マユちゃん

24歳、ゆったり生きています。 暮らしをエッセイにして、いつか本にしようかと。

マユちゃん

24歳、ゆったり生きています。 暮らしをエッセイにして、いつか本にしようかと。

最近の記事

時間の補助輪

「私の誕生日まで1ヶ月だよ」 彼はスマートフォンのロック画面で今日の日付を確認して、大きく目を見開いた。 「ほんとだ」 「忘れてた?」 「忘れてないよ」 目を泳がせながら、ビールジョッキに残った最後の2センチ、ぬるくなったビールを飲み込んで、彼はなんとか気を紛らわせているようだった。 「何も考えてないなら、海外でもいく?マレーシアとか、」 冗談混じりに言ったはずなのに、彼は微笑も浮かべずに無理だよ、と一言つぶやいた。私の目を見ているはずなのに、そこに私は映っていないようだった

    • 新しい音楽はいらない

      高校生の頃、コピーバンドをしていた。 私はギターとボーカルをやっていて、演奏も歌声も大したことはない、言うところのイマイチ。だったけれど、同級生が「すごいね」「かっこいい」と声をかけてくれたので、お陰様で、私は何者でもない何かになることができた。相棒のエピフォンと制服が私のトレードマークで、街を歩くときなんかそりゃあもう魅力に溢れてた。誰も自分を止められないと信じて疑わなかったし、世界もそれを容認していた。  それで、どういうわけか、高校を卒業して5年くらいが経って、音信不

      • 金曜日の夜は、長い

         よれたTシャツで、いつまでも彼の言い訳を待っていた。土曜日の朝までには、「帰りたかったんだよ」という被害者ぶった彼が電話をかけてくるはずだから。 何度も裏切られるたびに、昔理解できなかった恋愛映画のヒロインの気持ちが、痛いほど分かるようになった気がする。本当に必要だったのは「こんなことをやってあげた」みたいな事実や、「こんなものを買ってあげた」のような物質的なものではなく、いつまで経っても色褪せない、あの日幸せだと感じた温かさ。それだけだった。 「お仕事大変だもんね、お

        • 朝帰り

          始発から何本か過ぎた時間に彼と別れたあと、電車に揺られていると、遠くの方に朝焼けが見えた。澄んだ青色と薄い橙色が、淡い光の階調を作っているのに、過ぎゆく街はまだ夜の面影を残していた。 あと数十分もすれば、いつものような忙しない朝がやってくるのか。そう思うと、私が乗っているこの列車が現実を走っているなんてまるで信じられなかった。 私は、車窓から、澄んだ青色が力強くなっていく様子を黙って見ていた。青色が少しずつ輪郭を強め、面積を広げていく様子は、ふたりの真夜中の時間をまるで夢

        時間の補助輪

          美術館デート

          美術館デートが好きだ。 同じ空間で同じものを見ているはずなのに、お互い別の感性で違うものを感じて、考えて、咀嚼している。体の中に浮かんでは消える言葉にできなかった曖昧な理解を自分のものにした気になっては、得意げな顔をしている。同じ空間に存在しているのに、別々の空間に姿を消してしまったかのような、半透明の距離感。そういう全てを心地よく感じる。 「分からないや…」 と、耳に音声ガイドを当てながら不可解に展示を眺める彼を横目に、今度は彼の好きな場所を考える。分からないことを分から

          美術館デート

          忘れられない本の行方

           本を読んでいると、いつも一人の男が脳裏にチラつく。チラつくだけならいいが、一度彼の存在を思い出してしまうと、こびりついてなかなか離れてくれない。クライマックスのシーンでこの仕打ちは酷いものだが、これは、私のせせこましい性根のせいでもあるのだ。  「これ、コルビジェと同じ眼鏡なんだ」と自分のかけているメガネを恥ずかし嬉しそうに話す男だった。細身で身長もしっかりあるのに、何故かスタイルが悪い、なんとも言えない見た目。安っぽいジーンズに大衆的なパーカー(夏場はよくわからないデ

          忘れられない本の行方

          読書灯の小さな灯り

           彼は「もう寝ようか」と言って部屋の明かりを消した。ベッドの隣にある読書灯だけは、一番暗い状態で残したまま、「おやすみ」と言ってすぐに眠りについた。  私は旅先で眠るとき、部屋が真っ暗な状態だと、妙な不安を拭いきれず、うまく眠ることができない。彼は、私のそんな性質を初めは嫌がって部屋中を真っ暗にしていたが、「これじゃあ、暗くて眠れないよ」と駄々をこねる私を面倒に思ったのか、今では自ら率先して明かりを残してくれるようになっていた。    今回の旅は、前日に彼と喧嘩をし、(といっ

          読書灯の小さな灯り

          ゴーヤを食べらること

          今日は父が晩御飯を作ってくれた。 内容はゴーヤチャンプルーとモツ煮込み。 なんともビールが飲みたくなる献立で、いかにも59歳男性が好きなメニューだ。 幼い頃はゴーヤチャンプルーなんて食べる日が来るとは思わなかったが、今は、食卓にゴーヤチャンプルーが並ぶと、嬉々とした気持ちを隠せない。私の内に眠る武士達が列になり、宴じゃ宴じゃ、と脳内で法螺貝を吹き散らかす。 皆の者、落ち着くのだ。将軍の如く大きく構え、武士たちをいなしながら、ゴーヤを口に運ぶ。そしてゴーヤの独特の苦味の残る

          ゴーヤを食べらること

          夏を掴んで離さない

          一度秋が訪れたのに、また夏に戻った。 気が早く、もう衣替えをしてしまったから、汗が噴き出るような暑い日でも、七分丈で痩せ我慢していた。 なのに、来週からまた気温が下がるらしい。 もしかしたらこれが今年最後の夏日かもしれないと思い、箪笥の奥にしまい込んだタンクトップを引っ張り出した。 タンクトップは、すごくいい。開放感があるし、何より夏を全身で感じることができる洋服だ。 露出した肌が太陽を吸収し、全身を熱くする。終いには自分が太陽になってしまいそうなくらい体温が上がるが、それ

          夏を掴んで離さない

          改造人間

          今日、初めてMRIを受けた。 腰痛が酷くて、精密検査するためだ。 機械にベルトで固定され、手にはブザーを持たされた。「検査中、気分が悪くなったら押してください。一度中断しますから」と言われ、機械の中に入れられた。 正直、とても怖かった。台に固定された人間を改造する、みたいなシーンは映画でよく見るが、まさか現実で自分が改造される日が来るとは思ってもいなかった。 スパイダーマンに出てくる悪役のドクターオクトパスのように背中から配線が出ている改造人間か、トランスフォーマーみた

          おいしい桃

          スーパーに入ると、「おいしい桃、たくさんあります」という張り紙が掲げてあって、その下には2つで980円の桃と2つで580円の桃が並んで売っていた。大した違いもわからないだろうから、迷いもなく580円の桃を買って、家で食べた。 スーパーの張り紙通り、しっかりと「おいしい桃」だったが、もっとおいしい桃があるのを私は知っていた。 なぜなら、さっき食べた桃より、おいしい桃を食べたことがあるからだ。それは夢の中だったが、おいしい桃には変わりなかった。場所は通っていた中学校の技術室だ

          おいしい桃