自分たちの存在意義をしっかりと把握し、それに沿って行動ができていれば、それをパーパスと呼ぼうが、ミッションと呼ぼうが、理念でも究極目標でも、なんだっていいと思っています。
 
博報堂・佐藤:僕も、機能していれば呼び方は何でも良いと思います。最初のうちは、ミッションは一人称、パーパスは三人称など、自分なりの整理をしていました。しかし、整理すればするほど決めるお手伝いをする僕ら側は理解できても、それを言われる従業員側はピンと来ていないのです。
 
博報堂/SIX・藤平:自分の中で、やや強引ですが、いわゆるミッションといわゆるパーパスを対比させるなら、違いは軸足の置き方だと思います。ミッションがアイデンティティドリブン、つまり「自分たちがこうなりたい」という発想。一方でパーパスはそうではなく「社会にとってこういう役割を果たしたい」という発想。「ミッションからパーパスへ」みたいな分かりやすい流れもありますが、額面通り受け取ってしまうと、「ミッションはもういいんですね」と理解されてしまう可能性がある。でも必ずしもそういうわけではないので、役割整理するのが非常に大切です。呼び名論争ではなく、ブランドにおける役割ということです。社会との関係性や役割を明示するべきなのか否か。
 
HDY・加藤:たとえばBtoB、BtoCなど、業界による傾向はありますか?

博報堂/SIX・藤平:いえ、業界は関係ないと思います。大事なのは、ミッション的に生まれている企業/事業/ブランドなのか、そうではなくパーパス的に生まれているのか、ということだと思います。「時代の要請もあるのでパーパスを決めるべき」といった「べき論」に入ってしまうのはけっこう危険ですよね。嘘をつかなければ、そしてその概念がビジネスを加速させるのであれば、混乱を生まないのであれば、どちら起点でもいいし、併存してもいいのではないでしょうか。軸足をどちらに置くかというより、両方あっていいと思います。
 
博報堂・佐藤:僕もあえて言うなら、各企業のバリューチェーンが社会にどう影響、ないし悪影響を及ぼしているのかで変わると思っています。自分たちが価値を生む上で、逆に犠牲を作っている可能性があるからです。その問題に意識を向けやすいところほど、結果的にパーパス寄りになるのでしょう。むしろ「それを解決させたい」という一人称で語る場合もあると思うので、社会要請としてあらゆる業態、カテゴリーの企業が少し外を見なければいけない状態になっているという解釈です。

MOSHが掲げるMVVの背景と裏側

籔 和弥さん

MOSH株式会社 CEO 福井県出身。学生時代に自分でサービスを始める。2014年、Retty株式会社に社員7人目で新卒入社。Rettyアプリのリーダーなどを担当し、2017年に退職。その後、企業準備も兼ねてアジア・インド・アフリカなど世界一周を行い、現在のMOSHを着想し創業に至る。「情熱がめぐる経済をつくる」をミッションに、トレーナーやインストラクター、コーチング、ネイリスト、美容師などのサービス業を営んでいる方が、ネットでサービスが売れるサイト「MOSH」を運営中現在、クリエイター55,000名が登録中

HDY・加藤:パーパスそのものを議論する最初のフェーズが終わり、現在次の段階に入ってきているのかなと感じます。そこで、ここからはどのようにパーパスを活用していくのかについて話していきたいと思います。では、実際にスタートアップ企業から見たパーパス経営ということで、まずはMOSH株式会社の藪さんに、今MVVで取り組まれていることをお伺いしてもいいですか?

MOSH・藪:弊社は「情熱がめぐる経済をつくる」というミッションを掲げています。背景は、僕が創業のタイミングで世界一周をしたときの原体験です。アフリカのマサイ族の青年と出会ったのですが、彼はスマホでいろんな人と情報共有をしていました。そこで彼が「今までのマサイ族としての生き方ではなく、自分で人生を実現していきたい」と言っていたのが印象に残っていて。スマホやSNSが普及したことで、自己実現の欲求や、自分のやりたいことが分からないという葛藤が、より顕著になっていくと感じました。なので、個人が情熱を持ったこと、やりたいことで生きていける社会をより促進するサポートがしたいと思い、このミッションに辿り着きました。
 
バリューは、ミッションやビジョンを達成するために、重要な文化が何かを定義しながら整理している形です。「Start with One(ひとりの生き様からはじめよう)」、「Back To the Future(未来から逆算しよう)」「Super Effective!(効果抜群なコミュニケーションをとろう)」「Best Combo(強みを掛け算しよう)」という4つのバリューがあります。

MOSH・藪:我々の中でCI(コーポレートアイデンティティ)の位置付けを整理している資料がこちらです。ミッションの「情熱がめぐる経済を作る」がベースにあり、たとえば5年後にどういう状態を目指すか、時間軸を切ってその状態を定義するものをビジョンに設定しようと考えています。その中で、バリューは僕らが文化的に推奨する意思決定や行動の基準という文脈で設定しています。とはいえ、ビジョンを達成していく上では事業戦略、経営戦略も重要なので、それが根幹になっています。

さらに、行動規範、経営戦略・事業戦略と合わせて、ブランドとして我々がどう見られていきたいか、どう立ち振る舞いをすることが結果的にブランドを作っていくのかを示したブランドブックも社内で運用しています。

Craifが掲げるMVVの背景と裏側

小野瀬 隆一 さん

Craif株式会社 CEO 幼少期をインドネシアと米国で過ごし、早稲田大学国際教養学部在籍時にカナダのマギル大学に交換留学。卒業後は三菱商事に新卒入社、2016年5月にはサイドビジネスで民泊会社を創業、全国で事業を展開。その後、2018年5月Icaria Inc.(現Craif株式会社)創業。生体分子の網羅的解析でがん医療の改革を目指す。現在、卵巣がん・乳がん・肺がん・胃がんの4種類のがんに対して、尿からの早期発見検査を全国200以上の病院で展開。2021年Forbes Asiaよりアジアを代表する「30歳未満」に選出。

HDY・加藤:続いて、小野瀬さんからもパーパスやMVVについてのお話を伺ってもよろしいでしょうか?

Craif・小野瀬:はい。弊社は「人々が天寿を全うする社会の実現」をビジョンに掲げています。僕はイーロン・マスクに憧れていて、Live Tech領域をやりたいと思っていました。祖母が大腸がんで亡くなって、祖父が肺がんになったことをきっかけにテーマをがんに決めて起業しました。

当初は「疾患を早期発見し、治療を最適化する」という具体的なミッションでしたが、今は「非効率を破壊し、もっと良い方法を届ける」という少し抽象的なミッションにアップデートをしました。この背景としては、ビジョンを達成していくにあたって、技術的なことだけではなく、その周辺のエコシステムの構築も推進したいと考えたためです。当初のミッションでは狭すぎるのではないかと思い至りました。

バリューは、この5つです。私は運用が全てだと思っているので、これらをどれだけ徹底して落とし込めるかが重要かなと。Craifは半年に1回人事評価があり、職能面の評価は全てこのバリューをベースにフィードバックしています。日常のフィードバックもすべてこのバリューです。こういった行動指針をベースに評価するというところで、浸透を徹底しています。
 
僕らの場合は共同研究が行われて、がんの検体が送られてくるので、そもそもテーマから大きく外れることはなくて。特に「人々が天寿を全うする社会」自体は抽象性があるので、大きく乖離しづらいんですよね。

ただ、技術開発の怖いところは永遠に検討してしまう可能性があることです。研究者からすると、研究は常に不完全でリスクがある状態なので、もっと検討したいと思ってしまう。研究アカデミアは、追求自体がベースの文化なので、なかなか結論を出さないんです。
 
でも出さないと本当の意味で進まないので、「このプロダクトができたら、社会にどういう価値を与えられるのか」を考えるのは重要だと実感しました。どのポイントでどういうものを出したら、自分たちのミッション/ビジョンが実現されるのか。意思決定の線引きはとても重要です。

(後編に続く。後編では、「パーパスを決めて終わりにしないためには」についてお届けします。)

企画=博報堂DYベンチャーズ・博報堂DYホールディングス戦略投資推進室

(執筆=矢内あや 編集=モリヤワオン/ノオト)
※本記事は2022/10/27 に株式会社アースキー博報堂DYベンチャーズが開催したオンラインイベントの内容をまとめたものです。

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