読書灯の小さな灯り

 彼は「もう寝ようか」と言って部屋の明かりを消した。ベッドの隣にある読書灯だけは、一番暗い状態で残したまま、「おやすみ」と言ってすぐに眠りについた。
 私は旅先で眠るとき、部屋が真っ暗な状態だと、妙な不安を拭いきれず、うまく眠ることができない。彼は、私のそんな性質を初めは嫌がって部屋中を真っ暗にしていたが、「これじゃあ、暗くて眠れないよ」と駄々をこねる私を面倒に思ったのか、今では自ら率先して明かりを残してくれるようになっていた。
 
 今回の旅は、前日に彼と喧嘩をし、(といっても私が一方的に拗ねていただけなのだが)彼に対する愛が冷めかけた旅だった。夏の御宿でサーフィンをして、ビーチでのんびりする旅行のはずだったが、台風の影響でオジャンに。冷めかけた愛と大荒れの波が、不機嫌という名の渦を巻いている。そんななんとも上手くいかない旅行だった。

 部屋でゆっくりしているときも、意地を張って、素っ気のない態度をとってしまう自分を見て、もうこれで、私たちの関係も終わりかも、と思った。

ところが、彼は私が眠りにつくとき、小さな優しさを残してくれた。薄暗く、部屋を照らす小さな灯りが、まだ私たちの未来を照らしてくれているような気がして、体中が愛おしい気持ちに満たされた。
先ほどまで渦を巻いていた不機嫌が、どういうわけか、さざ波に変わり、寄せては返す波の安らぎを通りがかりのカモメが教えてくれた。あぁ、なんて幸せだろう。ありがとう!かもめさん!と喜びを叫んでしまいそうだった。

高揚する自分の気持ちを落ち着かせ、改めて彼への愛を噛み締める。そうだ、そうだった。私は彼のこういう優しさが好きなのだった、と胸の内で愛を反芻させていると、100デシベルを超えるイビキが隣から響きはじめた。
口を開けて涎を垂らし、幸せそうに大いびきを立てる、男の寝顔を、読書灯は優しく照らしていた。

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